大学卒業後、公益法人の立ち上げを経て、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(DTVS)に参画、2017年にはデロイトトーマツグループ最年少事業部長に就任した前田亮斗さん。DTVSをインフラのような会社にすることで、誰もがどこにいても新しいことにチャレンジできる環境や社会を創っていきたいと考え立ち上げた、地域イノベーション事業部は、日本のベンチャーが抱える課題を解決し、新しいイノベーションや事業が次々と生まれる循環システムを作り出すべく始動。後編では、主に地方ベンチャーの事業化の具体的な事例についてお伺いしました。
地域から世の中を動かす。それが地域イノベーション事業部のミッション
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(以下DTVS)では、2017年5月1日に、「イノベーションを軸に地域のエコシステムを創り、それをつなげていくことで、大きく世の中を動かしていく」というミッションを掲げ、地域イノベーション事業部を立ち上げました。
日本にエコシステムを創ることと、グローバルに連携していくというと話はとても大きく、抽象度も高い。そこで私たちは、地域に着目し、そこにエコシステムを創ることを目指しています。
エコシステムの起源は大きく3つあると言われており、その一つは大学。シリコンバレーの礎を築いたスタンフォード大学がそうです。もう一つは政府。シリコンバレーをモデルとしたイスラエル政府によるテルアビブがあり、その成功を模したシンガポール政府の取り組みがあげられます。そして残りの一つは企業のR&Dです。シリコンバレーは計画的ではなく、偶然にできた要素がありますが、政府を起源とするテルアビブは計画的で再現性があると考えられます。
地域に再現性のあるエコシステムを創るために、私たちは主に官公庁・自治体とお付き合いをしていますが、一方で大学の技術シーズも重要です。今後は大学ともより深く付き合うことを視野に入れ、事業を進めていく予定でいます。
地域に新しい事業やチャレンジが生まれる仕組みを創ろうとした時に、エコシステムには関わるプレイヤーが数多くいます。シリコンバレーが50年以上かけて今の形になったように、エコシステムは長い時間をかけて創られていくものです。多く存在するステークホルダーをマネジメントしつつ、明確なビジョンを掲げ、長い期間投資し続けないと創れないものなのです。地域イノベーション事業部の立ち位置としては、地域のエコシステムをデザインし創り上げていく上でのプロデューサー的な役割を担うチームでありたいと考えています。
また、今後のチャレンジの一つとしてあげられるのは、まだ成功モデルがほとんどないエコシステムの「地方型モデル」を創っていくこと。
全国にイノベーションに関するエコシステムを創り、強化し、連携させることによって、世の中を大きく動かしていきたい。そして、世界のエコシステムと連携していく。これが地域イノベーション事業部のビジョンです。
ベンチャーのテクノロジーで政策課題を解決する「パブリック・ピッチ」の拡大
エコシステムを創る上で様々な連携が不可欠となりますが、その観点ではDTVSの全国23拠点の連携を強化する一方で、官公庁・自治体向けの取り組みである「パブリック・ピッチ」をより強化していこうとしています。大阪で開催した「パブリック・ピッチ」は、関西中の自治体を集め、ベンチャー企業が一度に多くの自治体職員に会えるという場を設けました。また、個別の自治体にもっとアプローチしようということで、昨年は「浜松ガバメントピッチ」という取り組みを実施。静岡県の浜松市にベンチャー6社をお連れし、市長を含む浜松市側の意志決定者と現場で動いている方々にお越しいただきました。浜松市としては、政令指定都市ながらも人口流出が多くUIJターンを促進したいという政策課題があります。私たちは、このテーマに合うベンチャーをリストアップし、浜松市に選んでいただいて、事前に双方のディスカッションの場を設定。ベンチャーサイドからプレゼンテーションによるオーダーメイドの提案を行った結果、UIJに関するベンチャーと浜松市が一緒に事業を行うことが決定しました。
