食卓を明るい場所にしたい。大阪生まれの採れたて食材を届ける
「食べる通信」編集長 山口沙弥佳氏
田中 瑠子
2017/07/01 (土) - 12:00

2013年に東北でスタートした、食べ物つきの定期購読誌「食べる通信」。大阪府を拠点に「つくりびと~食べる通信fromおおさか~」を立ち上げた山口沙弥佳さんは、外資金融での営業職、3人の子どもを育てながらの専業主婦を経て、「食」に携わる道へとたどり着きました。「食卓を楽しく彩りたい」という彼女の思いが目指す未来図を聞きました。

仕事優先、外食続きの外資金融時代から、生活が一変

購読者のもとに食の作り手を特集した情報誌が新鮮な食べ物と一緒に届けられる「食べる通信」。全国の都道府県で編集部が立ち上がり、地域特性を生かした定期購読誌がつくられています。

山口さんが「食べる通信」の大阪版編集長になったのは33歳のとき。それまで、「食」とはかけ離れたキャリアを歩んできました。

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高校時代から国際協力や貧困問題に興味を持っていた山口さん。大学で経済学部に進み債券について学んだことで、「お金の流れをスムーズにすることが、最終的には貧困の解決に結びつくのではないか」と考えるようになります。卒業後は、米投資銀行リーマン・ブラザーズに入社。地方金融機関向けの債券営業として、早朝から深夜まで働き、食事はほぼ外食という生活を送っていました。

金融業界でキャリアを築こうと考えていた2008年のリーマン・ショックが、山口さんのターニングポイントとなります。

「会社倒産のニュースが飛び込んできたとき、私は第一子の産休中でした。25歳で結婚、妊娠し、『またすぐに戻ってこいよ』と先輩や上司に送り出されたのですが、“戻る会社がなくなる”というまさかの事態に。ちょうど同時期に、夫が岡山に転勤することになり、ついていくと同時に専業主婦になりました」

縁もゆかりもない岡山の地で子育てをしていた20代後半。「周りの友達はどんどんキャリアを重ねていくのに、私はこれでいいのだろうか」という劣等感と、社会からの疎外感につぶされそうだったと話します。2年後に夫の大阪転勤が決まり、「大阪で、前職の経験を生かせる金融の仕事を探そう」と就職活動をスタート。しかし、「子どもがいる」ことが大きな壁となって、山口さんを打ちのめします。

「子どもがいる人は採りたくない、という企業側の本音を実感する日々でした。面接では『子どもが熱を出したらどうするんですか』と聞かれ、つまり、そのたびに休む人は困る、ということなのだろうなと察しました。熱が出れば、どうするも何も、休むしかないのが現実です。風当りの強さを感じながらも保険の営業として再就職することになり、いち社会人として働けるということが、こんなにうれしいのかと感じましたね」

長女の「くさい!」の一言が、食を見直すきっかけに

その後、保険の営業を続けながら、2012年に次女、その3年後に長男を出産。長女の子育て中は心に余裕がなく、「家庭や子どもよりも、自分の人生はこれでいいのかな」という思いが先行していたと振り返る山口さん。しかし、3児の母となり「家族が楽しく食卓を囲む生活も大事。その上で自分ができることを仕事にできたらいい」と考えるようになっていきました。

そんな時に『食べる通信』の四国版編集長を務める、元リーマン・ブラザーズの先輩と再会。「大阪にないなら私が作ろう」と、「つくりびと~食べる通信fromおおさか~」の立ち上げにつながっていきます。

そもそも「食」に興味を持ち始めたのは、子育てによって「食べ物が人をつくる」ことを実感したことから。長女が3歳のときに起こった出来事が、「食」に向き合うきっかけとなったそうです。

「それまで、きちんと出汁をとって料理をしていなかったなとふと思い立ち、かつおぶしを削るところから、手間をかけてやってみようと考えたんです。しかし、長女がかつおの香ばしい匂いをかいだとたん、『くっさーい!』と大声で叫びました。いい匂いだね、美味しそうだね、という反応を期待していたのでかなり衝撃的で…。和食の根本である出汁をこう感じるのは、私が素材に触れさせてこなかったからだと痛感。本物の食べ物に触れないままでは、いいものをいいと思える感受性の幅が狭くなってしまうと危機感を抱きました」

