愛媛松山をベースにエッジの効いた風を吹かす、異色の起業家が率いる会社がある。株式会社エイトワン。代表はメディアでもそのバックグラウンドが有名すぎる大籔さん。道後温泉で大浴場のないユニークな宿をつくり、今治タオルを取り扱うタオル専門店をスピード全国展開し、伝統の食文化鯛めし食堂を再生したかと思えば、みかん農家を盛り上げるオリジナル高品質ブランドを立ち上げる。この馬力とビジネスマインドあふれる同社で、創業からともに歩むパートナーであり伊織を率いる経営者、村上さんと同社の今とこれからを紐解く。
株式会社エイトワン・株式会社伊織
2006年の創業以来、愛媛県松山市を拠点に愛媛のファンづくりをミッションに小売・ブランド経営・飲食・宿泊施設などを次々に展開。今治タオルを取り扱うタオル専門店「伊織」、とってもユニークな体験ができる宿「道後やや」などとともに、創業代表の大籔さんは異色な経歴から全国的にも有名に。投資、再生、地場産業の活性など世代をつなぐ事業や活動も積極的に取り組む。
松山道後から、全国へ、世界へ。
「とにかく色々やってきましたね。最初はホテルやろうかと思うんだけど、からはじまって。」
村上さんは、同社グループで最大の事業会社である今治タオルを取り扱うタオル専門店「伊織(いおり)」の代表を務めながら、エイトワン社の常務取締役も兼任している。この日も、颯爽と伊織のフラッグシップ店である道後湯之町店の吹き抜けの二階から笑顔で私たち取材チームを迎えてくれた。
この店舗は2017年3月にオープン、道後温泉本館からも目の前の好立地。そして、ここから数分のところを含め、なんと松山市と道後エリアで3店舗目!だという。それもどれも直営。この時点で、一般的な店舗小売ビジネスの常識を超越している。それでいてエリア業績は大幅増収という。各店舗で売上を食い合い、売上は変わらないということもなかった。さらにこの広大な売り場、元パチンコ店。それをリノベーションしたとは思えないほどの空間。東京では難しそうな手法だけれど、ここでは計算も合うのだとか。
ここで少し道後温泉について触れてみよう。かつては熱海のようにいわゆる温泉街としてもどちらかといえば団体慰安旅行の色が強い観光地だったと言われる。それがこの数年間で、女子旅での人気温泉地となり、インバウンドも増えるなど大きな変化を見せた。国内でもギアチェンジとイメージチェンジを成し遂げた温泉地のひとつと言えるかもしれない。その背景には、パチンコ店を含めた風紀や雰囲気の改善に加え、「道後オンセナート」という新進気鋭のアーティストと連携したアートプロジェクトの開催などがある。
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作品イメージ:蜷川実花「道後温泉本館インスタレーション」(2017年10月1日~2018年5月31日公開)
このような地域全体としての転換期と機運もしっかり活かしながらの事業機会を広げている同社。一方で、いわゆる「乗っかる型」のような事業創りではないのが同社の特徴であり、スピードの源泉とも言えるかもしれない。事業資金や開業投資などは、基本的に同社の自己資金でリスクをとって、自ら立ち上げている。一般的に地域でリアルなコンテンツを開発する事業者は、行政の予算や補助金、指定管理者制度の活用などが多い。これは事業者にとってリスクが少ないが時間や条件の制約が出やすい。加えて、経済的な自立や継続反復性などが不透明になりがちで、撤退判断がしづらいなど実は事業リスクは別のベクトルで潜在する。
同社は次々に事業を立ち上げ、時には撤退をスピーディーに行うことができる。村上さんも、よくわからなかった事業(笑)や、失敗した事業もあるという。それができるのは同社の社風、大籔さんのパーソナリティに加え、伊織という基盤事業、それを支える村上さんの存在が大きい。
売上で半分以上を引っ張る伊織。
伊織はエイトワンの中での主力事業。売上高15億円超の小売事業として同社の成長エンジンでありドライバとなっている。その強さは、先に紹介した松山市と道後エリアだけでも3店舗、しかもそれぞれ成長していることからもわかる。 実際に店舗に足を運ぶとわかることがある。それは、どの店舗も画一的でないこと。それでいてブランドの空気感が一貫した場所であること。たとえば、フラッグシップ店はショーケース的な要素が強く、2階では体験型のエリアもある。一方で、温泉街入口の店舗はお土産やギフトなどに向いた商品が幅広くラインナップされている。
