【冨山和彦】地方活性化を果たす鍵は何か?-その答えはシンプルだ/シリーズ第2回
GLOCAL MISSION Times 編集部
2017/10/16 (月) - 08:00

冨山氏は「田中角栄型の地方活性化モデルは死につつある。生産性の高い産業や企業を元気にしていくことでそれを打破できる」と前回(地方政策の呪縛を解き放つのは、今しかない)のコラムで述べました。今回、その鍵は都市部の大企業に勤めるビジネスパーソンが握っている、という論をひもときながら、彼らの地方移住のハードルである「教育」の実際についても語っていただきました。

人口は拡散から集約へ変化させる

「日本列島改造」に沿った地方政策では、全国あまねく繁栄することが正義とされてきました。地方版のニュータウンをあちこちに造り、工業団地で企業を誘致し、ロードサイドの大型ショッピングセンターで消費をまかなう。しかし拡散し続けた戦後の地方は、人口減や景気の後退に直面して、今までのモデルでは成り立たなくなりました。
戦後拡散して地方に住んだ人々(団塊の親世代)の子ども世代(団塊世代)は、地元にはさほどこだわりがなく、県庁所在地や都会へ移っていきます。ロードサイドがシャッター街と化し、空洞化はさらに進みます。郊外の一戸建てで暮らす人々が高齢化したら、ずっとそこに住み続けられるかどうか。老後や介護のことを考えると、中心市街地の方が何かと便利で暮らしやすいわけですから、そちらに移る傾向は強くあります。中心市街地に人を呼び戻した香川県高松市は、そのいい例です。
もともと日本人は明治時代まで、集住して暮らしていました。通信手段も交通機関も限られていたという事情もありますが、つまりは肩寄せ合い助け合ってきた暮らし方に戻ろうということです。

労働集約型産業が地方景気を引っぱる

地域で必要とされている産業は地元密着型です。本当に地域に根ざしているものしか残れません。特産品を生産する農業がいい例ですが、他には介護サービスや公共交通機関も需要があります。人手不足は変わりませんから、生産性も上げていかないと持続性がありません。これらの産業は労働集約型で、量よりも質が問われます。今まで手を出せなかった構造改革が、人手不足が引き金となって現実に行えるわけです。
経営共創基盤の子会社「みちのりホールディングス」は、東北や北関東などにある公共交通機関の持ち株会社です。ここでは特に変わったことをせず、ダイヤ別・路線別の収支をはっきりさせる、整備拠点の生産性を見える化する、ドライブレコーダーや燃費計を付けるなど、基本的な施策をコツコツと実践しています。まずは基本的なことをきちんとやり、その上で営業活動を行う。利益がどこでどれだけ上がるかが可視化できるので、儲かる商売ができます。賃金水準が上がるからいい運転手も確保できる。労働環境もよくなって健康的になり、事故もなくなります。これが、ホワイト戦略です。経営のマジックなどではなく、地味な努力を積み重ねることが大切。画期的な戦略で一発ホームランを狙っても勝算はありません。
これは、労働集約型産業すべてに言えることです。それらの産業を軌道に乗せれば、地方景気の牽引役となるでしょう。

「スマートに縮んでいく」ことの大切さ

地方企業のレベルが上がっていくためには、大きく分けると2つのポイントがあります。
その一つが住まい方の問題。地方でも第三次産業が軸となっていますから、人口の集積度を上げていかないと厳しいものがあります。そこで上にも挙げたように、戦後に郊外まで拡散した住居をもう一度集住させる必要が生じます。高齢化社会にも対応していける中心市街地の整備です。介護付マンションや老人ホームを市街地に集め、利便性を高める。企業も労働力もそこに集約することができます。
東京でも多摩ニュータウンのように高齢による空洞化が進んでいる地域がいくつもあります。こうなると行政の効率も下がります。拡散しすぎた居住地を徐々に縮めていく。いわば「スマートに縮む」ことを進めていかなければなりません。戦後70年以上かけて拡散を続けてきたのですから5年や10年では無理で、もっと長いスパンで持続的に賢く縮んでいく。現実的に、そういった政策へ転換し始めています。これを続けていくことが、産業的な生産性をジワジワと上げていくことにつながります。

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人材の空洞化を埋めるのは都会の人間

もう一つのポイントは、人材の問題です。地方には高いクォリティの経営者が少ないということが、現実問題としてあります。それなりの人がきちんと経営をすれば、クォリティは上がるし、伸びしろは東京よりも大きいでしょう。そして足りない人材を補うのは、都会の大企業で働いていた人材です。
企業側にも、意識を変えなければいけない点があります。それは、助成金をあてにする経営から脱却すること。地方だから、景気が悪いからといろいろ諦め、生産性を下げて赤字にして助成金をもらうということに慣れてしまっています。こうした企業には、人材や物、のれんや顧客といった事業資産が閉じ込められています。良質な経営をしているところがM&Aを行っていくことで、その資源を活用することができるでしょう。人材が希少資源であるなら、なおさらです。
こうやって再編淘汰を進め、優秀な経営者の元に労働を集約させていけば顧客満足度も向上します。これが本来の経営的新陳代謝なのです。その鍵を握っているのが、都会で働くビジネスパーソン。都会から地方への人材移転を進め、経営の空洞化を解決することが今こそ必要です。

教育環境の地域差は、もはや少ない

ところで、都会からの地方移住に際してハードルになっているのが、子どもの教育環境への心配です。高学歴にこだわっている人は、まずそこに引っかかるわけです。しかし今、教育に関して言えば地方格差は減っています。一部のトップエリート校を目指すのでなければ、地方も都会も教育環境はほぼ同じと言っていいでしょう。ネットでさまざまな情報が得られますし、東京にいようが地方にいようが受験勉強することに変わりはありません。余談ですが、ノーベル賞を取っている人は意外に地方出身者が多いのです。
加えて、昔ほど受験戦争とは言われなくなってきたという現実もあります(中国や韓国の受験状況の方がはるかに厳しい)。小学生から大学受験までの年数は10年程度です。地方企業へ転職して経営の腕をふるうか、それとも子どもの受験を理由にそのチャンスをみすみす逃すか──どちらを選択すべきかは、明らかでしょう。
シンプルに「いい経営」を行っていくこと。それが地方活性化に直結していくのです。

〈シリーズ第1回〉地方政策の呪縛を解き放つのは、今しかない


【編集部より】
冨山和彦氏の2回のコラム、いかがでしたか。地方のショッピングセンターも人口減で閉鎖されるのを見て、「日本列島改造型の地方政策」が終焉を迎えていることを実感します。人口集積型社会への移行に伴いクローズアップされる産業と、そこで必要とされる経営者。人手不足は以前から大きな問題となっていますが、経営人材の不足も深刻です。その救世主となるのが都会の大企業で働くビジネスパーソンという、実にわかりやすい論旨でした。地方移住へのハードルはいくつかありますが、今までのキャリアを棚卸しし、これから自分は何を選択すべきかを、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。

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