北海道・道東を遊び、発信し、仕事にする。京都出身者が仕掛ける、地域活性化戦略とは?
長尾悦郎
2020/07/13 (月) - 07:00

「いつか自分の手で地域を盛り上げてみたい!」という想いを描いていた、京都出身の野澤一盛(かずしげ)さん。2016年7月、5年間務めた大手IT企業からの転職を機に、広大な酪農、畑作地帯と大自然が広がる北海道東部の十勝地方に移り住んだ。縁もゆかりもなかったこの土地で野澤さんは多くの人たちとつながり、アウトドアや温泉など様々な魅力を体験。それらをブログや動画、出版物で発信している。道東・十勝を遊びつくす野澤さんのライフスタイルとは?

地域振興を目指すきっかけとなった大学生時代。IT企業への勤務で北海道に

野澤さんは京都出身。地元の大学に進学し、その時の経験からいつかは地域活性化に携わってみたいと思ったという。

「僕をはじめ、京都の人たちの多くは京都が好きなのですが、大学の地方出身の友人たちの多くが自分の地元を好きじゃないことに驚きました。またアルバイトで東京を訪れ、街を1人で歩いた時に聞いたことのある地名が続き、そのスケールの大きさに衝撃を受けました。そのことから、『東京みたいな活気のある街が全国にできたら、経済も活性化、人口も増えて、地元好きになる人が増えるのでは?』と当時、安易な考えに至り、地方の方が面白いと思える世界を作りたいと考えるようになりました」

8897_01.jpg (91 KB)

そして野澤さんは「衝撃を受けた東京で、人生で一度は生活して、その経験を地域活性へとつなげていければ」と思い、大学卒業後の2011年、大手IT企業のソフトバンク(株)に入社。しかし3か月間の東京での研修を経て、配属されたのは北海道札幌支社だった。

「法人営業でとにかく忙しかったのですが、色々な企業とかかわりを持つことが面白く、ビジネスのノウハウなどを学ぶことができました。また、道内各地に遊びに行きましたが、この時はまだ北海道にずっと住むとは思わず、『一度は東京で勤務したい』という気持ちは変わりませんでした。上司にも伝えていたのですが、札幌勤務が4年目を越えた2015年の冬、それが叶わない状況のため、『もっと自分がやりたいことに取り組めることをやろう!』と転職を考えるようになりました」

転職で十勝へ、その魅力から「ずっといたい」と思うように

「転職を考え、最初は京都に帰るつもりでしたが、北海道出身で実家が酪農家の大学の後輩から『農業にかかわる仕事が面白いのでは?』と言われました。確かに北海道らしく地方に関わることのできる農業の仕事は、今まで考えていたことにつながり、面白そうだと思い仕事を探してみることにしました」

この頃、北海道出身の女性と結婚。それも、道内に留まる理由に。そして、野澤さんは2016年7月に「第一次産業ネット」(https://www.sangyo.net/)という、農業をはじめとした第一次産業就職をサポートする情報サイトを運営する(株)Life Labに転職した。

「再就職した会社が道東に『第一次産業ネット』」の拠点を作ることになり、僕一人が滞在しリモートワークで仕事をすることになり、居住地は北見市、釧路市、十勝の帯広市と好きな都市を選べました。その中から妻の妹が住んでいたことと、妻の実家に近い札幌や千歳空港へのアクセスがしやすかったことから帯広市を選びました」

「第一次産業ネット」では、地域の農家や農業系企業を中心に求人の営業活動や、逆に道外から道内へ就職したい人へのキャリアアドバイスなどを担当。そして仕事とともに十勝で生活する中で、地域の魅力が見えてきたという。

8897_02.jpg (237 KB)

農業の現場に訪れ、写真や動画のコンテンツを作ることも

「十勝に住んでみてまず印象深かったのは冬でした。札幌に比べて晴れの日が多く、雪が少ない。気温もマイナス20℃近くまで下がることも知らなかったのですが、体験してみるときれいな景色を感じることができました。またバーベキューをすると、たくさんの新鮮な野菜や鹿肉が持ち寄られたりと、そういったところで十勝の食の豊かさを実感しました。はじめはなんとなく移り住んだ十勝でしたが、たくさんの魅力を知り、仕事や仕事以外で運よく多くの人に出会うことができ、『いつか京都に帰る』という気持ちがもったいないと感じるようになってきました」

