多拠点を軽やかに行き来する、新しい働き方を提唱
神吉 弘邦
2018/10/18 (木) - 08:00

マーケティング戦略コンサルタントとして活動する水野雅弘さんは、鎌倉と和歌山・南紀白浜にオフィスを構え、双方を行き来しながら働いています。国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)啓発のほか、和歌山の地域情報も映像やICTを活用して発信。近年の活動やデュアルワークの実践について和歌山で聞きました。

スローな生き方を求めて

――南紀白浜空港からクルマで20分ほどで着く自然が豊かな環境のオフィスは、理想のワークスペースですね

初めて来たときに「とっても海が綺麗で素晴らしい場所だな」と感じました。空港アクセスの利便性も考えたら「これ、東京に通えるんじゃない?」と。2拠点居住の生活、2カ所で仕事をするスタイルというのが、現実的にあり得るなと思えたのです。

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――2拠点居住やデュアルワークは、いつ頃から志向されていたのですか

自分でGreenTVという環境メディアを立ち上げたこともあって、持続可能性を考えたときには、地域の方がポテンシャルが高いのではないかという考えはずっとありました。都内で「自然共生社会」を謳いながらコンサルティング業務をしつつ、実際は都会型の生活を送ることで本当にいいのだろうか、と。

それで子育てをきっかけに鎌倉へまず引っ越したのですが、もっと自然の多い土地、もう少しスローなところへ移住しようと考えていたのです。和歌山には地域の自然資本にポテンシャルを感じて、それが自分の感性にもピッタリ合いました。3年前にコンサルティング事業部門を事業譲渡して身軽にもなったので、2016年には自分の会社TREEの本社を白浜へ持ってきたんです。

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地方で自給自足的な生活がしたいとまで思っていたわけではないのですね。どちらかというとワークスタイルそのものを変えたかった。鎌倉から電車に揺られて都心まで通ううち、通勤時間のムダを痛感したという体験もあります。

これまで雇われない働き方をしてきて思うのは「自分はどこでも働けるんだ」ということ。それならば、これからクリエイティビティが重要になる土地で、自由な働き方を実践した方が良いと思えたのです。

“よそ者” だからやれる役割

――どこでも働けるという自負があるから、きっと自由な選択肢が持てるのでしょうね

私はいま58歳ですが、ずいぶんノマド的なんです(笑)。ただ、昔から働き方やオフィスの概念をつくるのが好きなんですよ。SOHOオフィスの専務理事をしていたり、テレワークの委員をしていたり。ニューオフィス大賞も4回受賞しましたし、大企業で働く環境の設計もしました。

新しいコンセプトを提唱することが得意なので、いまは「ワーケーション」というスタイルを提唱しています。いきなり移住をするのではなく、働きながら一つの土地に長期滞在する。これを和歌山県に提案して、白浜をモデル地区として打ち出せないかと考えています。ベンチャーにいる人でも、大企業の社員であっても、コワーキングスペースのような環境があれば実現可能だと思っています。

――ワーケーションという言葉は、初めて耳にしました

これはワーキングバケーションを略した言葉で、米国で生まれた造語です。最低2週間くらい、仕事をしながら地域を見てみることを提唱しています。先日、自分でも家族とともに北海道に3週間行きました。富良野の山中だったり、石狩の図書館だったり、あちらこちらに滞在したんです。

都会の人からすれば「スタバに行けばいいじゃない」と思うかもしれませんが、駅の近くにあって、夕方以降も開いている、といった条件に叶う場所は地方へ行くと案外ありません。知らない街で働くためには拠点が必要なんです。

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――最初に和歌山へ来たときには、コワーキングスペースを利用したのですか?

田辺市の「ビッグ・ユー」(和歌山県立情報交流センターBig・U)でした。私が来た7年前は田辺市のことも知りませんでしたし、世界遺産に登録されて有名になった「熊野古道」を調べても、田辺、新宮、尾鷲といったいろんな土地の名前が出てきて、正直よく把握できませんでした。

かえって「和歌山の情報は、これから発信する価値が高いだろう」と感じて、2拠点居住で東京でコンサルをしながら、こちらでは地域ブランディングの情報発信に徹しようと考えたのです。分断された行政ではなく ”よそ者” だからこそやれる役割があるだろうと。

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4?5年のうちに動画を200本ほど製作しました。那智勝浦町にある那智の滝では、神社歴史始まって以来、初の承諾を得てドローンで空から撮影をさせていただきました。高野での撮影は、高野町ではなく文化庁の予算を通じて失われていく文化や手仕事を記録しました。早朝4時から僧侶たちの手仕事や催事を追った映像などがそうです。

紀伊半島全体へのポテンシャルを感じているので、地域でバラバラだったものをつなぐことをコンセプトにやってきました。小さな会社が製作費用を立て替えながらキャッシュフローを回すのは大変ですが、東京で仕事のサイクルを回しつつ、獲得したパンフレットやガイドブックの仕事などはなるべく地元の印刷会社に発注するなどしています。

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人生のバランス感覚をどこに置くか

――鎌倉から和歌山へ来たお子さんたちは、最初どういう反応でしたか?

