政策テーマになっている教育や働き方の改革は、重い課題を突き付ける人生100年時代の対応策とも関係する、身近で切実なテーマです。人材不足はすでに始まっており、生産性向上を伴わない賃金上昇を克服する上でも学び方・教育のイノベーション、アクティブ・ラーニングは、打開のヒントになる可能性があります。
新時代を拓く渦になり始めた子育て支援・教育の改革
大人たちの新年度は、子どもたちにとってもワクワクの進学、進級の季節。新しい学習生活の始まりです。明治以来、営々と築き上げられてきた子どもを育てる枠組みや教育の分野でも、イノベーションの渦が起こり始めました。
ようやく政策テーマに取り上げられ始めた子育て支援。昨年来、自民党の小泉進次郎衆院議員たちが「こども保険」を提言し、政府・地方自治体も企業内保育所の開設支援や幼稚園・保育所の無償化などへの取り組みが始まりました。諸外国に遅ればせながらも日本の社会で、子どもの育成を社会課題として克服しようとするイノベーションへのムーブメントが始まったといえるでしょう。
学習効果の原動力となるアクティブ・ラーニング
幼児・学童より少し大きくなった高校の話を紹介します。かつて東京都、長野県と並ぶ知育の先進地域といわれた広島県では、長い間の課題であった公立高校の学力向上について、平成10年5月に文科省の是正指導を受けて以降、大変な努力を重ね、平成23年ごろから「学びの変革」を推進したことで公立高校の学習レベルが躍進。私立や国立大学付属校がリードする高校受験の様相も以前とはずいぶん違った状況になっています。
広島県の「学びの変革」では、「これからの社会で活躍するために必要な資質・能力の育成を目指した教育」を目的に、アクティブ・ラーニングの3本柱、①能動的な学び、②学習者基点の学び、③深い学び を実践しています。
「他人に教えるのが一番身につく」とは、昔から言われていることですが、学習定着率のデータでも、単に講義を受けることに比べて、グループ討議は10倍、体験学習は15倍、人に教えるのはなんと18倍も身につきます。
広島県の県立高校の大躍進は、そういった研究を活用した教育方法のイノベーションの成果ともいえます。その骨格をなすのはアクティブ・ラーニングであり、学習・評価方法であるICE(アイス)モデルなのです。先頭に立ってこられたのが広島県立祇園北高校の柞磨校長先生です。筆者も先日、祇園北高校に伺って授業風景を見学してきました。
イノベーションのエンジン ICEモデル
アクティブ・ラーニングの三本柱の一つ「深い学び」は、ICEモデルでプロセスを作ります。I(アイデア・情報)、C(コネクト・つながり)、E(エクステンション・応用)のステージを循環的に展開していきます。ぐるぐる回していくイメージはPDCAサイクルと同様です。
最終的に、E(エクステンション 応用)のステージで課題解決に行きつくために、I(アイデア)のステージで解決のための道具を獲得し、C(コネクト つながり)のステージで獲得した道具を習熟、仲間との関わりの中で進化させます。
ICEモデルはこれまで、日本全国どこの教室でも行われていた学習定着率の良くない講義での「教えすぎ」「教わりすぎ」を変革するものです。このモデルの中で、指導者は、I(アイデア)ステージでは基本を教える役割(従来型の教師)、C(コネクト)ステージではファシリテーターとして学習やつながりを促進する役割、E(エクステンション)ステージではスーパーバイザーとして目的達成まで一緒に走る役割を担います。 具体的なステージの違いは、試験問題の形にするとはっきりします。
I(アイデア)のステージでは、
問:江戸時代の享保の改革はだれがいつ頃から行いましたか。
答:将軍吉宗が就任した1716年から幕政改革として行った。
C(コネクト つながり)のステージでは、
問:江戸幕府が260年も続いたのは、なぜだと思いますか。
E(エクステンション)のステージでは、
問:幕府の財政危機です。もしあなたが老中だったらどうしますか。
自分が老中となって考えて行くことになると、授業だけでは情報や知見が足りず、図書館やインターネットなどでいろいろな資料を読みたくなります。
入試や定期試験でも、ICEの応用で問題を作ると以下のようになります。
公民では「18歳選挙権制度の長所と短所を書きなさい。そして、あなたは18歳選挙権制度に、どう臨むべきだと考えますか。」
数学では「この問題の類題を作成し、工夫した点について具体的に解説しなさい。」
英語では、「あなたの記憶能力を改善するために、今後どのようなことを心掛けて生活しますか。問題文の趣旨に触れながら60字から70字で答えなさい。」(柞磨先生の例示より)
社会人になっても役立つICEモデル
このような取り組みは、社会に出てからも新製品開発のプロジェクトや通常の仕事の中でも活用できます。筆者が主宰する研修活動の中でも、このICEモデルの手法を企業側のイノベーション・プロセスの中に導入してもらっています。
高校・大学においてアクティブ・ラーニングで鍛えられた学生が企業組織に入ったときに、企業側が相変わらず、ものを言わせず教え込む人材育成では、せっかく獲得した若い人材が面白くないから辞めてしまう事態を心配しています。
彼らは学校教育の中で、チームで議論し、プレゼンテーションし、論理的に批判し合う練習を積み重ねてきています。従来の方法や先輩のやり方を批判的に見て,意見を表明することに悪気は全くありません。むしろチームや組織のために勇気を振り絞って発しているのです。
イノベーションに必要な学習の場づくり
論を俟つまでもなく、これからの企業・組織はイノベーションなくして、存続も繁栄もありません。ビジネス人材、とりわけ経営者は、企業や組織の中だけでなく、同業や異業種交流、あるいは地域社会の中で、多様な知識を学び、経験を共有して、イノベーションが生まれやすい、オープンな環境を作っていく必要があります。それは自然に形成するものではなく、地域や産業社会が明確な意思や戦略、考え方をもって、場づくりに取り組んでいかなければ、実現することはないでしょう。そこに地域の優勝劣敗が生まれ、地域間格差の拡大要因となる可能性があります。その観点でうまくいっているのがアメリカのポートランド市だといえます。昨年、同好の士とともに訪問見聞したことについては、またの機会にお伝えしたいと思っています。
イノベーションは、アントレプレナーシップ(起業家精神&行動)とオープンイノベーション環境の掛け算で生まれるといわれます。アクティブ・ラーニングは学習の主体を自分自身に置くもので、自主自立の志はアントレプレナーシップそのものです。また、共に学び、つなぎつながり、価値を創発する部分はオープンイノベーションに通底します。
この春も教育分野のイノベーション、アクティブ・ラーニングで鍛えられたフレッシュな人材が産業社会のあちこちに出現しています。
先輩社会人のあなた、イノベーティブな新人たちに活躍のチャンスをつくってあげてください。