このような個別の自治体における活動をさらに拡大し事業化しようと考えています。イメージとしては、サンフランシスコ市が進める「スタートアップインレジデンス」です。政策課題に対し、ベンチャーが解決したいと手を挙げ、ベンチャーと市の職員が3~5ヶ月間ソリューションを一緒に考え、最後にベンチャーが市長や住民に向けてプレゼンテーションする。実際に導入が確定した段階で市が予算をつけるというもので、「スタートアップインレジデンス」はサンフランシスコのほか、アムステルダムなどグローバルに広がっています。
エコシステムの「地方型モデル」における、地方ベンチャー事業化の成功例
地方には多くの資源があり、その資源に着目して事業化に結びついた事例も多くあります。例えば、北海道の帯広市にあるベンチャーは、デバイスを使って牛の個体管理を行っています。牛の発情期などをデータ化し、乳用牛の効率的な搾乳・乳量などをデバイスで管理できるのですが、帯広に多く牛がいることから着想したアイデアだと思います。
沖縄県には、バーコードをスキャンするとその商品情報が多言語で直ぐに分かるアプリを開発したベンチャーがいます。空港でマーケティング調査を行ったと聞きますが、外国人旅行者が多い沖縄県ならではのプロダクトです。
佐賀県のベンチャーでは、炭の効能を活かし、青果物の鮮度を保つプロダクトを生み出しています。佐賀県は農業が盛んなのですが、物流と鮮度管理が身近な問題にあることが背景にあると思います。
また、技術系のベンチャーは地方にも数多く存在します。大学の技術シーズを活用し、大学発ベンチャーによるプロダクトも生まれています。先に挙げた山形県鶴岡市のバイオサイエンスが該当するほか、香川大学の太陽光パネルを自動で清掃するロボットや、東北大学のリハビリをサポートするペダル付き車いすが事例として挙げられます。
最近は、後継者が技術を活用し、新規事業を起こすことによって、事業継承の課題をクリアする事例もあります。大阪の町工場を継いだ経営者が、自社の加工技術を活かし、バルブの開発に成功しました。洗浄率を損なわずに節水可能な技術力で、世界の水不足を解消するというビジョンのもと、海外展開を進めています。また、北海道の老舗ケーキ屋を継いだ経営者は、ケーキの表面にプリントする写真ケーキを宅配するサービスを行っています。現在は、スマホで撮った写真をケーキのデザインにはめ込み、購入までが完結できるアプリを開発し、宅配を行うなど、全国的な人気を集めています。
地方ベンチャーの成長には環境整備が不可欠。課題解決に向けたDTVSの活動
地方では、地域特有の課題やリソースをうまく活用すると、東京とは一味違ったベンチャーが誕生します。一方、世界に通用するベンチャーがあまり生まれていない状況があり、日本の課題であると感じています。言語や文化への依存度が低いベンチャーほど世界に進出しやすいと言われているのですが、技術系プロダクトは言語や文化に依存しないため、特に地方の技術ベンチャーが世界展開しやすいのではないか、地方から世界への可能性が高いのではないかと考えており、私たちも積極的に支援したいと思っています。
こうした時に、地方におけるベンチャーは東京と比較した場合に起業者数が少なく、環境が未整備という問題があります。起業促進には環境整備が不可欠であり、その課題は3つあると考えています。
1つ目は、目線の問題。東京は10億の壁、京都や大阪は3億の壁、それ以外の地方は1億の壁と言われているのですが、その程度の売上になると、周囲からちやほやされて、それ以上、上を目指さなくなると言われています。東京とつなげるなどメンタリングをすることで、より成長するベンチャーを増やすことが必要だと感じています。
2つ目は、支援者の圧倒的な不足。VCを支援者の中に入れるかという論点はありますが、VCも東京に一極集中しています。また、自治体、銀行などの地方ベンチャーを支援する人たちの数と支援スキルの両方が不足していることが課題です。