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地元で作られたものが手に届くサービスを立ち上げたい

「つくりびと~食べる通信fromおおさか~」は3カ月に1回の定期購読誌。旬を迎える農作物の生産者を見つけ、取材に行って記事を作成し、作った情報誌と一緒に送る農作物の仕入れ交渉をするのが山口さんの仕事です。「今号はナス」と決めたら、その農家で山口さん自身が箱詰めをして配送していきます。

立ち上げを決めた当初は、大阪府内に生産者がどれほどいるのだろうかと疑心暗鬼だったという山口さん。しかし、車で1時間も走れば、新鮮な素材を大切に育てている生産者がたくさんいることに気づきました。

「スーパーに並んでいるのは、遠い他地域のものばかり。すぐ近くに、新鮮な食材を作っている人がいるのに、それはどこに行ってしまったんだろう、地元にいる私たちが食べられないのはおかしいのではないかと思いました。農家を回って実感したのは、野菜は何よりも“採れたて”が一番おいしいということ。近くで採れたものが食卓に並ぶことが、作り手にとっても食べる側にとっても幸せなんじゃないかと思いました」

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「食べる通信」編集長となり1年が経った今、「食」をテーマにした新しいプロジェクトを考え始めているそうです。

「『食べる通信』を始めた原点には、食事の時間を楽しんでもらいたいという思いがありました。大阪府は少量多品目の農家さんが多く、多くの購読者に一斉に配送することが物理的にできません。それならば、『食卓を楽しくする』という原点に戻り、『みかん5種の食べ比べ企画』『父の日に、ビールジョッキに入った野菜を贈ろう』など、少量多品目だからこその素材を生かした企画を考えてはどうかと思っています。企画毎に賛同してくれた人に配送する形であれば、受注発送なので、その食材を求める人のところへ届けることができます。さらに、『大阪でできたものを食べてほしい』という思いから、大阪食材の定期宅配サービスも進められたらと考えています。テーマごとに一つの食材を届けていた『食べる通信』とは違い少量多品目を届けられるので、大阪の生産事情により合ったサービスになるのではないかと思っています」

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自ら立ち上げた会社で、事業の一環として新サービスを始めようとしている山口さん。かつて、子どもがいるから再就職できなかったときの悔しさ、履歴書に何を書いても(企業側に)響かなかったときのやるせなさが忘れられず、新しいプロジェクトが事業としてきちんと回るようになったら、働きたいお母さんたちを雇える会社にしたいといいます。

「想いを実現させたい」というバイタリティはどこからくるのか。そう質問すると、こんな答えが返ってきました。

「勤めていた会社の破綻もそうですし、結婚や出産というライフイベントによって、人生はあるとき突然大きく変わっていくものだと強く感じてきました。外的要因によって変化を強いられることが、いつどう起こるか分からない社会だからこそ、3人の子どもたちが大きくなったときに『自分は何をしていたら楽しいのか』を考え、自分で目標を立てて動ける人になってほしいという思いがあります。会社に勤めていたとしても、人にいわれたことをやるだけでは、すぐに自分を見失ってしまう。会社のせい、などと振り回される人生ではなく、どんな環境でも毎日を楽しむ人生にしてほしいなと思うんです。私が、やりたいことに向かって動いていることで、こういう生き方もあるよ、と示せたらいい。そんな風に思っています」

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「つくりびと~食べる通信fromおおさか~」編集長。株式会社Food Story代表取締役

山口 沙弥佳さん

神奈川県生まれ。京都大学経済学部を卒業後、リーマン・ブラザーズに入社。2008年の破綻(リーマン・ショック)を機に退社し、専業主婦、保険の営業職を経て、2015年に「つくりびと~食べる通信fromおおさか~」を立ち上げる。8歳、5歳の娘、2歳の息子、夫と5人で大阪府内に暮らす。

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