特に上のお姉ちゃんは「こっちがいい」といってくれたので、それが小学校に入るきっかけになりました。どうせ地域に貢献しようとするのなら、自分でも子どもたちの教育も担おうと考えたんです。子どもたちのふるさと教育、ICT教育を進めるため、思いきって2012年にESDふるさと教育を進める一般社団法人を立ち上げました。

純粋な子どもたちに引きつけることが大事なんですね。子どもたちが世界遺産をピュアに学ぶ機会をつくること。それも映像を使ってやろうと。調べて学ぶだけではなく、映像になるとすごい喜ぶんです。スマホのAR技術などを使って動画が見られるような仕掛けをしています。

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これまでの動画を中心とした情報発信は地域貢献に結び付けていたので、半分はプロボノ的な役割でした。いまはそこに一定の区切りを付けようと思っていて、今度はリアルな場をつくろうと考えています。まずは熊野に拠点を一つ置くために、ゲストハウスを開業しました。

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世界中の方がやって来て「熊野詣で」をしますよね。皆さんが求めるのは、この土地にしかない、何か。それは、文化や精神的な力です。本当はロングステイの場所があるべきなのに、現代の日本にはそういった文化がない。見ているとアクティビティがないんです。1泊2日で本宮、那智、伊勢とまわって帰ってしまう。

友人がたまたまGoogleのマインドフルネスを日本に導入したので、マインドフルネスと熊野をかけ算したいと考えました。そのためには、やっぱり拠点となる場所が必要です。地方に行けば行くほど、リアルな場が求められていると感じています。

――あらためて、水野さんから見た和歌山という土地の魅力とは

北海道とも沖縄とも違う、大地のエネルギーがあると思います。奥深い文化は、信仰的なものに強い。熊野でいえば、本宮大社というものだけではなく、岩、滝、巨木、巨石といった自然信仰の始まりの地ですから、精神的な落ち着きを感じますね。そうしたものが、この土地にしかないものかなと思います。

白浜の家に家族4人で暮らしていますが、ほぼ毎週のように東京と往復しているので、飛行機通勤のようなかたちです。1年で200万円の交通費がかったとしても、どれだけ都心で暮らすのと差があるのかを前もって計算しました。こちらでは土地付きの家が1000万円台から買えます。東京で5000万円台の家を買った場合には、差額が4000万円くらい。20年かかって、やっと同額なんです。

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こうした費用の面だけではなく、私の家は南紀白浜空港から10分程度で着きます。大事なのは、タイム・イズ・マネーの世界において、自分をどこに配置するかだと思うのです。畑仕事は大げさにはやっていませんが、自分の家で食べられるくらいのものを育てているし、花を植えたりする時間も好きです。釣りもするから5分で磯に行けるいまの環境が気に入っていて、和歌山で暮らす喜びを存分に味わっています。

――空港に近いというのは東京へのアクセスの利便性だけでなく、和歌山と他都市を行き来して、地方にある情報や豊かさを連携させるような仕事も育めそうですね

実際にこの4月からは、北海道の持続可能な街づくりプロジェクトに関わることから、鎌倉と白浜に札幌を加えた3居住のワークスタイルとなる予定です。こういった具合に、もっと流動的ワーカーを日本に増やしたいと思っています。

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水野 雅弘(みずの まさひろ)さん

株式会社TREE 代表取締役、SDGs.TVプロデューサー、Green TV japan 代表・プロデューサー。29歳でコンサルティングファームを起業。2011年に和歌山県みなべ町に生活拠点を移し、現在は白浜町在住。以来6年間で200本を越える映像制作と、10冊以上の移住・観光パンフレットを制作、地域プロモーションをサポートしてきた。2012年に立ち上げた一般社団法人グリーンエデュケーションは、2018年度から紀伊半島を世界に誇る持続可能な地域づくりを進める団体として一般社団法人紀伊半島グリーンビレッジ協議会に変更。ICTを取り入れた子どもの教育にも携わる。

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