経営管理人材として地方企業へ転職すること。地域も人も環境が変わるなか、地方企業の事業性向上をめざし、能力を最大限発揮するには、一体どのような意識や姿勢が重要になってくるのだろうか。
静岡県御前崎市にある水産会社 日光水産株式会社に転職した齊藤庄哉さんは、数々の地方中小企業の経営再生や家業の事業承継を経て、地方企業のニーズや自身の核を見出す。そこには、今後地方企業への転職を考える読者へのヒントがありました。
遠洋カツオ一本釣りで、最高の鮮度の品質を届ける日光水産
静岡県の最南端に位置する御前崎市は、太平洋が広がる自然豊かな水産の町。日光水産は、全国有数の生カツオの水揚げ量があるこの町で、創業約70年になる地場企業だ。カツオ漁船「日光丸」を6隻所有し、遠洋カツオ一本釣りで全国シェアトップを誇っている。
「500トンクラスのカツオ漁船『日光丸』は、日本一のカツオ一本釣りの船団として知られているんですよ」。そう取材班を出迎えてくれたのは、齊藤庄哉さん。都内の企業から転職し、今年から日光水産の常務として働いている。
まず齊藤さんに案内され、焼津港へ行くと、「日光丸」と書かれた大きな漁船が水揚げをしていた。「2か月間太平洋で一本釣りをしていた船です。30人の乗組員がここで働いているんですよ。今回の水揚げ量は約300トンです」。
日光水産の誇るカツオ漁船「日光丸」
日光水産は、乗組員180人を含めて従業員約200人。年間漁獲高は約9000tに上る。
かつおの漁法は一本釣りとまき網に大別されるが、日光水産の船の漁法は一本釣りのみ。まき網漁法は一度に大量漁獲が可能なので効率的だが、魚体の品質の劣化や、目的の魚以外や稚魚も獲れるなど弊害もある。一方、一本釣りは文字通り一本ずつ丁寧に釣り上げるため魚体の損傷も少なく、釣り上げから凍結まで短時間で行えるため、鮮度の劣化も抑えることができる。成魚中心の漁獲なので、持続可能な海洋資源保護にも有効だ。
「釣り上げた魚はマイナス50度で瞬間凍結。活きたまま凍らされたカツオは、口が開いた様子から、びっくり鰹とも言われてます」。抜群の鮮度が保たれた一本釣りカツオは、高い品質で知られている。
船内のカツオをベルトコンベアで運んでいく
船内の貯蔵庫で冷凍され保管されていた大量のカツオ
「一航海は約2ヶ月。皆、必ず満船にして帰ってくることを誓って出航します。入港した船は、1~2日間で水揚げして、セリにかけるんです。この航海を年5?6回繰り返します」。日光丸はカツオを追いかけて、広く太平洋を航海している。
事業拡大に伴う人材強化
水産物の資源保護の必要性については近年特に注視されている。こうした資源保護の観点も踏まえた上で、日光水産では自ら釣ったかつおの価値を、様々な角度から丁寧にお客様に紹介したい、という思いから事業の多角化にシフトしつつある。飲食事業や加工事業などにも取り組み、まさに、加工・直販・飲食と、川上から川下まで、業容を広げている。
御前崎なぶら市場にある直営店「一本釣り 日光丸店」
日光丸が釣り上げたカツオを、目の前で藁で炙り提供している。藁焼きたたき定食(とろかつお)
その中で、日光水産が人材強化のために協力を求めたのが齊藤さんだ。現在は日光水産の常務として、事業提携先の加工会社の経営に携わりながら、一本釣りかつおのブランド化にむけて取り組んでいる。
「従業員との会話、コミュニケーションを大切にしています。経営の仕事はもちろんですが、従業員の声を聞くことから時には現場作業まで、必要なことはなんでもする。それが私のスタンスなんです」。
突然家業を受け継ぐことになった学生時代
齊藤さんの実家は、水産仲卸会社だった。齊藤さんが家業を承継することになったのは、まだ大学生のとき。それは突然訪れた。
「ある日、父に癌が発覚して、あっけなくこの世を去ってしまったんです。私は当時21歳。さらに父は、会社の事業承継をどうするかなど、何も決めずに亡くなってしまいました」。家族が大混乱するなか、齊藤さんはよく理解できないまま、「自分が会社を継ぎます」と宣言。それからは、現場仕事をしてみる試行錯誤の日々。大学卒業後、役員を経て、母に代わり社長へと就任した。
かつおが水揚げされる焼津漁港の風景
当初、会社の経営は厳しくなかったものの、次第に世の景気は下降ぎみに。「それからほどなくバブルが崩壊。結局手元には過剰債務が残りました」。さらに古参社員との人間関係の軋轢などもあり、会社を立て直すため、リストラも行った。その後、会社は過剰債務の問題を最終的にどのように解決するかが、非常に大きなポイントとなった。
「最終的に、事業を売却するまでに15年かかりました。当時は経営で色々なトラブルが生じても、冷静に対処できませんでしたが、それでも、この経験のおかげで決算書や管理体制の構築、スタッフとのコミュニケーションの取り方など、何が必要なのか、肌感でわかるようになりました。なので、全く違う文化を持った企業に出向くことにも抵抗感はありません」。
その後齊藤さんは、自社の売却過程で知り合った方々から案件を請け負い、中小企業の事業再生などに関わっていった。数年経ち、日本人材機構に転職。地方創生事業領域でいくつかの中小企業に携わる。それでも、自身がコンサルタントだという認識は全くなかったという。