3つ目は、資金。アメリカと比べた場合、リスクマネーの供給が少ないこともあります。日本の資金環境はよくなってきているものの、地方での資金調達はまだまだ難しい側面があります。特に大型の資金調達は不十分な状況です。また、エクイティファイナンスの知識が乏しく、最初の投資で高い割合の株を投資家に渡してしまい、次のラウンドで調達ができなくなるというリテラシーの問題もあります。
このような課題解決を目的に、DTVSではアクセラレーションプログラムを実施しています。内容としては、エクイティファイナンスの知識も含めた起業家向けの講座や、支援者のコミュニティ形成、VCとのマッチング、資本政策事業計画のブラッシュアップなど多岐に亘ります。
例えば、ロンドン市は世界的に有名なアクセラレーターと組んで地域のアクセラレーションプログラムを展開していますが、日本でも東京都からアクセラレーションプログラムをスタートし、全国に広がっています。
大阪市は「大阪イノベーションハブ」というイノベーション拠点の整備を進めていますが、私たちがこのソフトの一部を担当し、アクセラレーションプログラムを実施しています。プログラムでは年間20社選定し、10社をそれぞれ約4か月間に渡って個別集中的に支援。その内容は、ビジネスプランのブラッシュアップや資金調達、大企業との連携や、メディア露出など、各社に必要なことを必要なタイミングで支援し、実際に売上の向上につなげるなど、ベンチャーを成長させる短期道場のような取り組みです。
私たちのアクセラレーションプログラムの特徴は、トーマツのグローバルネットワークやDTVSの様々なつながりを活かし、ベンチャー支援を行う企業などを可視化するとともに、メンターとして参画いただいています。支援の仕方は様々ですが、東京の場合、ベンチャーの支援チームに参画していただき、月に1回、支援者一同でミーティングを行います。
大阪でも大企業の新規事業担当者やベンチャーキャピタリスト、メディアの方にメンターとして参画いただき、様々な視点から商品やサービス、ビジネスモデルのブラッシュアップを行っています。また、これまで大阪のベンチャーの資金調達といえば、融資や補助金がほとんどでしたが、我々の働きかけにより、多くのVCの方に参画いただけるようになりました。キャピタリストとベンチャーの個別面談その名も「VCブートキャンプ」を実施し、投資の判断基準や資本政策などについても学んでもらいリテラシーを高めることで資金調達の確度も高まり、実際に5億円ほどの資金調達が実現しています。現在、いろいろな自治体からアクセラレーションプログラムに対する問い合わせを数多くいただいてており、他地域での展開も進めようとしています。
地域におけるエコシステム構築に向けた進め方としては、まず、地域のベンチャーを育てる環境整備を自治体やいろいろな方と一緒に組んでやっていく。そこまでに至らない地域は、外部から刺激を与える意味で、ベンチャーを誘致したり、「パブリック・ピッチ」を通して自治体との事業提携を目指すなど、イノベーションの要素を入れるところからスタートする。いずれかのアプローチで活動しています。
地方ベンチャーの支援者不足の解決に向けた取り組み
地域の課題の一つである支援者不足の解決策として行っていることは2つあります。1つは、自治体の職員をDTVSに出向として受け入れ、1年間一緒に働いてもらう取り組みです。去年から始めたのですが、去年は1名、今年も1名受け入れています。何も分からない方がベンチャーに詳しくなり、自治体の事業に活用していただけるという取り組みですが、非常に効果を実感しています。1年間を通じて、ベンチャーの基礎知識、資金調達、支援に際しての基礎はもちろん、ベンチャー、大企業、国、メディアなどのネットワークをすべて持ち帰ることができます。去年受け入れた方は、実際に大分県とベンチャーをマッチングさせる新規事業を起こすなど、精力的に活動しているようです。来年は拡張し、自治体から3~5名の受け入れを実現したいと考えています。
もう1つは、ベンチャー支援をOJTによって学んでいただく取り組みを行っています。ベンチャーを支援する事業をDTVSが受託し、私たちがベンチャーを支援する際に自治体の方にも同席いただき、振り返りまで一緒に行っていただきました。
官公庁と地方ベンチャーとの連携に向けた取り組み
