バブル崩壊のさなか、20代前半にして家業の後継者として債務処理に奔走。以降、事業計画策定、M&Aなどを手がけてきた斉藤庄哉氏は、製造業の再生は数字から判断するのではなく、現場第一の視点に基づく「“実量”を伴う再生プロセス」にあると言います。はたして、その「再生プロセス」とは、どのようなものなのでしょうか。
父が急逝。21歳で後継者になった後、過剰債務が判明
バブル景気にわいていた1980年代の終わり。築地市場で父が水産卸・加工会社を営んでいたのですが、私が大学3年のときに父が急逝し、急きょ私が跡を継ぐことになったんです。しかし、いざ後継者にはなったものの従業員が約300人近くいましたし、威勢のよい職人気質の社員からは「21歳の若造に何ができるのか」と冷遇されている空気感は否めませんでした。押しつぶされそうな重責を感じながらも、家業と学業を平行させていくことを決断したのですが、時期まもなくしてバブルが崩壊。そして、経営実態を把握するうち、過剰ともいえる債務の存在が判明しまして……。そのため、後継者としての業務の大半を債務処理にかかる金融機関との交渉などに費やし、結果として事業売却に至ることになります。
混乱・停滞する中小企業の現場を目の当たりにして
私が債務処理に奔走していた90年代は、竹中平蔵氏が「金融再生プログラム(通称・竹中プラン)」を立ち上げた不良債権処理の“走り”の時期。金融機関全体が不良債権の処理にかかる手法を暗中模索していたさなかでしたので、私も融資先の金融機関とひざを突き合わせ、実施者として事業再建、M&Aなどのプロセスを模索していたことを、いまも鮮明に記憶しています。何よりこのとき、債務処理に尽力してくださった金融機関とおつきあいができ、その機関が働いていた方が、後に再生支援に根ざした組織を立ち上げた際に、「わたくしどもの事業に参画してみませんか」とお声がけいただいたことで、私はその後も資金調達、抜本的再生支援、企業マッチング、販路開拓など、中小企業の再生支援に取り組むことになったわけです。
しかしながら、資金調達、抜本的再生支援、M&A、企業マッチング……と、再生支援関連の名称を列挙すれば、それでなんとなく体裁はつくものの、幹部社員や現場の従業員との信頼関係をイチから構築し、経営を抜本改革していくことは、そうたやすいことではありません。さらには単に食品関連企業といっても、飲食チェーン店をはじめ、名の知れた中小メーカーから無名のメーカーなど取り扱う商材も事業形態、さらには負債額も多様です。しかし私は、家業の債務処理にあたっていたときに多くの方から賜わったご支援への感謝の思いは、ある意味その後の私の原動力ともなってきましたので、「中小企業の再生支援に全力で取り組みたい」というひたむきな思いを胸にいまも全国を走りまわり、中小企業の現場で従業員の声に耳を傾けながら、再生プロセス構築に注力しています。
“実量”を伴う再生プロセスで、プラスαを創出
一例ですが、数年前に金融機関(地銀)からの依頼で、東日本大震災時に津波被害を被った水産加工会社に赴いた際、復興が進まない先行きの見えない状況下に置かれた現場の実態や、それに付随した地銀のスタンスを目の当たりにします。そうしたなかで経営者、地銀、私の三者で債権にかかる方法論を探り、経営者・金融機関ともに納得のいく、最適な再生法を模索していくことになったわけです。
こうした様々な事例によって、「ものづくりを手がける中小企業」と「地域の金融機関」の連携強化の必要性、そして、その連携がもたらす「地方再生」に立ち返る機会を得ていったわけですが、私が考える「“実量”を伴う製造業の再生プロセス」は以下に集約されます。
「“実量”を伴う製造業の再生プロセス」
【大前提】数字上のみの再生手法だけでは、本来めざす再生へは遠まわりになる
?プロセス1/地域の経済・文化をもとに、製品の地域特性を客観的視点で整理する
?プロセス2/製品の魅力+ものづくり企業としての誇りを再検証する