「この新店舗も最初は社内外で色々言われましたよ。これから道後温泉本館が改修工事になるのにあえて、いま、ここで、広さ最大の店舗を出すなんて…と。」 「でも私は全然悲観的ではなかったです。むしろそういう逆境や難しいとポジティブなんです。これまでもだいたいそんな感じでしたしね(笑)」
伊織 道後湯之町店
小売店舗の開発では、ショールーム性と販売効率性(経済合理性)のバランスがとても難しい。そこに体験やエンターテインメント性などを入れ込むと一層難易度が高くなる。さらに直営ドミナントなのだからブランド力だけでない店舗戦略の強さがうかがえる。同時に、やはり率いる村上さんのそのポジティブなマインド、スタンスが大きな存在なのだと感じさせられる。サラリーマン、大企業では難しそうだからやめておこう、それにすでに近隣に店舗あるし。となるだろう。それに関係なく、チャレンジし、その後もそれを続けることができる人がリーダーとして存在していることはやはり大きそうだ。
「伊織で半分以上、そして、道後ややなどの宿泊事業で売上は多くを占めています。利益率ベースでは同等程度です。今後は伊織をさらに強くしていくことはもちろん、一つ一つの事業を育てていきたい。」
海外へ出るよりも、まず、きてくれている人に満足してもらう。
道後ややは、とっても風変わりな宿。なんといっても大浴場も、温泉もない。道後温泉なのに。一般的に考えて、ある意味まともなホテル事業者であれば絶対にやらないような事業。しかしそれが、今、観光客からも事業者からも大注目されている。なぜか?
「これも最初は色々ありました。そもそもこのホテルは宿泊特化型のホテルを想定してプランニングしていました。でも、その前に運営を始めていた旅館事業で、とても多くの学び、特にお客様から得たことがあったんです。それを元に、計画を修正して、今のコンセプトになったんです。開業してもう数年経ちますが、開業当時からコンセプト自体の軸は変わっていません。愛媛を発信し、ファンをつくりたい。」
二つのポイントが結果的に功を奏したと考えられるのではないだろうか。ひとつは、マーケットポジションと逆張り、もうひとつは、こだわり抜かれたプレゼンテーションと体験性。ここ松山市エリアは実はここ数年来でビジネス利用の面ではホテル客室数が逼迫することが多い。この取材をした2017年9月はえひめ国体などがあり、もはや全く取れないような状態。そこに、ビジネス利用もできる客室サイズかつ、市内から路面電車・車で15分程度という好アクセスがフィットした。さらに、温泉を楽しむために宿から温泉街に繰り出し、さらに街を回遊し楽しむ人が多いという逆張りの結果オーライ感。
その構造的なフィットの上に、一度体験するとほとんどの人が、エイトワンのもくろみ通りに、愛媛ファンになってしまう体験エンタメ性。しかもどれもインスタ受け間違いなしのフォトジェニックなプレゼンテーション。読者の皆さんもぜひ一度体験してみてほしい。
道後ややの朝食で提供される自社農園の新鮮野菜たち
「開業当時からしばらくはきつい状態が続きました。なかなか集客がうまくできなかったり、独自の菜園からの食材オペレーションが大変だったり。」
事業的には当然これだけの満足をしてもらうためには目に見えるコスト、見えないコスト含め苦労は多いと思う。それでも、継続させるためには収益性は重要。継続させて育てていきたいからこそそこにはしっかりこだわっている。それは一利用者としてみても宿の季節などに応じた納得感ある料金*、口コミがとても良いなどの点からわかりやすい。
*稼働状況や予約時期などによって、宿泊料金などの価格を調整し顧客ニーズへの対応と収益のバランスを図っていくマーケティング施策。おもにホテル、飛行機などの季節変動や固定在庫の事業で活用され、レベニューマネジメントのひとつ。
「ホテル事業としてみれば、レストランを直営で入れて持つなんて全然割に合いません。それでも我々がやるのは、ややのコンセプト、取り組みを始めた時に感じていた食事をするところが必要だという想いが強いです。」
