食生活のアップデートを提案したい
食卓研究家/伝統茶{tabel}代表・新田理恵氏
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗
2018/03/05 (月) - 07:00

「九州での4日間が私の運命を変えた」と話す、管理栄養士で食卓研究家の新田理恵さん。2014年の九州の旅をきっかけに、日本の薬草を使った伝統茶のブランド{table(たべる)}を立ち上げ、企画・販売を開始。2018年2月には薬草に関するシンポジウム「薬草大学NORM(のーむ)」を企画・実施するなど、その活動の幅を広げています。そんな新田さんの人生の歩みをご紹介します。

自然と目指した「食」の道

大阪市鶴橋出身の新田さんは、市場の中にあるパン屋の娘として生まれました。

「商売や食と身近な環境で育ちました。祖父母は深夜0時に起きて、早朝4時にはお店を開けるという生活。大学生のときなど終電で帰ると、既に両親は仕事を始めていて気まずい思いをした記憶があります(笑)」

新田さんが最初の進路を決めたのは高校2年のとき。親友が拒食症と過食症を患ってしまったり、父親が糖尿病になってしまったりと、身近なところで食に関して考えさせられる出来事が起こったそう。

「『食』という字は“人”を“良”くすると書くんですが、その字の通り、それまで食べることが人を良くすると思ってきました。ところが、食べ物が人に害を与えることもある…。そこで大学ではきちんと食について学び、管理栄養士を目指すことにしました」

新田さんは武庫川女子大学の食物栄養学科に進学。在籍中に管理栄養士の資格を見事に取得し、卒業後は京都の「食」に関わるコンテンツ制作を行う会社に就職します。

「料理研究家とフードカメラマンの夫婦が主体の会社で、少人数だったのでレシピ開発から撮影のためのコーディネート、取材、撮影、執筆など、何でも経験させてもらいました。このとき初めて一眼レフを持ったんですが、料理を伝えるのに写真は必須なので、写真を学べてよかったなと思っています」

「食卓研究家」として独立

3年半ほど勤めた後、代表からの「一通りうちでは学んだから、次は違う場所で学んだほうがいい」という助言をもとに退職。写真の面白さに目覚めた新田さんは、週末は写真表現大学に通い、平日は大阪のクリエイティブ集団「graf」の運営するカフェで働くことに。

「grafで働いたことで“食”だけでなく、暮らし全般に興味をもつようになりました。この頃、時間を見つけては日本や世界の食文化を見に旅をしていたんですが、薬膳についても本格的に学ぶことにしました。もともと薬膳については大学の授業で少し学んでいて興味があったので」

薬膳とは、中国医学の理論に基づいて一人ひとりにあった食材や調理法でつくる食事のこと。実は大学で栄養学に限界を感じていたという新田さんは、薬膳がそれを補ってくれるかもしれないと感じていたそうなのです。

「食べるものを栄養素だけで考えてしまうと、食事の1番大切な部分を見失いそうになりました。必要な食事の内容は、食材の旬などによって、個人個人によっても、さらには同じ人でも日によって変わってくるものですから」

もともと学ぶことが好きだという新田さんは、「国際中医薬膳調理師」の資格を取得。「食卓研究家」として独立し、フードカメラマンの仕事をメインにフリーランスで活動するようになります。

この頃の新田さんは20代後半。カメラの機材は重く、持ち歩いたりするのには体力が必要。30代に向けて新田さんは新たな仕事の方向性を、なんとなく模索していたと話します。

運命を変えた九州の旅

さて、薬膳の世界へと足を踏み入れた新田さんですが、活動するなかである疑問を抱くように。

「薬膳をつくるときに材料の産地や栽培方法を知りたくなったのですが、輸入ものだと詳細までわかりません。それから私自身、ハスの葉茶をよく飲んでいたんですが、それも中国産の原料で。なんで日本にハスの花は咲いているのに、国産のハスの葉茶はつくられていないんだろう…って」

