2016年、青森・岩手・宮城の水産加工業7社が集まり、設立されたのが「三陸コーポレーション」(本社:宮城県仙台市)だ。三陸産の魅力を世界に知ってもらおうと、東南アジアやUAEなどに海産物を輸出している。代表を務めるのは、元流通コンサルタントタントの森岡忠司さん。若き経営者が、地域から世界を目指す理由とは?話を伺った。
「県」の壁を越えたいと考え、コンサルから社長に転身
ーまずはじめに、森岡さんの経歴についてお聞きできますか。
私は農学部出身で、大学では「国際地域開発政策学」を学んでいました。「日本国内の地域を国際化することによって、地域を発展させる」というのがテーマで、僕自身、農産物の海外輸出による産地の活性化に取り組んでみたかった。卒業後は生鮮青果物の専門商社に入社して、4年間働きました。その後、地域の海外展開を手伝える仕事をしたいと考えて、地域の農水産業を専門にコンサルティングをしている「株式会社流通研究所」に転職。8年間勤めて、沖縄をはじめとした各地域で仕事をしました。
代表取締役社長 森岡 忠司さん
ー三陸コーポーレーションの社長となった経緯は?
三陸コーポ―レーションの設立社の一つである阿部長商店は、流通研究所時代のクライアント。阿部長商店は本社が宮城県気仙沼市ですが、岩手県大船渡にも拠点があるので、岩手県産水産物の東南アジアでの販路開拓の仕事を官民連携の形で進めたんです。ところが、ある程度の販路が見えたところで、あるところから「宮城の水産メーカーがなんで岩手県の事業をやっているんだ」と横槍が入って、結局、話がなくなってしまったんです。
ただ、外の人間からすると、宮城県の気仙沼だろうとサンマはサンマ。海外の人だって知るはずはない。販路もあるし出資者もいるのに、そんなつまらないことをしていても仕方がない。そこで阿部長の社長と、県ではなく、三陸というひとつの地域特性がある括りで海外に売って出てはどうかという話になり、早速企画書を作って各省庁に相談しに行ったんです。そしたら、東北経産局の前局長に「こういうことを自分もやりたいと思っていた」とおっしゃっていただき、復興庁の事業を活用してスタートしたのが今の会社になります。そして、「だったら、よく分かっているお前が社長をやれ」ということになったのです。
ーコンサルタントから社長に転身されるということで、ご苦労もあったかと思います。
そうですね。これまで働いてきた会社で海外輸出や貿易、マーケティングのノウハウは培ってきたのですが、経営面がノウハウが全くなくて、今も勉強中です。一つだけの仕事に集中するのではなく、全体をマネージメントしながらやらないといけないという点は苦労しているところです。
中長期的に海外市場に目を向ける経営者を選抜
ー改めて、三陸コーポレーションの事業をご説明頂けますでしょうか。
三陸コーポ―レーションは、三陸の水産メーカー7社の共同出資で2016年に設立した輸出会社になります。経営理念として、三陸の水産資源を世界と共有し、三陸を世界一の水産都市にすることを掲げています。ただ、単に三陸の海産物を世界に発信するだけではなくて、外から人を呼びこむという使命もある。三陸の水産会社が東京、大阪、福岡に商品を出荷するのと同じように、香港やシンガポール、マニラにも出すことが当たり前の社会になるように、三陸での仕組みづくりに取り組んでいきたいと考えています。
ー7社を選ばれた基準は?
地域のバランスを取りつつ、得意な魚種がかぶらないように選抜しました。でも、一番は、海外志向の強い経営者がいる、というところ。なんとなく海外で売ってみたいというレベルではなく、30年、50年のスパンで見て、国内市場の閉塞感から、海外へ少しずつ市場をつくっていく必要性について考えている代表を選びました。
ー現在、三陸コーポ―レーションが扱うマーケットを教えて下さい。
フィリピン、インドネシア、タイ、シンガポール、マレーシアの5カ国とUAEも少し。アメリカも先月から始まりました。マレーシア、タイ、シンガポールはいろんなプレーヤーがいますが、フィリピン、インドネシアはほとんどいない。誰も入っていない分、開拓するのにすごく時間がかかりますが……。
ーマーケットはどのように選んでいるのでしょうか?先ほど、東南アジアという話はありましたが、東アジアはあまり入っていないのですね。
我々は水産物の輸出のなかでは“後発組”。ですから、既にやられているところに我々が出てってやる必要はない。だから、中国や台湾あたりはマーケットとしては見ていません。海外市場に関しては、国内と違って商品とかサービス以上に“先行者利益”が非常に大きい。マーケットがまだ全然ないような小さな国でも、最初に入ってきた人が利益を受ける。だから、マーケットを選ぶ時は、今後の成長性も考えています。
宗教、文化の壁を越えるための試行錯誤
ー販路開拓は、現地のエージェントと組んで進められておられるのですか?
そうですね。各国、提携してる輸入卸し売り業社を1社ずつ立てていまして、そこが現地のスーパーマーケットやレストランに営業をしています。
ー海外での組織作りで苦労された点はありますか?
