注目のスタートアップ企業を次々と輩出している福岡。そのなかでも特に成功した企業の1つといわれているのが株式会社ヌーラボです。2004年、数人のプログラマーが福岡市に小さなオフィスを構えたところからスタートしたヌーラボが、世界に拠点をもつグローバル企業に成長した道程について、代表の橋本正徳さんにお話しをうかがいました。
演劇劇、音楽、建築業、八百屋…自分探しの旅を続けた20代
株式会社ヌーラボの代表、橋本正徳さんは、福岡生まれ、福岡育ち。高校時代に演劇に興味を持ち、卒業後すぐに上京して演劇の専門学校へ。そのまま友人と劇団をつくり活動していました。20歳の頃、結婚を機に福岡に戻り、建築業を営む両親の仕事を手伝うように。自分に向いた仕事を模索するなか、八百屋や新聞広告制作、派遣会社でのプログラマーの経験を経て、プログラマー仲間に声をかけ、故郷である福岡で独立しました。
「地方には仕事がない」課題を克服するために
ヌーラボ設立当時、橋本さんは特に苦労を感じなかったものの、地方に仕事がない点に課題を持っていたといいます。
「僕が起業した頃は、Java言語を使っていて、それなりに新しいものでした。しかし、地元にそういうものを必要とする仕事がなかったので、東京の仕事を受注することにしたのです。おかげで東京に行く機会が増え、広い範囲で活動ができるようになりました。」
東京の企業と仕事をした際に、ヌーラボはバグ管理ツールとしてBacklogを作成します。実をいうと、Backlogが現在の形になるまでに2つ、同じようなバグトラッキングシステムで作っており、最初に作ったものはヌーラボを立ち上げるだいぶ前だったのだそう。
日本語に対応した、同じような製品が国内にはなく、Backlogが注目されて売れるようになったことで、2013年、自社製品だけに絞ったことが会社のターニングポイントになりました。「世の中の変化も僕たちの追い風になったと思います。リモートワークの推奨など、働き方改革も味方になってくれました。何より、自社製品の利益が伸びなくても、経営はずっと続けていました。粘り勝ちというところですかね。」
ユーザー目線での課題解決から生まれた自社製品たち
「Backlog」のユーザー数は100万人を突破。2作目として、2005年ブラウザ上で図を描くツール「Cacoo」をリリースしました。Backlogの中の「Wiki」というドキュメント共有機能では、テキストはみんなで触れられても、イメージ画像などは触れないという課題がありました。そういった問題点を克服するために開発したのが「Cacoo」です。「テキストでは伝わりにくいことも、図を使えば伝わることがあります。みんなで同じエディタ(作図画面)を使って作図することで、チームワークを加速させますね。」
ヌーラボが次にリリースしたのが、Typetalkです。BacklogやCacooのユーザーは、Skypeで会話をすることが多かったのですが、当時のSkypeは個別で話すと、他のメンバーは会話が見れなくなり、知らぬ間に個々の間だけで話が進んでしまうなど、課題もあったのだと言います。そういった問題の解決策として開発したのが、Typetalkでした。
「「Japan Backlog User Group」、略してJBUG(ジェイバグ)と呼んでいる、インターネット上のユーザーの会があります。そこでお客様の生の声を聞いたり、ソーシャルを使ったり、お客様に直接うかがって聞いたご意見などを、改善に取り入れています」
1億円の投資を受けた狙い。海外進出への思い
ヌーラボは、2017年にベンチャーキャピタルから世界進出に向けたマーケティング費用と開発費用のために、1億円の融資を受けました。「アメリカやイギリスなど、先進国のマーケットを視野に入れたときに、アメリカで1億円を準備して満額使ったとしても、物価の差によって効果は3000万や5000万程度になってしまう。資本を厚く持つために、融資は不可欠でした。いろいろなベンチャーキャピタルとお話をさせていただいた上で、East Venturesさんに投資をお願いしました。」
「資金調達する前はチャレンジするにしても躊躇してしまうところがありました。しかし、今はそれなりに会社も成長してきて、売り上げが伸び、外部資本も入ってきた。心の面でも余裕が生まれてきました。投資して、利回りを生むのがビジネス・商売ですから、後ろ盾があるのと無いのとでは大きく違うように思います。」
ヌーラボは、ニューヨーク、アムステルダム、シンガポールの3か所に拠点を構えています。「父は元石油タンカーの外航船員だったので、ときどき自宅に国際電話がかかってきたり、実際に電話口で海外の人と対応したりすることがありました。そんな環境にいたこともあり、昔から日本を出てみたいという気持ちがあったのです。」
ヌーラボで働く外国人はグループ全体の3割。子育て世代が多いのだといいます。「特に福岡は子育てに参加している男性社員も多いので、感心します。自分自身は、会社の立ち上げ時期とも重なり、あまり子育てに関与できていません。できればヌーラボの社員には仕事と子育てを両立できる環境を整えてあげたい、という想いもありますね。」
パパ・ママ社員が増加中。子育て世代に人気の理由
ヌーラボは子育て中でも働きやすいように、コアタイム無しの完全フレックス制度を導入しています。有給休暇は入社した時点で10日付与、翌年からは20日。さらに男女限らず、3歳までの子どもを持つ社員は、月に1日、有給休暇とは別の休暇を取得することができます。
これも、ヌーラボがサブスクリプションによる収益を確保しており、休んでいても売り上げは上がる仕組みを持っているから。収益構造的には休みは取りやすいのだといいます。
また、ITを駆使できる御社だからこその工夫もあるといいます。例えばTypetalkの中で、出勤退勤がカウントできるようにし、自宅からTypetalkにログインして出社にすることも可能です。
「僕らの仕事はどれだけ良いアイデアを生むかがポイントなので、必要以上のストレスはないほうがいい。こういう機能をこの日までに作らなくちゃいけないという軽いストレスはあって当然ですが、家庭のことを心配したりなど、集中できない要因はない方がいいのです。それは、ヌーラボの製品が良くなるために必要なことです。」
今後は、海外のユーザー獲得に注力しているという、橋本さん。どうやったら世界中にもっと拡大できるかに集中したいと考えています。「そのためにはJBUGのような活動が重要。やっぱりファンになってもらって、楽しく仕事をしてもらいたいです。異質な人たちが一緒の目標を持って、明るく楽しく働く。そういう企業や組織を増やしていきたいし、僕らもそうでありたいと思っています。」