?プロセス3/地域性に根ざした底堅い(“実”のある)ものづくりを再構築する
?プロセス4/“実”のあるものづくりを、高い生産性でまわしていく
?プロセス5/新視点によるマーケティングで、販売・流通チャネルの“量”を拡大する
?プロセス6/新たに誕生する「経営資源=“量”」を地域内で確保する
これらのプロセスを企業、金融機関が連携して取り組み、「人」「カネ」「モノ」を補充・拡充させながら再生プロセスを描いていく。
最後にあげた「経営資源」は、物流、保管倉庫、包装・パッケージ資材、広告要素など、あらゆる「人・モノ・カネ・コト」を包括します。実際に経産省の「ものづくり白書」でも、製造業が他産業に与える波及効果は非常に高いことが報告されていますので、製造業において上記プロセス(「“実量”を伴う製造業の再生プロセス」)がルーティンとしてまわり出せば、単にその企業が潤うだけでなく、地域企業へ寄与する波及効果を生み出し、企業そのものにプラスαの魅力を創出するチャンスとなりえるのです。
財務諸表からだけでない、心の通う企業再生とは
とはいえ、“実量”を伴うものづくりを確立したとしても、流通などのインフラ整備は一朝一夕にかなうものではありません。しかし地方の活性化、地方再生に立ち返ったとき、これまで障壁となっていたことを乗り越えなければ、地方の活性化も地方再生も、机上の空論で終わりかねません。よって私は地域の中小企業の現場に立ち、その文化性や特性を見極めていく“立ち返り”が、今後はより重要になってくると考えています。要は、財務諸表の数字に基づくコンサルティング的な高い目線での経営判断ではなく、現場の空気にどっぷり身をなじませ、現場の声に耳を傾けながら、数字以外の部分にもしっかり目を向けることが大切であると考えているのです。
潮風が強く吹く海沿いの加工工場で、経営者やスタッフの生の声を聞いたとき。
あるいは、思いもよらなかった経営者の本音を聞けたとき。
そして、再生後に社員がイキイキと働いている姿を目の当たりにしたとき……。
現場の声に耳を傾けるといった地道な積み重ねなくして、心の通う適切な企業再生は成し得ない。私はそのような結論に至ったのです。
地域企業の再生プロセスや、成功ストーリーを共有
「現場第一」の視点なくして、地方の活性化、地方再生のシナリオは見えてこないことをここまで述べさせていただきましたが、一方で、こうしたシナリオを描く人材不足も、いまや大きな課題です。
私自身が地方の中小企業に赴き、身を粉にしてがんばっているのは、冒頭でご紹介した若い時分に、様々な面から助けていただいた多くの方々への恩返しという意味あいもありますが、いまの若い世代の人に私と同じような気持ちで、地方の現場に立てるか……と言えば、その答えはかなり懐疑的です。事実、私のもとに直近で寄せられている依頼のひとつに、静岡に拠点を置く会社の案件がありますが、同企業は遠洋漁業を手がける会社。よって現場の声を聞くともなれば、数ヶ月にわたっての乗船も想定されます。当然ながら、こうした条件の再生案件に取り組む人はなかなかみつからないでしょう。
しかし、どんな事業形態の会社であれ、お声がけいただいた会社のニーズにお応えしたいという気概が私のモチベーションでもあるので、ぜひ乗船し、その会社に携わりたいと私は思っています。翻れば、あれこれできない理由をみつけて立ち止まってしまっては、先にあげた「“実量”を伴う再生プロセス」も絵に描いた餅に終わってしまいます。だからこそ、立ち止まっているわけにはいかないのです。
さらには、私が手がけた地域企業の再生プロセスや成功ストーリーを事例として構築していくことも、地方再生の一助となりえるでしょう。今後はそうした成功事例をひとつでも多く作れるよう、多くの人々と現場のリアルな声、実情を共有し、「現場第一」の視点で地方再生に真っ向から取り組みながら、スピード感をもった地方再生に尽力していきたいと考えています。