地域水産業の自立と6次化のSENREIとなる
株式会社鮮冷 マーケティング室 室長 大井 太さん
GLOCAL MISSION Times 編集部
2018/11/16 (金) - 08:00

〝まちぐるみ、パートナーぐるみで自立したサプライチェーンを確立し地域水産業の6次化を実現する〟、をテーマに掲げる宮城県女川町の水産食品メーカー「株式会社鮮冷(せんれい)」。いずれも戦後間もない時期に宮城県女川町で創業し、鮮魚の冷蔵冷凍事業を行ってきた株式会社石森商店と、水産物の販売・加工に実績を持つ株式会社岡清が2013年に設立した。東日本大震災で大きな被害を受けた地域で、水産業界の先例となるべく挑戦を続ける同社に、東京の企業で積み重ねたスキルを活かすべく飛び込んできたのが今回の主役、大井太さんだ。現在は、同社で総務・人事・営業・マーケティングなど幅広い業務を担っているという大井さん。なぜ、女川の地を選んだのか。そして自身のマーケティング力を武器に、旧来の枠を超えた地域発の挑戦を牽引する、その想いを伺った。

東京で培ったマーケティング力が、商品開発の土台に

ー女川町にいらっしゃるまでは、東京の企業で働いていらっしゃったとのことですが、女川町を次のキャリアの場として選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけは、東日本大震災でした。被災地の様子を伝えるニュースを観ていて、苦しい思いをしている人が何万人もいるのに、自分は何をやっているのだろうと。そして、できることを探ろうと、神奈川県のボランティアステーションに登録。復興支援のためにインターネットで企業に投資を募るプロジェクトチームに参加することになったんです。システム開発やネットワークの業界でマーケティングに関わってきた経験を生かし、企業回りなどを担当しました。

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マーケティング室 室長 大井 太さん

そこで出会った横浜南部市場(協同組合横浜南部市場共栄会)が女川町をずっと支援していたことが、この町と出会う契機となりました。ある時、女川で復幸祭という祭りを開催したいので、運営協力をしてほしいと南部市場に依頼がありました。その話が南部市場の方々から私にあったんです。復幸祭応援のためのボランティアバスを出すことを企画し、ボランティア80名を引き連れて女川に入って、ボランティアリーダーとして祭りに協力させていただきました。その実行委員会の1人に鮮冷を立ち上げる岡清の岡明彦氏がいたんです。

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三陸の豊かな恵みをもたらす女川湾に臨む鮮冷本社

ー東京の企業では、システム開発やネットワークの業界でマーケティングをされていたのですね。

はい。大学を卒業して、インテック(本社・富山市)という大手システムインテグレーター(SIer)に入りました。とはいっても、開発にはほぼ携わっていません。「営業をやりたい」という気持ちが強くありました。当時は、入社から3年程度はシステムエンジニア(SE)を経験するのが正式なルートでしたが、私の志向を理解していただき、開発部門に所属しながら、秋には営業担当に。人事部には内緒だったそうです(笑)。その後、パッケージソフトの企画担当部門へと異動になりました。そこでは、パッケージのネーミングを考えて価格設定を行い、販路も開拓するというマーケティング業務に携わります。この時の経験が現在、株式会社鮮冷で商品開発などを行っている私のスキルの基礎になっていますね。

ーその後はどういったキャリアを?

1990年代に入り、インターネットの時代になると、さらにEコマース(電子商取引)事業にも関わるチャンスがありました。インテックがWebブラウザで知られる米ネットスケープ社と、Eコマース関連パッケージソフトシリーズの日本化に関して契約したことが始まりです。私がインテック社内のEC事業部に異動し、ネットスケープ社のカウンターパートになりました。同時にそのソフトシリーズに関する日本国内におけるマーケティングを担当することになったのです。

実はこれが後の転職につながります。ネットスケープ社がサンマイクロシステムズ社と業務提携し、担当していた商品群がSUN/Netscape Alianceの商品となりました。私がサンマイクロシステムズのカウンターパートになり、協業が始まりました。

ー次の転職先であるサンマイクロシステムズですね。

そうです。でも、転職に至るまでは大変複雑なものでした。米側のネットスケープ社の創設者が独立し、ECのB to Cのアプリケーションサービスプロバイダであるエスカレート社を立ち上げたのです。さらに、そのエスカレート社の日本支社の立ち上げに対して日本ネットスケープ社の主要メンバーが参画することになり、私もその一員として誘われました。そして、その誘いに応じる形で、インテック社を退職したのです。

