【熊本県】「何もない」から「他にない価値」を生む。地域主体で作った新しい観光地とは?
株式会社NOTE人吉球磨
田村 朋美
2018/08/27 (月) - 08:00

鉄道遺産を活用し、新たな観光体験を創出

熊本県の最南端、鹿児島と宮崎の県境に位置する人吉市。この人吉球磨(ひとよしくま)地域がいま、大きなうねりを起こそうとしている。

地元の住民が立ち上がって『株式会社NOTE人吉球磨』を設立し、JR九州肥薩線沿線にある木造駅舎や旧駅長宿舎、駅周辺の古民家など、明治末期の歴史的建造物をホテルやレストランに再生。既存の無人駅や列車を活用した新たな観光拠点を創出した。

NOTE人吉球磨が古民家を宿泊施設に再生することには意味がある。人吉市は温泉や球磨焼酎、球磨川などの観光資源に恵まれ、年間120万人以上の観光客が訪れるが、宿泊客は全体の1割にも満たないからだ。

素通りするだけの観光客が人吉に滞在して経済効果をもたらす仕組みや流れを生み出すにはどうしたらいいのか。NOTE人吉球磨で代表を務める村口隆氏は、地域に数多く点在する古民家に着目。

高齢化や人口減少に伴う空き家問題は人吉球磨でも切実な課題であり、持続可能な地域を存続するためにも、古民家の再生事業には意義がある。住民が主体となって、地域資源に付加価値をつけて生かすことを考えたという。

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眠れる資源の宝庫、人吉球磨

そもそも、人吉球磨とはどのような場所なのか。

ここは2015年に文化庁から『日本遺産』に認定された地域で、熊本県の文化財の3分の2がある場所だ。司馬遼太郎は著書『街道をゆく』のなかで人吉球磨を「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記している。

多くの文化財が現存する背景には、鎌倉時代から明治維新まで、約700年続いた相良氏の統治がある。戦乱に巻き込まれることも少なかったため、人吉城跡をはじめ、国宝の青井阿蘇神社や相良三十三観音などが大切に受け継がれてきたのだ。

さらに、500年の歴史を誇る球磨焼酎も、この地域の風土の豊かさを物語る。一般的に日本酒の場合は醸造に適した米として酒米(さかまい)を使うが、球磨焼酎は昔から食用米を使用。それだけ昔から米や水に恵まれていた。

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キーワードは「住民主導」と「唯一性」

村口氏は会社設立の経緯をこう語る。

「私はもともと人吉市の市議会議員でした。議員時代は全国で地域活性化の成功事例を30カ所以上視察し、そこから得たものを人吉市の今後に生かそうと思いましたが、議員では利害関係なども考えると、なかなか率先して動けないジレンマがありました。また、体調を崩した事もあり、市民として市を盛り上げて行こうと考えました」(村口氏)

村口氏は、各地を視察するなかで、元気な地域の共通点に気がつく。それは、「住民主導」と「唯一性」の二つ。覚悟を持った地元住民が主体となり、地元民では気づきにくい地域の「唯一性」を客観的な視点で知るための「よそもの」をうまく仲間に巻き込んでいる地域は、活性化に成功していた。

そんななか、知人の紹介で兵庫県の丹波篠山を拠点に、古民家の再生活用事業を行う株式会社NOTEの取り組みを知る。村口氏は篠山の現地を視察し、人吉でも必ずできると確信したという。

「人吉は篠山よりも人口が多く、良質の温泉や文化財、球磨焼酎の蔵元もある。これだけ地域資源が多いならばできるはずだと思いました」(村口氏)

篠山から帰ってきた村口氏は、さっそく人吉球磨を愛する仲間たちに声をかけた。地元にある550軒の古民家を調査した建築士や、人吉駅でSLの観光客に手を振る取り組みを続ける「九州相良藩【吉組】」の発起人など、賛同する仲間を集めて、2017年5月に株式会社NOTE人吉球磨を設立した。

