多くの日本企業が「働き方改革」を推進し、柔軟な勤務制度の導入や副業・兼業の解禁などの取り組みを進めている。しかし、成果を上げている企業はわずかだ。ユニリーバ・ジャパンの先進事例から、働き方改革推進のポイントを分析する。
ユニリーバ・ジャパンは2016年7月から、働く場所と時間を社員が自由に選べる制度「WAA(ワー、Workfrom Anywhere and Anytimeの略称)」を導入している。この制度には大きく3つの特徴がある。まず、上司に申請すれば、理由を問わず会社以外の場所(自宅、カフェ、図書館など)でも勤務できること。平日の6時~21時の間で、自由に勤務時間や休憩時間を決められること。そして、シフト制である工場などの一部業務を除き全社員が対象で、期間や日数の制限がないこと。
2ヶ月単位で標準勤務時間(1日7時間35分×所定労働日数で計算)を守り、しっかりと仕事の結果が出ていれば、オフィスに出勤しなくても、1時間しか働かない日があっても良い。在宅勤務やフレックスよりも極めて自由度が高い働き方である。
働き方改革は「ビジョン」から
WAA導入を推進するユニリーバ・ジャパンの島田由香取締役人事総務本部長は「働き方改革は“ビジョン”がカギだと思います」と語る。 「何のために働き方を変えるのかという問いに対して、企業として明確に答えを持ち、社員に共有していることが大切です。残念ながら、いま企業で推進されている働き方改革の多くは、『残業時間を減らす』『有給休暇の取得率を高める』といった手段が目的になってしまっているように見えます。人事部も『他社はどんな制度を作っているのか』ということばかり気にしてはいないでしょうか?ビジョンが不明確なままでは、手段の改変に終始してしまい、むしろ経営や組織に歪みが生まれる恐れもあります」
ユニリーバ・ジャパンの場合、WAAの導入の2年も前から、「新しい働き方のビジョン」についての議論を始めたという。そこから生まれたのが、「よりいきいきと働き、健康で、それぞれのライフスタイルを継続して楽しみ、豊かな人生を送る」というビジョン。そのビジョン達成への手段の一つとして生まれたものがWAAだ。
「2014年にユニリーバ・ジャパンのCEOに就任したフルヴィオ・グアルネリ(現ユニリーバ・イタリア社エグゼクティブヴァイスプレジデント)から、日本人の働き方について質問攻めにあったことが、すべての始まりでした。彼はイタリア出身で初めて日本に赴任したこともあり、『なぜ日本人はこんなにハードに働くのか、働いていて幸せなのか』と驚いたようです。私自身も自由な働き方を望んでいましたから、WAAのアイデアにすぐに賛同してもらい、役員全員で検討を始めました」
その後、2014年12月から3カ月間、日本法人内のさまざまな部署、さまざまなワークライフスタイルの社員約90人に協力してもらい、パイロットプロジェクトを実施。対象者の95%が『これからもやりたい』と答え、98%が『全社で導入すべき』と述べたこともあり、全社的な制度として導入した。社長を
含む経営陣全員がコミットし、社員の幸せや理想の働き方を描き、全社員がそのビジョンを共有する。こうしたプロセスがなければ、本当の意味での働き方改革は成功しないのだ。
「性善説」で社員を信頼するパラレルキャリアも積極推進
WAA導入から2年超で、社員の生産性や幸福度は上がっている。「特に小さな子どもを持つワーキングマザーやワーキングファザーから、制度ができて本当に良かったという評価が聞かれます」と島田氏。社員へのアンケートでは、67%が『毎日がポジティブになった』、33%が『幸福度が上がった』と答えた。また、労働時間についても29%が『短くなった』と感じているという。そして社員の75%が『以前よりも生産性が上がった』と答えている。
「ユニリーバ・ジャパンは性善説を徹底しています。どんな働き方ならばいちばん調子良く働けるのかは、社員自身が最も理解しているはず。それを信頼し、任せたいと思っています」と島田氏は言う。
このため、社員のパラレルキャリアも解禁しているそうだ。「1人の人間にはすごく大きな可能性や能力があると思います。それを1つの仕事、1つの会社だけに費やさなければならないと思ってしまうのはもったいないですよね。また、仕事とはそもそも自己表現の手段であり、会社ごとに分断できるものではないはず。社員の中には、自分が本当に社会の役に立てているのか不安だという悩みを持つ人もいます。
自分の力が、他の会社やNPOでも発揮できるとわかれば、そんな不安も解消されますし、もっと豊かな人生を送れるようになるでしょう」
「パラレルキャリアを実施してできた繋がりは、本業にも良い影響を与えると思います。人は、情報や刺激を常に受けているべきですし、イノベーションはそこからしか生まれない。だからこそ社員にはパラレルキャリアにどんどん挑戦してほしいですね」
企業の枠を越えて広がるWAA~地域連携もスタート