ーエスカレート社に入る予定だったわけですね。

ところが、まさに青天の霹靂という感じで、日本エスカレート社の設立そのものが取りやめとなってしまったのです。元の会社を退職してしまい、途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれたのが、かつてのカウンターパートであるサンマイクロシステムズだったのです。「うちに来なよ」と声をかけていただいて、お世話になることになったのです。これを契機として、その後もセキュリティソフト・ハード開発のソフォス(本社・イギリス)、富士通ミドルウェアと同業界の企業に勤務することになったのです。システム系の会社を「卒業」してからは、友人の紹介でパチンコ店に景品用のお菓子を卸している社員3名の会社に勤めました。

ーそして、東日本大震災が起こり、先ほどの女川町との出会いがあったのですね。数多くのご経験が現在に活かされていると思いますが、社名である「SENREI」という言葉が持つさまざまな意味と、地域で挑戦を続ける想いについてお聞かせください。

SENREI① マーケティングで「先例」を作る

ー「鮮冷」という社名にはどのような想いが込められているのでしょうか。

社名には「水産業界の”先例”となる」「先頭を進んで”洗礼”を浴びる」などの意味が込められています。

ーまさに“先例”としてさまざまな挑戦を重ねられていらっしゃいますが、大手メーカーの商品を含め、数多くの水産加工品が流通するなか、〝全国・海外に通用する〟貴社ならではの強みとは何でしょうか。

それは、マーケティングにかかる部分だと思います。かつ、マーケットに応えるということだけでなく、潜在的なニーズをいかに把握するかが大切だと思っています。システム業界でいうところの、“ソリューション提案”と呼ばれるものですね。
「鮮冷」という社名には、“先例をつくりたい”という想いが込められています。私たちが先頭に立ち、荒波のなかを進んで業績を上げることで、地域を、そして社会を変えて行きたい。そのためには、生産者や漁師の方々がスタープレイヤーになるべきだと思っています。私たちは、生産者あっての水産食品メーカーですから。たとえば水揚げした水産品が一流のレストランで美しくおいしい料理に仕上がっている。それがわかれば、プライドもぐんと上がるでしょう。製造スタッフにも同じことが言えます。エンドユーザーも交えた、町ぐるみの6次産業化。そのための道筋を、拓いていければと願っています。

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「水産食品メーカー」として町ぐるみの6次化を目指す

SENREI② 荒波の「洗礼」を進んで浴びる

ー具体的な商品開発についてのエピソードをお聞かせください。

たとえば「鮮冷惣菜シリーズ」。さんま、さばなどの煮付けですが、トレーに入った商品をトップシールするトレーシーラーを導入し、電子レンジでそのまま温められる完全オリジナルパッケージを開発しました。テーブルに置いてもチープではないデザインを施し、当社の加工技術により姿よく仕上げた煮付けを見えるようにしたのです。オール国産材料・無化調・保存料不使用。見た目と中身の双方から安心感をアピールしたことで、食卓を預かる女性に大人気となっています。
業務用では、そのままストックできて使いやすい冷凍ほたて貝柱などを商品化。細胞破壊を抑える凍結技術・CAS(Cells Alive System)装置を備えたトンネルフリーザーにより、水揚げされた鮮度のままパッケージ。世界で知られるレストランNOBUや、バンコクのマンダリンオリエンタルホテル、日本の第一ホテルグループなどでも採用されています。高品質であることはもちろんですが、エンドユーザー=使う側、食べる側も気づかないニーズをいかに捉え、商品化できるかが勝負だと思っています。

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CAS(Cells Alive Systems)装置のついたトンネル式急速凍結機

ーその「商品化」を叶える上でのポイントはどこでしょうか。

当社(鮮冷)は、ほたて、さんまなど買受人として信頼され、いいものを仕入れることが強みです。“商品の基本は仕入れにある”ということを、私は東京でのキャリアの中で学びました。いかに商品の目利きに優れ、良い商品をしっかり確保できるかが大事。それが実現できている会社は生き残りますし、その徹底によって業績を伸ばしていくことができるのです。

SENREI③ 東日本大震災と「千霊」

ー女川町は東日本大震災で大きな津波被害を受けました。横浜出身の大井さんも、震災をきっかけに女川町に導かれたそうですね。

東日本大震災では、海とともに生きていた女川の人々にとって本当に辛い現実が突きつけられました(編注:震災時の約1万人の人口のうち574名の死亡が確認され、避難者等を含め30%以上も人口が減少した=H27.3.1現在)。実は、「鮮冷」という社名にはもう一つ、密かに「千霊」という意味も込められているのです。理由はいわずもがなで、実際、当社としてもあまりこのことを公にはしません。しかしながら、海と向き合っていかなければならない我々は、東日本大震災で犠牲となった御霊のためにも、という思いを持っています。