日光水産が御前崎灯台下で運営するカフェ「Pacific Cafe OMAEZAKI」にて
「日本人材機構なら地域企業のお手伝いができるかなと思ったんです。やはり自分は、現場からの視点を重視しつつ、一方で経営に近い立場で業務を行うことを望んでいましたから。そんな中、出向先として日光水産の案件に出会いました。自身のキャリアを振返りつつ自問自答したとき、自分の経験が役に立つなら、雑巾掛けでもなんでもしようと思ったんです。年齢的にも、社会に対し何らかの恩返しをするべき時期ではないかと考えました」。
地方企業と業務の現状
地方企業の実状について齊藤さんはこう述べる。「彼らが本当に求めているのは、経営的な視点から様々な業務を実務者として処理することができる人材であり、そこでは成果に直結した業務が求められます」。同時に、齋藤さんはこう断言する。「地域の条件や会社の規模に関らず、会社の伸びしろは必ずある。大切なのはマーケットの選択と自社の強みを明確にしていくこと」。
かつおの品質検査の様子。大きさ、重さごとにかつおを分類していく
「私の現在のミッションは、昨年日光水産と業務提携した水産加工会社のポテンシャルを最大限に引き出すこと。その上で最終的には一本釣りかつおのブランド化を図ることです」。
齊藤さんが話す水産加工会社は、静岡県焼津市でカツオ等の加工と販売を行っている。
同社は日光水産との提携まで、様々な過去の負の遺産のために苦しんできた。その後遺症は簡単に払拭されるものではない。
「まずは様々な業務を通じて相互理解を進めることからはじめました。昨年末には現場に入り、一緒に魚の加工をしたんです。私ももう50歳ですから、立ち仕事は正直体力的にきつい。でも、年末の約1ヶ月、時には朝6時から夜中1時まで、作業を手伝いました」。
加工工場で冷凍カツオを裁断し、サクどりしていく
また、提携当初は「データが未整理で、経営判断に必要な現状認識が不足していた」と言う。基本的な情報が足りないと経営方針が不明確になり、打開策を考えているはずが、全然違う方向を向いてしまう。経営も現場も判断を誤る悪循環が生まれ、結果的に成長は得られない。「現状分析は大切です。数字を整理して、会社の現状に対する共通認識を持つことからスタートしました」。
「その上で経営課題の抽出と対策を考えるわけですが、『こうあるべき』『こうするべき』という目標観は必要であるものの、それをただ押し付けるだけではなく、組織として解決できるように進めています」。会社の『自走』に強いこだわりを持ちながら、持続可能な成長を見越して従業員と仕組みづくりを行っていった。
こうして、同社との信頼関係を醸成しつつ、現在は「日光丸のカツオ」のブランド化を目指している。日光水産の長い社歴に裏打ちされた生産者としての強みと、同水産加工会社の技術や品質へのこだわりをどのように掛け合わせ、どうシナジー効果を出していくか。
一本釣りされたカツオの特徴を説明する齋藤さん
「弊社の漁獲する『一本釣りかつお』は、かつおの中でも最高の品質を誇りますが、残念なことに消費者にはまだまだ認知されていません。前述の『まき網漁法』を決して否定するつもりはありませんが、『一本釣り』とは明確に区別する必要があります。ブランド化によって、日光水産で働いている船員の皆さんやその家族にも、皆さんが釣ってきたかつおがこんなにも社会から評価を受けているんだと、伝えていきたいと思っています」。
移住だけが答えではない。働き方も住み方も、多様に選べる時代。
齊藤さんは、現在単身赴任。妻子は東京で暮らしている。
「下の子どもが高校3年生で、妻も東京での生活を望んでいるので、完全な移住はできないですね。それでも、静岡なので交通の便も良いですし、2週間に1度のペースで東京に戻っているので不便はないです。まあ、食生活が荒れるくらいですかね」。
地方企業への転職は、年頃の子供や家族がいる場合は、なおさら自身の判断だけでは決められない。それでも、完全に移住することだけが選択肢とは限らない。今は、単身赴任や二拠点居住など、暮らし方働き方は多様に選択できる時代だ。
地方企業への転職について齊藤さんは「都会でも地方でも、転職は転職ですから。今回の転職は自分のキャリアとうまくマッチングしたんですよね。自分の強みや特徴になるものと企業が求める人材の要件はそれぞれ明確にする必要があると思います」。
ポリシーや視座を持って様々な投資を考えることは企業経営にとって重要である。人材に対する投資も同様だと語る。
船上で風に羽ばたく「日光丸」の旗
「社会への貢献は、自分の中にあるテーマ」。今後、さらに困っている企業があれば、次の地域に行くことがあるかもしれない。
「地域に根付いて働くことも、楽しいですよ」。
培ってきた経験を糧に齊藤さんは、これからも様々な地域企業の伴走を担っていく。
日光水産株式会社 常務
齊藤 庄哉さん
創業者であった父の急逝により、家業の水産卸・加工会社を大学在学時に承継。若き二代目として経営に携わり、大手量販店・飲食チェーン向けの営業、商品開発に従事し、実務者として過重債務解消に向けた事業計画策定、金融機関交渉、M&A等を執行。同社売却後、金融機関・コンサルティング会社等より、中小企業十数社の資金調達、事業再生・承継、販路拡大などの業務を受託。日本人材機構で地方創生事業領域で活動後、現職。