暮らすように旅し、旅そのものを仕事にする
(株)くらしさ 長谷川 浩史&梨紗
2019/03/02 (土) - 12:00

オフィスはバン。仕事は移動しながら、ミーティングは山の中やビーチ、あるいは銭湯&サウナで。そんなユニークな働き方を実現しているのが、「ON THE TRIP」の成瀬勇輝さんです。「あらゆる旅先を博物館化する」をコンセプトに、iPhoneアプリのオーディオトラベルガイド「ON THE TRIP」を展開。現在、日本中をバンで巡りながら、各地の文化財の“物語”を紡いでいっています。暮らすように旅し、旅そのものを仕事にしている成瀬さんの、ここに至るまでの軌跡を追います。

リュックサック革命に想いを馳せて

旅に興味をもち始めたきっかけは、中学生のときに観た映画「80日間世界一周」だったといいます。「たった80日間で世界は周れるんだ!」という発見から海外への興味が沸き、そこから1950~60年代のアメリカ文学に没頭していきます。

その頃、アメリカ文学界で異彩を放っていたグループ“ビート・ジェネレーション”。なかでもジャック・ケルアックの「ザ・ダルマ・バムズ」のなかで書かれている“リュックサック革命”には大きな感銘を受けたそうです。

「『たいてい一週間後にはゴミの仲間入りをしているものを消費して満足するよりも、リュックサックを担いだ1万人の若者が世界を渡ることで新しい視点を持ち、未来の社会を変えていくだろう』というリュックサック革命の一節。ぼくもその一員になりたかったのかもしれません」

当時、資本主義社会に対して閉塞感を抱いていたアメリカの若者に向けて、世界を旅することを提唱した、リュックサック革命。実際、その後のアメリカでは、旅を通じて様々な国の文化や歴史を学んで帰ってきた若者たちのなかからヒッピーが生まれ、そのコミュニティのなかから、スティーブ・ジョブズといった偉大な起業家も誕生しています。

同じように、資本主義に対する閉塞感に包まれた現代社会に生まれ育った成瀬さんが、旅に興味を抱くきっかけとしては十分でした。

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世界一周の旅“NOMAD PROJECT”へ

それから投資でお金を貯め、18歳のときに初めての海外・ベトナムへと旅立ちます。しかし、出発の1週間前になんと右腕を骨折。ギブスをして出発したものの、今度は到着してすぐ食中毒に罹り、3日間ぐらい現地の病院で寝たきりに…。這う這うの体で残りの10日間、ハノイからホーチミンまで旅をしたんだそうです。

「散々な旅でしたけど、楽しかったんですよね。予想外に起こることにどう対応していくか。それまでは何かやるにもたいていの場合答えが用意されていて、一人で何かをやり遂げるという経験はありませんでしたからね」

この旅をやり遂げたことで、ほんの少しだけ自信がもてるようになったと話す成瀬さん。次に選んだ旅先は、憧れのアメリカでした。2カ月間かけてのアメリカ一周。映画「イージー・ライダー」のように車でカリフォルニアをまわったものの、だんだんと美しい景色を観るだけでは感動が薄れてきて、旅に興味がなくなってしまったそう。

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そこで一旦旅を辞め、日本のベンチャー企業でインターン生として働き始めます。様々なベンチャー起業家たちと出会うなか、ある疑問が芽生え始めました。

「多くの起業家が海外向けのサービスをつくりたいといいながら、海外に出たことがある人が少なかったんです。僕もいつかは起業してグローバルなサービスをつくりたいと思っていたので、それなら学生のうちに海外で学んでおかないと、と思いました」

そして、ボストンにある起業学に特化したバブソン大学へ留学を果たします。ただ、実際に留学してみると、何十人といるアジアからの留学生に対し、日本からの留学生は成瀬さんただ一人。授業で取り上げられるケーススタディも中国や韓国のものばかりで、日本の会社は過去の事例として捉えられていました。

「悔しさと共に、焦りも感じました。このまま海外に出る日本人の若者が少なくなれば、世界における日本の存在感は小さくなっていってしまうのではないかと。ただ、海外に出るにもそのロールモデルが思い浮かばない。野球界にイチローがいるように、ビジネス界やアート界でも海外で活躍する日本人がもっといるんじゃないかと」

こうしてバブソン大学卒業後に始めたのが、海外で活躍する日本人の起業家やアーティストを取材し発信していく世界一周の旅「NOMAD PROJECT」でした。

NOMAD(ノマド)とは、オフィスを構えず世界中どこでも仕事をする人たちのこと。フランスのジャック・アタリという経済学者が提唱した概念で、これからは国境や会社という枠組みを越えて、個人が事業を起こしていく時代であると。

そんな個人で世界とつながるノマドたちの生き方を紹介していくことで、日本人が少しでも世界に出るきっかけになればと、30か国を巡り500人以上にインタビューをしてまわりました。

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“世界にいる”を感じるメディアの立ち上げ

「ノマドの人たちの生き方に触れてきたことで、もはや個人が潮流を起こせる時代ということを感じました。同時に、彼らの世界観は“世界に出る”という感覚よりも、“世界にいる”という感覚の方がしっくりくる気がしたんです」

それを強く感じたのも、世界一周の旅路の途中、挑戦したアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ登山でのこと。標高4500mぐらいの場所でふと携帯を開くと、なんと電波が入ったんだそうです。こんなへき地においても、ネットがつながりSNSで世界中の人たちとつながれる時代。もはや仕事をするのに場所は選ばないということを実感した瞬間でした。

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この“世界にいる”という感覚を、もっと日本人のなかに醸成できないか。そんなことを考えながら帰国して立ち上げたのが「TABI LABO」というメディアでした。