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目をつけたのは、肥薩線沿線の鉄道遺産

人吉市にも多くの古民家があるが、村口氏が最初に注目したのは明治時代から現存しているJR肥薩線の無人駅や旧駅長宿舎。鉄道ファンからも人気が高い肥薩線の大畑(おこば)駅周辺の活用を思いついたという。

「大畑駅は標高の高い山の中にあり、ループ線のなかにスイッチバックを併せもつ日本で唯一の駅です。JR九州が誇る観光列車『いさぶろう・しんぺい号』や人気豪華列車『ななつ星』も止まります。この立地条件を生かし、人吉球磨の鉄道遺産や古民家を活用した、ここでしかできない体験を生み出したいと考えました」(村口氏)

大畑駅は1909年に開業。地元の人たちは、ボランティアで10年以上、大畑駅の草むしりや清掃を続けており、観光列車が停車する時はみんなで手を振って笑顔で出迎えるなど、住民のぬくもりがあふれる場所だ。はるばる訪れる鉄道ファンも多い。

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さらに、隣の矢岳駅周辺にも旧駅長宿舎や古民家がある。また、矢岳駅からおとなり真幸駅に続く車窓からの眺めは、えびの高原と霧島連山を望める「日本三大車窓」のひとつ。この観光資源を活用しない手はない。

村口氏は人吉駅から大畑、矢岳へと続く肥薩線の景観を壮大なアトラクションに見立てて、周辺に眠る歴史的建造物を生かすことを決め、大畑駅に隣接する旧国鉄保線区詰所をレストランに、矢岳駅にある旧矢岳駅駅長宿舎などの古民家を、洗練されたホテルに再生する計画を策定した。

「JR九州に提案するなかで紆余曲折はありましたが、2017年8月に人吉市とJR九州、肥後銀行、株式会社NOTEの4社で協定を締結。これによって熊本未来創生ファンドからの投資を受けることが可能となり、JR九州などから物件を購入もしくは、賃貸でリノベーションするという一連の動きが加速したのです」(村口氏)。

この取り組みがユニークなのは、NOTE人吉球磨が古民家再生を行い、その物件はサブリース形式で運営会社である株式会社クラシックレールウェイホテル(略称:CRH)に貸し出すこと。

CRHの経営陣は、首都圏でレストランを多店舗経営している人や簡易宿泊所を経営する一級建築士など、いわゆる「よそもの」で構成。地元の住民にとってあたりまえで気づかない人吉球磨の魅力を引き出すきっかけにもなっている。

「何もない」から「ほかにない価値」を生み出す

協定締結から1年後の2018年9月8日、大畑駅と矢岳駅を拠点とする「クラシックレールウェイホテルプロジェクト」がスタートする。

「たとえば、人吉駅から旅を始めるとします。大畑駅までは列車で約20分なので、地域の案内人と一緒に乗って、肥薩線の歴史や旅のコンセプトを聞きながら大畑駅に到着。ランチやディナーは、大畑駅に隣接する旧国鉄保線区詰所を再生したレストランで、一流シェフの料理を楽しみます。食事中にタイミングが合えば、停車する観光列車も見られるでしょう」(村口氏)

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「その後、列車やロンドンタクシーなどで隣の矢岳駅に移動。古民家を再生したホテルに宿泊します。大畑駅の向かいにある宮地嶽神社はとても眺めが良く、秋から冬の季節は眼下に広がる美しい雲海を見ることができますよ」(村口氏)

希望すれば、辛子レンコン作りや桃のシャーベット作りなど、この地域ならではの体験も楽しめるそうだ。今後は大畑駅周辺に宿泊施設を増やし、これまで日帰りで人吉球磨を通過していた人が滞在できる拠点を確立させたいという。

NOTE人吉球磨の設立から約1年。圧倒的なスピードでこの構想を実現できた鍵は、地元の住民が主体となってプロジェクトを進め、熱量の高い人々や地域のファンドを巻き込み、地域のなかに埋もれていた「唯一性」を見出したことだ。

「何もない」から「ほかにない価値」を生み出した人吉球磨。村口氏らの働きかけにより、人吉球磨が日本有数の観光地となる日は、そう遠くないかもしれない。


▼株式会社NOTE人吉球磨は、クラウドファンディングを実施しています。
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