ユニリーバ・ジャパンの提唱する新しい働き方への共感は、企業の枠を越えて広がりを見せている。そのコミュニティが「Team WAA!」だ。誰もがいきいきと自分らしく働き、豊かな人生を送れるような働き方を実現していこうとする企業・団体・個人のネットワークであり、Facebookのメンバーグループは1,000人を超えた。企業の社員を中心とした個人の参加が多いという。
原則として毎月1回、メンバー限定のセッションを開催。新しい働き方のデータやノウハウを共有したり、共通のテーマ・課題を話し合ったり、企業からできることを一緒に考えたりしている。
Team WAA!は2018年3月、宮崎県新富町に初の地方拠点を開設した。同町を拠点に活動する地域商社、こゆ地域づくり推進機構(通称こゆ財団、82ページ参照)と連携し、TeamWAA!メンバーが利用できる「コWAAキングスペース」(コワーキングスペース)をオープン。デスクやwi-fi 環境を整えており、メンバーなら誰でも、町を訪れた際の仕事場として活用できるようにしている。 なぜ、地域との連携を進めているのか。「理想の働き方を追求してゆくと“Anywhere”がとても大切だと思うようになりました。シェアオフィスや図書館だけではなく、ユニリーバの社員やTeam WAA!メンバーが働ける場所をもっと全国に広げたかった。そんなとき、こゆ財団の齋藤潤一代表理事と出会って意気投合し、とんとん拍子で連携が決まりました」
Team WAA!はこゆ地域づくり推進機構と連携し、宮崎県新富町に初の地方拠点を開設。メンバーが利用できる「コWAAキングスペース」を新富町移住交流促進ラボ内
に置いた。8月には島田氏を含め多数のメンバーが現地に赴き、都会と地域を股にかけた働き方の可能性を議論・実践した。
島田氏は、都会と地域を行き来することが、新しい気づきを生み出し、人生を豊かにすると強調する。
「地域がどれだけ美しさや豊かさに溢れているか、それを知らないのはもったいないですよ。地域は自然や食だけでなく、リーダーシップのあり方や人の育み方など、色々な意味で豊かなんです。また、都会にいるとだんだん『幸せ』が固定化されてしまうのも問題です。地域に行き、都会にはないエネルギーや笑顔に触れ、『幸せ』の意味を見つめ直すことが大切だと思います」
さらに2018年9月から3カ月、Team WAA!メンバーを毎月3名ずつ新富町に招き、地域と関わりを持ちながら働いた場合の課題やシナジーについて検証する実証実験をスタートした。
「都会には空間や自然が少ないかわりに、アイデアとヒューマンリソースは豊富にあります。一方、地域には自然や資源が沢山あるけれど、アイデアと人がいない。都会の人が地域に行って一緒に課題解決に挑むというような、新しい地域創生の仕組みを作れれば良いと思っています」と島田氏。
こゆ財団の齋藤潤一代表理事も実証実験に大いに期待している。「基本的には平日は東京で働き、土日に新富町に来てもらい、自分の個性を活かした生き方や働き方を実践してもらいます。肩書きや立場や体裁などのしがらみのない地域で、ワクワクする生き方を見つけてほしい。新富町にとっても、都会の人材との交流が新しい力になると考えています」
Team WAA!には、他にもさまざまな企業や自治体から連携・協業の打診が寄せられているという。
10年後の働き方とは
島田氏は、これから日本人の働き方がどう変わっていくと考えるのか。
「まず、私の夢は、通勤ラッシュの撲滅ですね。WAAやTeam WAA!の活動を通して刺激を日本に与えて、時間や場所にとらわれない自由な働き方を普及させ、満員電車を日本からなくしたいと本気で思っています。また、10年後には1人が1社に勤め上げることはなくなり、3-4社で1人を共同採用するような、新しい仕組みも生まれるのではないでしょうか。個人がスキルや経験、知識を活かせる時代になり、フリーランスや個人事業主がもっと増えて、企業がそんな人材を当たり前に活用する時代になっていてほしいですね。そしてAIなどのテクノロジーが良い意味で発展し、人間は人間だからできる仕事を楽しめるようになり、『何のために自分は生きているのか』という本質的な問いに日々向き合えるようになっていてほしいです」
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ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 取締役人事総務本部長
島田 由香(しまだ ゆか)
1996年慶應義塾大学卒業後、パソナ入社。2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士取得後、日本GEで人事マネジャーを経験。2008年ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て2013年4月取締役人事本部長。その後2014年4月取締役人事総務本部長就任。学生時代からモチベーションに関心を持ち、キャリアは一貫して人・組織にかかわる。中学3年生の息子を持つ一児の母親。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLPRトレーナー。