著者プロフィール
(株)日本人材機構 斉藤 庄哉
創業者であった父の急逝により、家業の水産卸・加工会社を大学在学時に承継。若き二代目として経営に携わり、大手量販店・飲食チェーン向けの営業、商品開発に従事し、実務者として過重債務解消に向けた事業計画策定、金融機関交渉、M&A等を執行。同社売却後、金融機関・コンサルティング会社等より、中小企業十数社の資金調達、事業再生・承継、販路拡大などの業務を受託。現在は地方創生事業領域で活動。
東日本大震災で津波の被害を受けた地域の基幹産業である水産加工業。事業再生の現場では、毎日のマネジメント業務を浸透させていくことが時として重要となります。そしてそのためには、現地の従業員とコミュニケーションを取り、内情や実力、経営状況を把握して、一緒に手を動かしていくことが必要なのです。
今回は、そんな地域における事業再生のポイントについて、自身の経験を踏まえてお話ししたいと思います。
自身の会社での経験を、地方創生の糧に
私の父は、水産業界で年商300億円、従業員300人ほどの会社を経営していました。父が亡くなり、20代で会社を継いだ私は、バブル崩壊の余波をかぶり、魚屋でありながら事業再生、事業売却を会社最後の10年の間に経験しました。そうした経験を活かし、2015年の8月からは、事業再生の実務支援者として東北の中小企業の支援を行いました。
事業を売却するということは、当然担保が付いていたり、金融機関に債権をカットしてもらったりということがあったので、私自身としては、ある種社会に迷惑をかけたという思いがあります。地方の中小企業の支援に出向くことは、私にとっては恩返し、罪滅ぼしの意味もあるのです。
管理側の不在、理解不足を内部に溶け込むことで補う
被災地はいまだに復興の道半ばであり、人口も回復しない現状があります。管理部門には人手がおらず、売り上げの計上も、仕入れの計上もままならないという、根本的なところからのスタートでした。
食品関係の企業の場合、そうした日々の数字の管理は、その日のことをその日のうちに完結させるのが基本です。私は現場の人をつかまえ、管理の体制を作り、毎日自分のところにすべての情報を集めて、確認していくという作業から始めました。管理フォームをすべて作り、どの数字が何を意味するかを説明し、役目を割り振る。途中のデータが抜けてしまうと意味が無いので、東京に戻っているときでも、メールでエビデンスを送ってもらうようにしました。
経営側がそうした管理業務の価値を理解していない企業では、私のような外部からの実務支援者ができることは大きい。しかし、現場の共感・理解を得るためには、その企業あるいは地域に入り込み、雑巾がけや魚を切る作業も一緒にこなし、手取り足取り作業を教え、ルーティン化し、徐々に意義を教えていく必要があるのです。
従業員の誇りを尊重し、実業の可能性を伸ばす
実際に、地元の女性従業員ら2、30人と話しながら作業をしていると、彼女たちの商品に対するこだわりが伝わってきます。魚を切っているときなど、私が構わず入れてしまいそうになった骨のとがったものを見つけ、こういうのは小さい子どもが食べたら危ないから入れちゃだめなのよと、すかさず取り除く。細かな管理業務を確立し、売り上げを増やすことは、彼女たちのような従業員たちが手間をかけ、誇りを持って送り出した地域の商品を、より多くの人に食べてもらうことにつながるのです。
行政からの補助金や、マスコミの宣伝効果は、大きな意味で人を動かしていくという面で、もちろん重要な役割を果たします。その半面、そうした援助がきちんと効果を発揮するには、確固たる土台ができていなければなりません。
そしてやはり、物を作り、別の人がそれを運び、飲食店や小売店がそれを提供し、それを消費する人がいる実業の波及効果はとても大きく、地方の経済を支える根幹となります。国内全体では、人口減少に伴いマーケットが小さくなるといわれますが、きちんと付加価値を付け、マーケットに適応した商品を送り出すことができれば、その限りではありません。そこに人がいること、文化があること自体がポテンシャルであり、それを育てていける実務支援者の立場は、決してネガティブなものではないのです。
インフラの整備で、人材派遣の促進を
今後地方に事業支援の人材をさらに送り込むためには、インフラの整備が重要となります。特に教育インフラがないというのは一つの大きな課題であり、そこが行政が介入できる部分でしょう。地方に出向く人材が家族とバラバラになってしまうのでは、本当の意味で地域に溶け込むことはできません。
そのほか、年収等の条件面も、首都圏にいるときと比べると悪化するということももちろん起きます。役員クラスでも、収入が非常に抑えられており、ギャップに驚く人も多い。そうした場合に、先陣を切って、現地の会社の業績を少しでも上げていき、その利益で継続して支援に関わることができる人材を雇用できるような流れを作ることができれば、私の仕事としては最高の成果だと思っています。
数字として利益が上がっていけば、条件面の問題は解消できますが、さらに障壁となるのは、共同体とは違う文化の人が外から来ることに対する抵抗感、村社会的な要素です。そこは理屈ではなく、必ず朝の朝礼をやる、同じものを食べる、正月には皆で集まるなど、時間をかけて受け入れてもらい、一緒に働いていく、会社を良くしていくんだという空気を醸成していく必要があるのです。
それぐらいの苦労を乗り越えて仕事をする価値、そして守らなければいけない文化は、地方にはまだまだ存在すると言えます。