豊かな自然、『遠野物語』の幻想的な世界観が息づく遠野。遠野の産業を地域の方と支えてきたのが一般社団法人遠野ふるさと公社でしたが、厳しい経営難に苦しんできました。長年の課題を打開するべく株式会社遠野ふるさと商社が公社の事業の一部を引き継いで、本格的な経営改革がスタート。自然・歴史・食が融合した遠野ならではの観光資源を磨き上げ、地域活性化を目指しています。遠野が抱えてきた課題をどう解決し、どのような改革を推進しているのか、株式会社 遠野ふるさと商社 代表取締役社長 杉村亮さんにお話を伺いました。
高校教師からIT系企業へ
―まず、杉村様のキャリアについてお聞かせください。
大学在学中から教員志向で、卒業後に高等学校で3年間、教員をしていました。実をいうと、最初のキャリアは完全に教育分野なのです。赴任した高校の多くの卒業生は民間企業に就職するようなところだったのですが、七五三現象といいますか、みんなすぐに辞めてしまうのです。どうしてだろうと思いまして。高校で提供すべき機能とは何なのかを考え、私も民間に勤めてみようと思うようになりました。そこで、当時受け持っていた生徒の卒業と同時に教員を辞めて、民間企業に入ったのです。
―民間企業ではどのような仕事をされたのですか?
学生の頃、企業のマーケティング部でアルバイトをしていたこともあり、マーケティング系の会社に入りました。リサーチやコンサルを経て、その後、デジタルの流れに合わせて、IT系にシフトしたんです。デジタルマーケティングやDX領域の企業支援を10年以上やってきました。
―かなり早いタイミングでDXにかかわっていたのですね。IT系からREVICに入社したきっかけは何だったのですか?
官民ファンドのREVIC(株式会社 地域経済活性化支援機構)に転職したのは40歳のときです。前職のときから、40歳になったら1回リセットしていろいろなことを見つめ直そうと思っていました。そんなときに、REVICから声をかけられ、採用に至りました。
―地域再生・活性化や地方創生にもともと関心があったのでしょうか?
潜在的にはありました。デジタル系の会社にいましたので、デジタルを使うことで、物理的な距離や効率性、生産性の向上が実現できるのではないかと漠然と思っていました。
私は千葉県育ちなのですが、両親は函館出身で、バブル時代に活気のあった函館の町が衰退していく様子も見てきていますので、私としても忸怩たるものがあり、地域を何とかしていきたいという想いをずっと持っていました。
赤字が続くふるさと公社の改革に乗り出す
―「遠野ふるさと公社」について、ご説明いただけますか?
一般社団法人 遠野ふるさと公社は、昭和59年に設立されたのですが、実は、長年赤字経営が続いていました。2011年の東日本大震災のときは自衛隊やボランティアの方々が後方支援地域として遠野の道の駅を拠点に様々な支援活動を行ったこともあり一時的に黒字になったのですが、それを除くとずっと赤字です。遠野市も問題視して改革を進めてきたのですが、うまくいきませんでした。
ちょうどその頃、REVICで観光遺産産業化ファンドを立ち上がり、出資する岩手銀行との協議により強化地域として平泉や遠野が挙がったこともあり、遠野ふるさと公社改革を一緒に推進するようになりました。そして2020年7月に「株式会社遠野ふるさと商社」が設立され、私が代表として就任しました。ミッションとしては、公社全体の事業再生と公社を活用した地域全体の観光の活性化です。
-ふるさと公社にはどのような事業があるのですか?