新田さんは早速国産のハスの葉を探すべく、ネットで「レンコン 無農薬」と検索し、熊本・八代にあるレンコン農家に辿り着きます。

「ちょうど当時、料理家の間で“薬草”のキーワードが出てきていたんですよね。それも頭にあって、薬膳の食材で探しても出てこないけど、薬草で調べるとけっこうヒットしました」

レンコン農家にアポイントが取れた新田さんは、ほかに薬草茶工場2軒と、薬草で町おこしをしているという佐賀県の玄海町にも行く計画を立てて、九州へ飛びました。

「訪れてから知ったのですが、八代の農家さんがつくっているレンコンが実は在来種のものだったんです。葉っぱをもらって帰って焙煎してみたら、それまで飲んだどのハスの葉茶よりも美味しかった! しかも、薬草茶工場も少量でも加工してくれるという話になって。視察のつもりで行った旅でしたが、4日間の滞在中に自分のなかで『国産の薬草茶を作ろう!』と心は決まっていましたね」

伝統茶{tabel}プロジェクト、始動!

新田さんは九州の旅で、国内にも薬草が存在していたことを知ったと同時に、日本に昔からあった薬草文化が消えつつあることや、薬草が医療費削減につながること、薬草が地域に新しい仕事や経済をつくり出すことができることなど、さまざまな可能性を知りました。

旅から戻り、早速薬草茶づくりの準備に取り掛かります。実は新田さん、それまでに地域の高校生が地元のいいものを見つけて商品化するというプロジェクト「i.club」に、フードアドバイザーとして関わってきた経験がありました。加工品をつくる過程や商品のブランド化についても、既に実践で学んでいたのです。

「薬草茶に行き着いたのは、お茶だったら生活にすぐに取り入れやすいと思ったからです。食生活を変えるというのはとても大変なこと。だけどお茶だったら、たとえばオフィスで仕事をしながらもお湯を注ぐだけで飲めますし、食生活のアップデートに活用しやすいですよね。売る側としても乾物なので保存がきくなど扱いやすさもあります」

ブランド名は以前にWebメディアの自身の連載に使っていたという「tabel(たべる)」に決定しました。
「“食べる”の語源は『命を“給(た)ぶ” (いただくという意)』なのですが、それを大事にしたいなと思いました」

そして、クラウドファンディングを使って資金を集めることに。

「私が九州の旅で知った薬草について、もっと多くの人に知ってもらいたい。薬草に関わる当事者を増やしたいという想いで、クラウドファンディングを活用することにしました」

新田さんが30歳、2014年のゴールデンウィークの旅をきっかけに自身のやりたいことを明確にし、5月の末にはクラウドファンディングでやりたいことを発信。約2カ月で目標金額の100万円を達成し、 9月上旬にはWEB SHOPのオープンに漕ぎ着けました。

「第1弾の商品は、宮崎県の霧島で出合ったカキドオシ茶をブレンドしてつくりました。実は商品ができる前から友人の結婚式の引き出物の注文を受けてしまって(笑)。シソ科の植物であるカキドオシ(垣通し)は、隣の家の垣根を通り越して生えるほどの繁殖力なのですが、なんかそれも結婚式にピッタリだなと思ったんです」

その後、熊本・八代のレンコンの葉の収穫を待って、10月には第2弾の「ハスの葉茶」が完成。翌年の2月には展示会に出展し、取り扱い店舗も徐々に増えていくことになります。

世の中に薬草ムーブメントを起こす

猛スピードで進んでいく{tabel}プロジェクト。とても順調のように見えますが、新田さん自身は孤独との戦いだったと振り返ります。

「自分一人でやらなきゃいけないことがあり過ぎてつぶれそうでした…。そのとき、『やりたいことをやるためには、やらないことを決めることが重要』ということを学びましたね」

出荷は物流会社に任せるなど作業の分業も始め、同時に相談相手を見つけるために、 ETIC.が運営する起業家のためのスタートアッププログラムにも参加。分野は違えど志は同じ仲間との出会いや、行政・企業とのつながりもできたといいます。

