IT業界では「3K職」ともいわれるプログラマですが、本来プログラミングは楽しいものだと倉貫義人さんは言います。創業を機に、会社と顧客、そしてプログラマがウィンウィンを築ける「納品のない受託開発」を実現した倉貫さん。今回は、ソニックガーデン社が実践するリモートワークなど新しい働き方について伺いました。
職人集団であるソニックガーデンを創業。プログラマとしての想い
2011年にソニックガーデンを創業して6年目になります。もともとは2009年に、僕が勤めていた大手システムインテグレーターのTIS株式会社(旧 株式会社東洋情報システム)の社内ベンチャーとして立ち上げたものです。その事業を2年で成功させて、そのまま立ち上げたメンバーと一緒にやっていきたいと思い、TISからMBOという形で買い取り独立しました。それがソニックガーデンです。 当社の社員は全員プログラミングをするのが大好きなプログラマです。できれば一生プログラマで生活していきたいと思っている、そんな職人集団です。
IT業界では、エンジニアは昔から「キツい、キビシイ、帰れない」の「3K職」と言われることも少なくないのですが、それではプログラマになりたいという人は減ってしまいます。
プログラミングは本来クリエイティブで、楽しい仕事です。今後ますます必要とされる職業なので、プログラマが楽しんで仕事ができる環境を作りたいと思いました。
従来のシステム開発会社には、35歳頃でプログラマからマネージャーなどの管理職になる「35歳定年説」といわれるものがあります。でも、例えば画家ならば35歳で絵を描くのをやめて管理職にはなりませんよね。それと同じ考え方で、腕のいいプログラマは、35歳でやめる必要はないと思っています。経験と共に技術力もあがっていくし、生涯プログラマとして稼げるんです。
従来のシステム開発とまったく異なる「納品のない受託開発」とは
当社では、創業当初から「納品のない受託開発」というスタイルで仕事をしています。
「納品のない」としているのは、納品型のシステム開発だと、会社にも、クライアントにも、そしてプログラマにとっても、いいことはないと考えるからです。
従来のシステム開発では、納品までの間に、営業、企画・提案、要件定義、設計、プログラム開発、検証など何人もの社員が関わることになります。その分会社としては人件費がかかります。 今はフェイスブックのように、バージョンアップをしながらプログラムを使い続けることが増えています。納品型だと、クライアントが追加の機能や修正が必要になれば、再度見積もりをとることになります。プロジェクトは解散しているので、担当する人も変わってしまいます。
納品型のシステム会社にとって要件定義どおりのプログラムを納品するのがゴールだとしたら、クライアントにとっては納品されてからがスタートになるわけです。そこですれ違いが生じます。
プログラマとしても、納品型だとプログラミングをするだけになるので、やりがいも面白さも感じません。
だったら間をすべて取っ払ってしまえばいいのではないかと考えました。それが「納品のない受託開発」です。月額契約にして、プログラマが直接クライアントと話しながらシステム開発を進めます。開発や運用を分けることもしません。そうすることで、プログラマは、クライアントのニーズを把握できるし、喜んでもらえる顔も見られるので、やりがいを感じられます。
会社は、各フェーズで人員を確保する必要がないので販管費をおさえられます。
クライアントは、要件定義をなくすことで、仕様変更を何度でもできます。
「納品のない受託開発」は、クライアント、会社、プログラマ、それぞれにとってウィンウィンの理想形といえます。
これまでに当社が「納品のない受託開発」をした事例としては、海外取引に関するリスクを分かりやすくチェックできるWebサービス、三井物産クレジットコンサルティング株式会社の「 CONOCER(コノサー) 」や、カウンセラーとユーザーのマッチングサービスを展開する株式会社バーニャカウダの「ボイスマルシェ」などがあります。
全国どこにいてもオフィスと同じ働き方ができるリモートワーク
「納品のない受託開発」では、プログラマが顧問として自分が担当するクライアントと毎週1時間程、テレビ会議で打ち合わせを行い、前週にクライアントと約束した成果を確認してもらいます。仕事は、時間で計算せず、成果で示すので、客先で作業する必要はありません。客先に行く必要がなければ、会社に来る必要もありません。家で仕事することができるのであれば、関東が拠点じゃなくてもいいのではないか。そのような考えから、リモートワークの仕組みが徐々にできあがっていきました。
現在、当社には28人の論理社員がいます。論理社員というのは、プログラミングの世界の考え方です。抽象化したものを「論理○○」と言うのですが、当社では、雇用形態が異なっていても、全員同じ条件で働いているので、抽象化して「論理社員」と呼ぶことにしました。
論理社員の雇用形態は3種類あります。雇用契約、フリーランスとしての委任契約、会社間の業務委託契約。雇用形態に関わらず、基本的に業務内容は同じです。社内の売上や経費などの情報もすべて全員に共有しています。
年俸もほぼ同額。フリーランスは社会保険料を自身で払うのでその分上乗せしています。
全員が自分の裁量で仕事を進めていく。責任を果たしてさえいれば自由に仕事ができます。フリーランスだけが自由なのではなく、当然、雇用契約の社員も自由です。アプリを作って販売したり、本を出版したりなどの副業も容認しています。
ここまでいくと雇用形態による違いはまったくありません。