過去に、全国の官公庁や地方自治体の職員の方向けにアンケート調査を行ったことがあります。100件の回答があり、そこから見えてきた一番の課題は、国や自治体がベンチャーを知らないということ。それ故に、「パブリック・ピッチ」では、関西中の自治体を集め、観光をテーマに、観光に関するベンチャー8社にプレゼンテーションしていただきました。
また、ベンチャーを知っているが事業提携ができないと答えた方に理由を聞くと、品質が担保されるか、倒産しないかといった不安があるようです。品質担保のために、私たちは「パブリック・ピッチ」に参加できる条件の一つとして、国や自治体、それらに準ずる機関(商工会、観光協会)など公的な機関と何らか行った実績のある企業のみ登壇してもらうという形式を取りました。
また、先に挙げた浜松市をはじめ、福岡市や宮崎県、埼玉県横瀬町などのように、ベンチャーとのコラボレーションや育成に力を注ぐとともに、日本初の取り組みに積極的な自治体は、新しいことにチャレンジしてくれる傾向があります。実績はないが、よいベンチャーと思われる場合は、このような自治体とつないでいきます。
さらには、自治体へのアプローチとして、テーマを設定して仕掛ける場合もあります。観光、PR、ふるさと納税を含めた予算獲得、産業育成などをテーマにすると、比較的ベンチャーとの事業連携が生じやすいことがあるため、関西で開催した「パブリック・ピッチ」は観光をテーマとしました。
東京と比較すると、地方はステークホルダーが少ないため、新しいことにチャレンジしやすい側面があります。例えば、東京都でシェアリングエコノミーの実験をしようとすると大変ですが、地方だと割とスムースに進めることができます。北海道の自治体がベンチャーと組んで進めている相乗りの実証実験や、京都府の自治体がUberと組んで行っている実証実験は、地方ならではの取り組みだと思います。社会実験的なことは地方の方がやりやすい状況にあるのです。
求められるスキルは、世の中を変えたいという思いとビジネスを構想する力
エコシステムの構築には、ステークホルダーが多く存在するため、私たちの仕事には、プロジェクトに関わるすべてのステークホルダーをマネジメントする力は必須です。また、ベンチャー支援事業においては、ベンチャーの社長に「ありがとう」と言われることが多く、やりがいや達成感を感じることができますが、エコシステムを創るというアプローチは大きな仕組みを作っていくものであり、直接的に感謝されることはそう多くはありません。世の中を大きく変えていきたい。よりよい社会をつくっていきたいという強い思いがある方でないと中々できないかと思います。また、新しいチャレンジの機会が多いため、構想力が必要ではないかと考えています。
人材の採用拠点としては、東京をベースに関東全域、また全国を股にかけて活躍してくれる方を求めています。地方拠点があるため、名古屋、大阪、広島、福岡でもそれぞれの拠点と周辺地域をカバーする人材を募集しています。周辺地域にハンズオンで入っていけるのも特徴です。
東京:首都圏、および全国 https://www.wantedly.com/projects/20219
名古屋:名古屋、および中部全域 https://www.wantedly.com/projects/102596
大阪:大阪、および関西全域 https://www.wantedly.com/projects/115051
広島:広島、および中国地方全域 https://www.wantedly.com/projects/76293
福岡:九州、および九州全域 https://www.wantedly.com/projects/85623
私自身、DTVSをインフラのような会社にすることで、誰もがどこにいても新しいことをチャレンジできる環境や社会を創っていきたいと考えています。次の世代に何を残せるかという観点で、最先端のテクノロジーを持つベンチャーや大企業のアセットを組み合わせ、プロデュースし持続可能な地域社会を創る。新しい社会の仕組みそのものを創っていくことに共感してくれる人であれば、大きな成果をもたらしてくれると信じています。