今後の海外展開などについて聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「もちろん取り組んでいきたい。でも、今はまず日本に来ていただけている人がとてもたくさんいる。まずはこの方々に満足してもらって、ファンになってもらうことを大切にしたいと思っています。」
村上さん個人やエイトワンとしての、想いや夢、課題意識がビジネスで譲らない軸の根になっている。経済合理性だけでなく、価値観のある事業をし続けられるのはこういったところにあるのかもしれない。
創るだけでなく、長く続き、育てていきたい。
村上さんから何度も繰り返された言葉があった。
「長く続けて、育てていきたい。」
事業や起業は始めるのは比較的簡単でも、続けていくこと、育て伸ばしていくことが難しいと言われる。村上さんは、これまでの数年間でそこに次の中長期の成長への経営課題を感じているのかもしれない。ファンとなった人に継続してファンであり続けてもらうには事業として小さくても長く続き何度も使ってもらえる関係であることが大切だと強く感じているのだろうか。
この日の取材で、兼ねてから出張の度に伺っていた大街道のカフェがなくなってとても残念だと伝えたところ、村上さんの顔も少し寂しそうな顔になったような気がした。それでもその店舗後にはエイトワンの次の新しいチャレンジが始まっている。
創るだけではなく、育てていく中には、あまり知られていない同社の活動もある。これまでいくつかの投資をしているのだという。それは地元の若い起業家への投資や少しベンチャーキャピタル的な投資。
宇和島鯛めし 丸水(がんすい)松山店の鯛めし
「今まで何件かやってきましたね。あまり公にはなっていないのもあります。ただ、正直まだ成果が出ていない。なかなか投資した後に、ついてあげきれていなかったりもして…。どちらかといえば、再生投資は良い形にできているのではないかと思います。鯛めし丸水(がんすい)ですね。元々は宇和島の老舗でしたが、惜しまれつつもたたまれる中でご一緒させていただいたんです。」
「今後は創るという意味でもこのように、事業の継承や再生は積極的に取り組んでいきたいと考えています。みかん関連の自社ブランド10(TEN)も、みかん農家さんと連携して様々なプロジェクトをやってみたいと思っていますよ。」
オリジナルのみかん商品ブランド「TEN 10」
地域でライフスタイル事業やプロダクトを手掛ける人やプロジェクトは数あれど、エイトワン、伊織のように事業として開発から運営まで自らが本腰を入れ、リスクを取り、失敗をもいとわずにチャレンジし続けている事業会社は多くはないのではないでしょうか。
昨今、地域ブランディングやプロデュースが脚光を浴びています。その中で数少ない、本当の意味でのプレイヤー、ビジョナリーカンパニーの一つとして見えます。これから、多くのビジネスで地域を長期的に育て盛り上げ、リードしたい人に是非触れてもらいたい事業、サービス、経営者を持つ会社です。
そう話す村上さんはとても楽しそう。そして、自らが名付けもした伊織事業への愛着も全身から伝わってくる。事業や経営再生は見方を変えれば新しい価値づくりへの挑戦。新規にゼロから立ち上げよりも困難が少なくないけれど、そこに目線を向けている同社は今後も次の世代につなぐ事業を仕掛ける。地方創生のリーディングカンパニーを目指して。
愛着とともに今日も伊織を率いる村上さん
地域でライフスタイル事業やプロダクトを手掛ける人やプロジェクトは数あれど、エイトワン、伊織のように事業として開発から運営まで自らが本腰を入れ、リスクを取り、失敗をもいとわずにチャレンジし続けている事業会社は多くはないのではないでしょうか。
昨今、地域ブランディングやプロデュースが脚光を浴びています。その中で数少ない、本当の意味でのプレイヤー、ビジョナリーカンパニーの一つとして見えます。これから、多くのビジネスで地域を長期的に育て盛り上げ、リードしたい人に是非触れてもらいたい事業、サービス、経営者を持つ会社です。
村上 雄二(むらかみ ゆうじ)
愛媛県新居浜市出身。大学を卒業後、地元愛媛での就職を経て、東京でさらに学びたいと東京の都市銀行に転職、リーマンショック後に同級生の大籔氏(現エイトワン代表)と松山市道後温泉でホテル事業を皮切りに、エイトワンを創業しともに率いる。同社取締役兼、同社最大のグループ会社今治タオルを取り扱うタオル専門店「伊織」代表。