入社時にどの形態で契約するかを個人が選びますが、途中で別の雇用形態に変更することも可能です。自分らしい働き方が選べる。当社が実践している新しい働き方です。
約1年かけて技術的にも人間的にも安心して任せられる人材を採用
当社と従来のシステム開発会社とはまったく別の業界だと思っています。例えば、納品型は食品工場みたいなもので、工程や持ち場があり、決められたものを作ることが目的になります。一方、当社の論理社員は寿司職人のようなものです。プログラムするだけが仕事ではなく、目の前にいるクライアントからニーズを聞きながら、提案し、必要なシステムを作ります。そして満足していただく。だから、技術的にも人間的にも安心して任せられる人材が必要になります。
当社の採用では、履歴書や職務経歴書は必要ありません。出身大学や職歴、年齢、住んでいる場所などは一切見ないので、本当の実力主義といえます。応募から採用まで約一年じっくりと時間をかけて選びます。
当社では、具体的な採用基準、パラメーターとしては観点が4つあります。それを「TIPS」と呼んでいます。
「T」テクニック。技術力(プログラミング)の腕
「I」インテリジェンス。ニーズを聞き取り、創造して提案、問題解決する頭の良さ
「P」パーソナリティ。信頼関係を築ける人間性
「S」スピード。仕事の進め方、スピード感
TIPSをもとに、課題や作文、面接で見極めていきます。
コミュニケーションツールを作り、リモートワークでの雑談を実現
当社はそもそもリモートワークを目的としていたわけではないので、創業当初は全員オフィスで仕事をしていました。それから、在宅勤務のメンバーを徐々に増やして今はリモートワークの比率のほうが高くなっています。現在は、論理社員の半数以上が広島、岡山、大阪、兵庫、静岡、長野、富山などの地方に住んでいます。
地元に戻って仕事をしたいけれど、地方には仕事がないし、ITの最先端の仕事ができなくなる。だから地元に帰れないという人もいます。当社のリモートワークであれば、それらすべてクリアできます。 当社では、夫婦共に東京出身の社員が、ウインタースポーツをしたいという理由だけで長野に移住した例もあります。家族を取るのか、仕事を取るのか悩まなくていい。どちらも選べるんです。
論理社員の多くがリモートワークになっていくなかで一番困ったのが「雑談がなくなったこと」でした。
雑談は、ときには仕事に繋がることもあります。
そこで2013年頃、リモートワークで雑談ができるコミュニケーションツール「リモティ」を作りました。
雑談をしやすくするために2つの要素を取り入れました。ひとつめは、通知がこないこと。仕事中に通知がくるのは煩わしい。でも、他の人の話は気になる。だから、いつでも遡って会話を見ることができるようにしています。
ふたつめは、ライブカメラで顔が見えること。仕事する上で顔を見ると安心しますし、忙しそうにしているから今は話しかけるのはやめておこうといった判断もできます。
当社では、勤怠管理はしていませんが、「リモティ」にログインすることは義務付けています。これを「論理出社」と呼んでいます。始業時に席についたら「おはようございます」、終業時には「お疲れ様でした」で仕事を終えます。
雑談するなかで、アイデアが出たり盛り上がったりすることもあります。「リモティ」があるので、全員がオフィスにいるときと同じようなコミュニケーションがとれています。
経営者としての合理的判断。楽しんで働くことで生産性もあがる
最近の働き方改革などの傾向は、仕事は苦痛、プライベートは楽しい、だからバランスとりましょう、労働時間を減らしてストレスをなくしましょうという考え方ですよね。それとは前提がまったく異なります。仕事は全然苦痛じゃないし、むしろ楽しい。どちらも楽しかったら人生はハッピーになります。
当社の理念のひとつに「遊ぶように働く」があります。仕事で価値はだしているけれど、本人たちは遊んでいるように働くということです。責任を果たしつつ自由に仕事をして、楽しんでほしい。そうすれば働くことがストレスではなくなります。
実は、当社のやり方は、経営的にも合理的なんです。僕は経営の仕事はプログラミングだと思っています。当社のビジネスモデルや経営方法、組織作り、採用方法に一貫性があるのは、すべてロジックを作って実行しているからです。コンピューターに指示するのと同じで、プログラムを組むように会社のシステムを作っています。感情論では仕事をしません。
社員が楽しんで仕事をすれば生産性があがり、会社の利益があがります。クライアントにも喜んでいただける。すべて経営者としての合理的判断で実行しています。
個人的な人生のテーマとしては、すべてのプログラマを幸せにしたいと思っています。でも、そんなに崇高なものではなく、僕がプログラマなので僕自身が幸せでいたい。それだけです。
当社が良いと思う働き方を実践していくことで、プログラマの働き方が変わっていけばいいですね。
株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長
倉貫 義人さん
京都出身。立命館大学大学院を卒業後、1999年TIS株式会社(旧 株式会社東洋情報システム)に入社。2005年に社内SNS「SKIP」の開発と社内展開を行い、その後オープンソース化する。2009年にSKIP事業を専門で行う社内ベンチャー「SonicGarden」を立ち上げる。2011年にTIS株式会社からのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを創業。