元々遠野ふるさと公社の事業には、①道の駅 「遠野 風の丘」②地域商社(アンテナショップやふるさと納税事務局など)③施設運営(歴史博物館・伝承園)、④遠野ふるさと村⑤温浴施設(たかむろ水光園)の5つがありました。
ふるさと公社には根本的に2つの大きな課題がありました。ひとつは、一般社団法人のスキームでは経営責任がとても曖昧なことです。赤字を招いた要因でもあり、スキーム自体を見直さないといけないと思っていました。
もうひとつは、営利事業と非営利事業が混在していて、経営方針が迷走していたことです。
そこで、収益性ある風の丘や伝承園は民営化し、公益的な要素の大きい部門(ふるさと村や水光園)は一般社団法人のままにして、ふるさと商社との2社体制で運営を整えていくことにしました。
しかし、このままふるさと公社を放置してしまうと、赤字がたまる一方です。そこで、一旦、ふるさと村や水光園などの赤字施設の職員をふるさと商社で引き取り、ふるさと商社から各施設に出向させ、人材を通じて赤字脱却を図ろうとしています。
―地域ではどのような観光の課題を抱えているのでしょうか?
遠野市の観光施設の年間の入込数を見ても、風の丘だけが圧倒的に集客できていて、それ以外は小規模なスポットが分散している状況です。集客力はあるものの、道の駅を訪れた人が、そのまま遠野市に滞在せず、釜石自動車道を通って釜石や花巻へ素通りしてしまうのです。
また、遠野の名を全国に発信してきた『遠野物語』自体も認知が低迷しつつあり、ブランディング自体を見直す転機となっています。
歴史と食文化を繋ぎ、観光資源を磨く
―どのように改善していこうか、計画はあるのでしょうか?
我々としては、まずは道の駅をしっかりと立て直そうということで、風の丘を昨年4月にリニューアルし、施設と駐車場を拡張しました。岩手県は道の駅が35軒と多くひしめき合っているので、しっかりとテーマ設定をし差別化できるサービスの提供を目指しているほか、遠野の魅力を発信して市内周遊を促進していくことを方針として掲げています。
―コンセプトが重要になるということですね。
道の駅遠野風の丘では3つのテーマを掲げ、リニューアルをはかってきました。
一つ目は『遠野物語』に象徴されるように、民話が宿る里としてのブランドです。施設内には古民家や遠野物語に登場するカッパや座敷わらし、天狗といったキャラクターを登場させ、民話の里としてのブランド発信をはかっています。
遠野は
ジンギスカンも有名なのでテーマの一つに掲げています。この地域では「バケツジンギスカン」といって学校の掃除で使うようなブリキのバケツに鉄鍋を置きジンギスカンを食べる風習があるので、田園風景が望める外のデッキでバケツジンギスカンのサービスを提供しています。
また、遠野はホップの栽培面積が全国1位です。遠野産ホップで作られたクラフトビールを充実させているほか、ここでしか飲めない生ビール3種も提供しています。車で来られる方も多いので、お持ち帰りできるボトルもセットで用意しています。
―ホップソーダが好評で、売上ごとに10円が産地振興に還元されると聞きました。
遠野では数年前から、ビール事業にかかわっている生産者さんやビール醸造所の方々、そし販売を手掛けるふるさと商社などが結集し、地域一体となってビールの町づくりをしていくことを目的に掲げられたプロジェクトが立ち上がっているんです。
持続可能なホップ栽培と地域の活性化を目的に、ホップの収穫を祝うホップ収穫祭やビアツーリズムなど、ホップを中心に据えた様々なコンテンツを作っています。その延長でホップソーダやホップフランクを当社で開発・販売し、売上1点ごとに10円をホップ生産維持のための基金に提供する試みを行っています。
コロナ禍を乗り越え、販売額は1.2倍に回復
―実際、集客の状況はいかがですか?
この辺りは閑散期と繁忙期の落差が大きいエリアで、特に冬は人が集まりません。一番の稼ぎ時は7、8月なのですが、2021年の8月は緊急事態宣言と重なってしまい、十分な成果を上げることができませんでした。
それでも、お蔭様で年間を通すと、コロナ禍前と販売額はほぼ同じにまで回復しました。新しい年度を迎え7月になりましたが、コロナ禍前と比較して施設全体の販売額は約1.2倍になっているので、お客様からは良い反響をいただけていると思います。
―プロモーションや発信について、何かされていることはありますか?