SENREI④ もう施しはいらない!「鮮冷」の誕生と未来

ー「鮮冷」誕生に至る軌跡についてもお聞かせください。

先ほど申し上げたように、女川で開催された「復幸祭」の実行委員会で、のちに鮮冷の創業者となる岡明彦氏に出会いました。初めて岡さんに会った時、これはおもしろい人だと直感しました。自分にとって、運命的な出会いだったと思っています。実は岡さんとのビジネスの話が具体化するのはもう少し後のことで、女川での仕事について真剣に考えるようになったのは、高政(女川に本拠地を置く蒲鉾メーカー)の高橋正樹さんから「僕らはもう、施しはいらないんです。一緒に事業をやってくれる人を探しているんです」と言われたことなんです。

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お祭りの運営は、神奈川県のボランティアステーションが協力して、毎年続けてきましたが、この組織は2013年3月で解散。これを受けて、私は女川町の行政、経済・観光団体などと連携して支援活動を行う一般社団法人まちづくりTEAM KANAGAWAを設立しました。自分の一つの答えとして、ソーシャルビジネスに取り組もうと考えたのです。そこでは、企業が行う復興支援や、ボランティアに入るためのコーディネートなどに取り組みました。パートナーセールスなどを通して企業とやりとりしてきたスキルが生きたわけですが、その姿を岡さんは見てくれていたんですね。
ある時、岡清を訪ね、「一般社団法人として事業収入が必要なので、水産品の企画販売をやりたい。ついては製造をお願いできないか」といった話をしているうちに、「全国、そして世界に通用する会社を立ち上げたいので、一緒にやりませんか」と。水産業を変えれば、日本は元気になる。そして世の中を変え、日本を元気にしていきたい。もっと大きな何かを変えなければ真の復興・復活はない、と考えてきた私にとって、これも共感のひとことでした。旧来の加工業の枠を超え、マーケティングの考え方を取り入れたいと。だから、鮮冷は“水産加工会社”ではなく、“水産食品メーカー”と名乗っているんです。

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ー最後に、今後の鮮冷の方向性、およびそこに関わる大井さんご自身の目指すところをお聞かせください。

絶えずエンドユーザーと接点を持ち、その声や感触を商品の開発・改良に生かすフィールド・マーケティングにしっかり取り組むことで、水産食品メーカーとしてやれることは、たくさんあると思っていますし、そのためにも営業部門を強化したいですね。私は現在、営業のほか総務、人事・採用、補助金申請などを兼務していますが、営業力と同時に社内体制、評価制度の整備なども喫緊の課題だと考えています。そして50年、100年と続いていけるような持続可能な企業の基盤をつくる。売上を上げ、社員の給与を上げ実績をつくることで経営の一翼を担っていきたい。それが目標ですね。

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株式会社鮮冷 マーケティング室 室長

大井 太さん

1967年神奈川県横浜市生まれ。89年、学習院大学卒業後、インテックに入社。営業、マーケティングを担当。2000年、サン・マイクロシステムズに入社し、パートナーセールスを担当。03年ソフォス、04年富士通ミドルウェアへの転職を経て08年、有限会社平山商会に入社。11年3月に発生した東日本大震災を契機に、東北の復興支援ボランティアに従事し、女川町の復幸祭ではボランティアリーダーを務める。ボランティアステーションの終了を受けて、13年3月に一般社団法人まちづくりTEAM KANAGAWAを設立し代表理事に就任。行政、経済・観光団体などと連携して、その後も復幸祭、さんま収獲祭などを支援するなかで、同町の実業家たちと知り合い、16年に鮮冷に入社。

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株式会社鮮冷

世界三大漁場として知られる三陸・金華山を沖に臨み、水産業が盛んな宮城県女川町。なかでも、日本有数の水揚げ量を誇るさんまを中心に、鮮魚の冷凍・冷蔵事業を営む石森商店と、全国第3位の生産量を誇る養殖ほたてを主力に鮮魚販売・加工を行う岡清が2013年に立ち上げた水産食品メーカー。CAS凍結を行える装置やトレーシーラーなど、先進の生産設備を導入するとともに、生産者との信頼関係による確かな仕入れ、長年にわたって築いてきた技術力、そしてマーケティング力を武器に、画期的な商品の開発に日々取り組んでいる。生産者とエンドユーザーをつなぎ、水産業を活性化させることで、地域を、日本を元気にすることを目指している。

住所
宮城県牡鹿郡女川町石浜字高森25-1
設立
平成25年3月27日
企業HP
https://www.onagawa-senrei.co.jp/

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