今、各国の提携会社と給料を折半するかたちで契約を結び、三陸の魚を売る専属の現地営業マンを雇用しています。というのは、各輸入業社も三陸の魚だけを扱っているわけではなく、肉や小麦などいろいろと扱っていて、当然、売上が立つものを優先して売っていく。しかも、三陸の魚の知識もあるわけでもないので、効率よく知識をつけながら、三陸の魚の売上も伸ばしていくために任せっきりだと何も進んでいかないので。現地の営業マンは今年3月マレーシアで採用しましたが、今後はフィリピンやインドネシアにも広げていきたいと考えています。
―マレーシアやインドネシアでは、現地の宗教とも向き合う必要も出てくると思います。そのあたりは、どのように対応されているのでしょうか。
たしかにマレーシアではホテルで使う加工食品は全てハラル認証(イスラム教の戒律に則って調理・製造された商品であることの証)が必要です。スーパーなどでも、認証があった方がマーケットは広がります。ただ、日本国内でハラル認証をとるのは難しいので、今後は三陸の魚を使い、現地で製造して販売する方法を考えていきたいです。
ー実質的な輸出量の割合を教えて下さい。
今はフィリピンとタイで3割、マレーシアで2割。インドネシア、シンガポールはそれぞれ1割くらいです。うち7割は原料、3割は加工品をおろしています。
ー魚の種類は?
国によって全然違うんですけど、メインは牡蠣。あとは、ホタテ、サンマ、イクラ、水ダコが多いですかね。タイなんかだと日本の魚がある程度入っているので、この5種を含めて、多くても10種類くらいに絞り込んで送っています。一方でフィリピンは、まだあまり日本の魚を輸出するプレーヤーがいないので、50種以上をまとめてちょこちょこと輸出しています。
ー出荷する魚の種類や量を現地の営業マンを通じて受注し、森岡さんが関係7社に割り振るのでしょうか。
そうですね。ただ、商圏が広がっていくにしたがって、私の処理が追いつかなくなってきたので、各水産メーカーと5カ国で提携している輸入業者を弊社で一括管理して、商品情報とか受発注がクラウド上でできるシステムを今年から導入しようと考えています。
ブランディングを強化し、“三陸産”のリピーターを増やしたい
―水産物の輸出はこれまでも全国各地で取り組まれてきたというお話がありました。そんななかで、三陸コーポレーションは将来的にどのように戦っていきたいと考えておられるのでしょう。
私はブランディングを強化していきたいと思っています。たとえば牡蠣だと、海外に行ったら北海道産のものが知られている。「なぜ知っているの?」と聞くと、実際に北海道に行って食べたことがあるという人が圧倒的に多い。ですから、 “三陸産”も、差別化して販売していくためには、三陸に来てくれる人も増やさなければいけないと考えています。三陸の一番の特徴は年間通じて、いろんな魚がとれるということ。それは世界のどこにもない。しかも、いろんな加工業社がいて、そこでいろんな形にして提案できる。その多様性が一番の強みです。わりとどこの輸入業社さんも同じことを言ってはいますが、ブランドとして、毎日でも高品質な良いものが提案できますというメッセージを入れています。
―今後のビジョンをお聞かせください。
短期的な目標は、各国に三陸の魚を売る人間を置いて、ものが構造的に流れる仕組みをしっかりとつくりたい。中期的には現地に拠点をもつこと。これは営業もそうですし、現地で製造しなきゃいけないものは現地でつくりたい。単に三陸の魚を三陸で加工して海外へ輸出するだけではなく、事業そのものが流れる仕組みを作っていかないといけないなと思います。
あと2つ、やらないといけないなって思うことがありまして、1つは魚だけではなくて宮城ならイチゴなど、一緒に運べるものは魚に限らず提案していきたいと考えています。そして、売ったものをきっかけに三陸に来てもらい、本場の味を知ってもらうことで、リピーターになる、そんな輸出とインバウンドの相乗効果を生み出せるような流れを作っていかないといけないと思っています。
―最後に、森岡さんご自身の目標は?
お客さんは海外にしかいないので、現地に拠点を持つ方向に力を入れていきたいと思っています。日本のスタッフについても、日本で採用して働いてもらった後、自分の国に帰国し、そこの拠点のマネージャークラスになってもらえるような“行動人財”を増やしていきたいですね。
三陸コーポレーション 代表取締役社長
森岡 忠司(もりおか ただし)さん
1983年生まれ。静岡県出身。東京農工大卒業後、2006年Wismettacフーズ入社。4年間の在籍中は主に輸入を手掛けていたが、人生のミッションとして食品の「輸出」に取り組みたいと、2010年に、農水産業の振興を手がける流通研究所に入社。同社コンサルタントとして沖縄や愛媛などのプロジェクトに携わる。2016年、クライアントであった阿部長商店(宮城県気仙沼市)の阿部社長の推薦で、三陸コーポレーション(本社・仙台市)の社長に就任する。
三陸コーポレーション
青森・岩手・宮城にまたがる三陸地域の水産加工業者7社の広域連携体が、復興庁の助成を受けて2016年に設立。三陸産の水産加工物の海外輸出に取り組むとともに、三陸ブランドの周知、それに伴うインバウンドの増加を見込む。
- 住所
- 宮城県仙台市泉区泉中央3-15-3(本社)
- 設立
- 2016年9月
- 資本金
- 1千万円
- 事業内容
- ・三陸産水産物の輸出窓口
・東北などの農畜産物の輸出
・三陸地域へのインバウンド