当社の従業員は平均年齢が50歳強と高く、今までデジタルでの発信ができていませんでした。
風の丘のリニューアル後は、InstagramなどのSNS発信を注力してきましたし、今年になって若い人材を採用したこともあり、道の駅だけでなく他の施設でもデジタル強化を進めています。
3つの観光テーマを掲げ、磨き上げる
―今、何かしかけていることはありますか?
観光産業は地域が一体となって戦略を作ったりプロモーションを推進していく必要があります。そこで今、私が注力しているのは、遠野市の観光の中核を担う組織の組成です。その組織を母体として、遠野市全体の観光テーマを策定し、ブランディングを含む戦略的なマーケティング展開をはかる体制作りをしていきたいと考えています。
今後、地域関係者と精査していく必要がありますが、私は個人的に妖怪や神様が宿る「まやっと(もやっと)した世界観」「永遠の日本のふるさと」「ホップ・ビール」の3つを観光テーマに掲げて、それぞれを磨き上げていければとよいのではと考えています。
―具体的にはどのようなことを検討されていますか?
「まやっと(もやっと)した世界観」のコンテンツは、これまで『遠野物語』一色でしたが、残念ながら『遠野物語』の認知度は下がっていますし、発信してもなかなか集客には繋がりにくいのが現状です。でも、河童に会いにカッパ淵を訪れる人はとても多いんです。アンケートでも、観光目的は「河童に会いにきました」という回答がダントツ多い。「カッパ」に「座敷わらし」に「天狗」などなど、遠野には様々な妖怪や神様の話が数多く残っており、ユニークなのはその民話には実在の人物が登場し、実在の場所が舞台となっているところです。遠野に宿る妖怪や神様を「感じられる」ようなサービスを提供していき、その延長で『遠野物語』への興味を引き出していきたいと思っています。
「ホップ・ビール」のテーマにおいては、現在、ホップ栽培等を見学できるビアツーリズムがあり人気を博していますが、事前予約が必要なため、もっと気軽に楽しめるコンテンツを密かに計画しています。
そういうわけで、ポテンシャルがありやることはたくさんあるし、伸び代が大きい地域と私は睨んでいるのですが…。
―ワクワクしますね!この2年間での手応えはいかがですか?
コロナ禍ではあったものの、集客はできましたし、結果を踏まえて地域の信頼が得られたと感じています。計画の進捗状況も順調です。遠野は古くは交易の拠点として栄えたこともあるからか新参者にも温かい場所ですし、楽しく推進できる地域性があると思います。
充実した「食」。遠野のアニミズムも訴求していきたい
―杉村様にとって遠野の魅力はどこにありますか?
長らく住んでいると当たり前に感じられてしまいますが、やはり田園風景や自然豊かなところが遠野の魅力と感じています。
単身赴任なので時々東京の自宅に帰ると、それを痛感しますね。盆地なので寒暖差がありますから、野菜は甘みがあって美味しいし、ビールもここで醸造されるので新鮮でフルーティな味わいです。食は充実していますよ。
―どのような方が遠野にマッチしていると思いますか?
自然を楽しめるアクティビティが充実していますから、好きな人には、とてもいい環境だと思います。遠野三山の山登りもできますし、渓流釣りも楽しめる。
雪はそこまで降りませんが、スノーシューでの登山を楽しむ人もいます。
―インバウンドが再開されて、訪日外国人が増えていくなかで、遠野は観光資源を生かした「サステナブルツーリズム」や「アドベンチャーツーリズム」など新しい観光の可能性を感じますね。
その通りだと思います。外国人には日本ならではのアニミズム的な世界観がうけているらしく、その辺の訴求も強化していきたいですね。
―今後、どのような方に来ていただきたいですか?
地域を好きになっていただかないと、なかなか移住に繋がりませんから、人懐っこい、人間が好きな方に来ていただきたいですね。地域商社ですが、観光という枠にとらわれない人を採用できたらいいですね。
今、遠野ふるさと商社に必要なのはマネジメント人材です。企業経営が機能としては弱いので、精通している方に来ていただきたいなと思います。