「TABI LABOでは、ミレニアル世代に向け、海外のおもしろいこと・感動すること・社会問題・刺激的なキーパーソンなど、世界でいま起こっていることを伝えていきました」

紆余曲折ありながらも、TABI LABOは急速に拡大。気付いたら2年間、オフィスのある渋谷区からほとんど出ることはなかったそうです。

そんななか、成瀬さんのなかに新しい感情が生まれます。それまでは自身の足を使って生の情報を稼ぎ、発信していました。そして、世界中どこにいても仕事をしているノマドたちの生き様に触れてきました。実は、成瀬さん自身もそんな仕事のスタイルを求めていたことに気付いたのです。

「NOMAD PROJECTではずっと旅しながら記事を書いていたので、移動しながら仕事をするのが、いつの間にか得意になっていました。同時に、世界をまわればまわるほど、日本が好きになっていて。日本の四季折々の風景とか、寺や神社に宿る美意識とか、日本のことも海外の人に伝えていきたいなという想いが強くなっていきました」

そして成瀬さんは冒頭でふれたサービス「ON THE TRIP」の立ち上げに奔走します。

「ON THE TRIP」であらゆる旅先を博物館化する

博物館を訪れると、よくその展示物の解説が聞けるオーディオガイドを貸してもらえます。「ON THE TRIP」は、そんなオーディオガイドのように、スマートフォンを通じて各地の文化財の解説を聞くことができるサービスです。

「その背景にある物語を知ると、見え方も感じ方も一変すると思うんです」

成瀬さんがそう話すのには、自身の旅による原体験がありました。

「21歳でカンボジアを旅したとき、2日間ぐらいかけてアンコールワットをまわったんです。正直どれも似たような仏像や建物としか思えませんでした。ただ、帰国後に詳しい人から、その背景を聞くとまったく見え方が変わったんです。それを現地で聞くことができていれば、旅そのものが全く違うものになっていたと思うんですよね」

「ON THE TRIP」の構想は、同時に自身のワークスタイルを実現するためのものでもありました。暮らすように旅をするだけでなく、旅そのものを仕事にしたい。そこで思いついたのが、バンライフと呼ばれる、バンで移動しバンで暮らすスタイルでした。

「そんな想いを口にしていたら、バス事業を展開する平成エンタープライズから、なんとマイクロバスを無償提供してもらえたんです。それを自分たちの手で“オフィス”として改造していきました」

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このバンは家であり、オフィスでもあります。家としての最低限の要素「眠る場所=寝床」と「食べ物をつくる場所=キッチン」を抑えた上で、オフィスとして必要な要素「仕事や打ち合わせができるデスクがあること」「パソコンやデジタル機器を惜しみなく使える電力があること」などを装備していく必要がありました。

まずはバスの中身をからっぽにし、床を張り、ベッドやカセットコンロを装備。さらに太陽光パネルも装着し、リチウムイオン電池も積んで、電力も賄えるように。あまりにも奇抜な発想に、車検を通すのも一苦労だったとのことですが、半年かけてついにバンが完成します。

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「家とオフィスを同居させるためには、余計な要素を捨てることも必要でした。トイレは公共にもあるし、冷蔵庫はコンビニに、風呂は銭湯や温泉に行けばいい。僕は何よりもサウナが好きなので、ミーティングはサウナなんて、冗談じゃなくてホントにやっています(笑)」

旅のスタートは日本の始まりとされる奈良県でした。バンを停めるにはある程度スペースが必要ですが、奈良にある大安寺の住職が快く受け入れてくれたんだそう。そこを拠点に各地のお寺や神社などを巡りながら、各地の文化財の背景にある“物語”を紡いでいっています。

たどり着いた“バンライフ”というワークスタイル

バンに暮らし、バンで移動し、バンで働くというライフスタイルが確立した成瀬さん。バンライフは、思いのほか快適と話します。

「現在バンは沖縄に滞在中なのですが、暖かいですし、海を眺めながら仕事なんて最高ですよ。これまで人が入っていなかったような場所でも働けるということを、このバンライフを通じて体現していきたいです」

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これぞ究極のノマドワーク。自身が取材し発信し続けたノマドの生き様に、いつの間にか成瀬さん自身がたどり着いていたようです。

「結局、僕は旅が好きなんですね。旅しながら各地の“物語”を紡いでいく。このバンの中でしか書けない熱や匂いのあるコンテンツを生んでいきたいです」

28歳にして自身のワークスタイルにたどり着いた成瀬さんですが、このスタイルに固執するつもりはないと話します。

「ライフステージに応じて、臨機応変にライフスタイルも変化していければといいと思っています。いまは旅への欲求が強いですが、結婚したり、子どもができたりしたら、定住願望も芽生えるかもしれません。そのとき、そのとき、自分の心に素直に耳を傾けることが大切なんだと思います」

と、あくまでも肩ひじを張りません。もはや成瀬さんにとっては、仕事もプライベートも境界線が存在しないのかもしれません。

「働き方=生き方」と捉え、自分自身の可能性を最大限に生かせる仕事を追求できる、セルフターンの時代。成瀬さんは、そんな時代に生きる先駆者なのではないでしょうか。

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成瀬 勇輝(なるせ ゆうき)さん

東京都出身、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。ビジネス専攻に特化した米ボストンにあるバブソン大学で起業学を学ぶ。帰国後は、企業コンサル、イベント事業を経て日本を世界に繋ぐビジョンのもと株式会社number9を立ち上げ、世界中の情報を発信するモバイルメディアTABI LABOを創業。2017年、ON THE TRIPを立ち上げる。著書に『自分の仕事をつくる旅』『旅の報酬 旅が人生の質を高める33の確かな理由』。

このインタビュー記事は、2018年3月29日、SelfTURN ONLINE にて公開された記事を転載しています。

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