「自分の得意な方法を見つけるのも大切かもしれません。私はPush型の営業が苦手なので、展示会を活用したり、コンテストやメディアへアプローチをしていました」

{tabel}の商品が出来上がってから、新田さんは積極的にコンテストにエントリー。サザビーリーグが主催する「Lien PROJECT 2016」で最優秀賞を受賞したり、世界的なパッケージデザインアワードで賞を受賞したり。そして、それがメディアへの露出に繋がったといいます。

2016年8月には「TABEL株式会社」として法人化。2018年2月現在、商品ラインナップは7アイテムに。霧島の「カキドオシとハトムギ茶」、八代の「ハスの葉茶」に加えて、奈良・高取の「大和当帰茶」、石垣島の「月桃茶」、滋賀・伊吹山の「そば茶」、高知・黒潮町の「花はぶ茶」、奄美諸島の「グァバ茶」…と、伝統茶{tabel}は関わる地域・人を増やしています。そして、次なる展開にも歩みを進めているそう。

「いまお茶以外の商品づくりも手掛けています。2018年のうちには薬草を使ったカレーパウダーをお披露目予定で、2019年冬には石垣島のウコンを使った『ウコン味噌』を発表するべく開発中です! それから、これまで私が{tabel}で培った知識やつながりを還元する場をつくりたいと思って、『薬草大学NORM』を企画しました」

「norm」は“normal(ノーマル)”の名詞形で「(社会の)標準的な状態」や「(行動様式の)規範」の意味がありますが、「当たり前のことを見直す機会になればと思っています。薬草の効能だけでなく、その裏にある文化のこと、医療のこと、地域の現状なども学べる場にしたいです。世の中に薬草ムーブメントを起こせたら」と新田さん。

ライフミッションを見つけて、自分らしく働く

とても幅広い活躍をしている新田さんですが、自身のライフミッション「食生活のアップデートを提案したい」というものは当初から変わっていないといいます。どのようにして自分のミッションを見つけたらいいかを伺いました。

「{tabel}の基盤ができてきたので、いまはそれをベースに未来を描けるようになりました。みなさんもまずはライフミッションを見つけてみるのがいいかもしれません。ライフミッションの見つけ方は、好きなことを絞り込んでいくのもいいですし、違和感があるものを消去していくのでもいい。とにかく学んだことがすべて糧になるので、行動を通して見つけていくのがいいと思いますよ。『移動距離と経験値は比例する』という言葉を聞いたことがあるのですが、旅はオススメですね! 遠くに行くことでいまの自分を俯瞰できるし、気づくことは多いです」

新田さんの名詞には会社名の隣に、いまも「食卓研究家」の肩書きがあります。

「周りからは『薬草研究家』にしたら?と言われることもありますが、私はローカルの丁寧な暮らしの知恵を発掘し、現代の食卓にからだの慈しみと風土の魅力を伝えるおいしさを提案したいと思って活動しています。『食卓研究家』として、実はいまもレシピを書いたり、勉強会やワークショップを開催したり、{tabel}以外の仕事もしているんです。1つのことだけでなく、違うところにも片足を突っ込んでおくことで、新鮮な空気が入ってきて視野が広がるんですよね」

新田さんは来る40代に向けて、英語の勉強とさらに薬草について学ぶべく、大学院に進学することを計画中だそう。

「何でもいいので、小さい山に早く登ることをオススメします。マニアックでも良いので何かの分野で専門家になって、山を登りきるとそこから見える世界は違ってきますよ!」

新田さんのようにライフミッションを見つけるためには、行動あるのみ。みなさんもぜひライフミッションを見つける旅に出掛けてみてください!

新田 理恵(にった りえ)さん

1984年、大阪府生まれ。
TEBEL株式会社・代表取締役、食卓研究家。西洋栄養学と東洋薬膳学の両面から料理はもちろん、それを取り巻く環境、空間、文化、関係性などから多角的に食生活の提案をしている。2014年、日本の薬草やローカルの魅力を伝えるコミュニティ{tabel}を始動。2016年、TEBEL株式会社を設立。

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