地域の魅力、人とのつながり、目指していた地域活性化のポテンシャルを道東・十勝に見た野澤さんはそこから活動の幅を広げていく。

道東・十勝の魅力をブログや動画、出版物で発信

「十勝に移住する際、地域の情報をまとめたものが少なく、また札幌時代に比べて時間に余裕もでき、妻と十勝やその周辺のカフェやアウトドアスポットなどを巡ることも多くなりました。それらを紹介してみようと、ブログやYouTubeの動画投稿をやってみると、うちを紹介してほしいとか、観光にまつわる仕事をしてみないかなどのオファーもくるようになり、会社の許可を得て業務時間外に副業を行う機会をいただきました」

8897_03.jpg (147 KB)

上士幌町(かみしほろちょう)糠平湖(ぬかびらこ)のタウシュベツ川橋梁。昔使われていたコンクリート製の鉄道橋で北海道遺産

8897_04.jpg (172 KB)

浦幌町(うらほろちょう)十勝太(とかちぶと)でパラグライダー体験

運営するブログ「しげのざ.com」(http://shigenoza.com/)では、アウトドアスポットやアクティビティ、イベント、お気に入りの飲食店や小売店、酪農や農業のことなど、野澤さんが体験したこと、おすすめしたいことを写真や動画を交え詳細にリポート。月間PVも約10万と、多くの人に道東・十勝の魅力を伝えている。

8897_05.jpg (221 KB)

また、2019年5月に「一般社団法人ドット道東」(https://note.com/dotdoto)という法人を、野澤さんをはじめ道東を拠点とする20代、30代のクリエーター5人で立ち上げた。

8897_06.jpg (158 KB)

「なかなか個人では受けられない大きな仕事も、デザインや写真などそれぞれが得意な分野を生かすことで、組織としてなら受けることができることから法人を組織しました。今後、立ち上げた5人だけではなく、僕たちにつながる様々なクリエーターとともに地域のPRやイベントの開催をしていければと考えています。そのはじめの旗印として企画したのが、道東のアンオフィシャルガイドブック『.doto』の制作です」

「.doto」は、クラウドファンディングで398人の支援者から、300万円超の制作費を募り製作。道東で関わる多くの仲間が日頃の活動で得た道東の魅力的な取り組みなどを紹介するほか、ツイッターで募った数多くの道東の絶景写真も掲載。2020年6月に発売された。A4・122ページ1冊1,500円(税抜)。販売サイト(https://dotdoto.thebase.in/)から購入できるほか、書店などでも取り扱う予定だ。

8897_07.jpg (241 KB)

「東京から見た時に地方とくくられる地域はすごく多くて、その中から選ばれることは大変なこと。『ドット道東』の活動を通して、道東には地域でがんばる面白い人たちがたくさんいるということを伝え、その火を消さないように後押しをしていきたいです」

キャンピングカーに温泉動画、さらに広がる魅力あふれる情報発信

他にも野澤さんは地域の人たちと連携し、道東・十勝の魅力向上につながる取り組みを行っている。それがキャンピングカーのレンタルと温泉動画だ。

「2019年4月に交流のあった地域FMのDJがキャンピングカーをレンタルする事業を始め、そのPRを手伝うことになりました。どうせかかわるなら、と思い僕も中古のキャンピングカーを購入、僕が利用するとき以外はレンタカーとして貸し出しています。道外だけではなく、地元の方たちからも需要があり、十勝で面白いといえる仕事の一つです」

とかち帯広空港を拠点にキャンピングカーのレンタルを行っている「Vantrip」(http://vantrip.jp/)。料金もレギュラーシーズン(3,4,11,12月)の平日で20,000円(税別)から。犬を連れての利用もでき、自由気ままな北海道旅行を楽しめる。

8897_08.jpg (126 KB)

「十勝を動画で紹介している人は少なく、これもやってみたら目をつけてくれる人がいるのではないかと思いはじめたのが、十勝の温泉の魅力を動画で伝える『げんせんチャンネル』(https://twitter.com/tokachionsen)です。温泉好きの芽室町(めむろちょう)の農家さんと、帯広市の地域おこし協力隊で温泉ソムリエの3人で、2019年2月から行っています。十勝では銭湯でも質の高い温泉に入ることができ、サウナや水風呂も充実しているにもかかわらず地元の人でもその凄さを認識している人は多くありません。これが凄いことだと、地元の人には認識してもらいたいし、自慢の仕方を知ってほしい。一方、外に向けて発信もできるので、地元外の人にも訪れたら行くべき場所だと認識してほしい。地方でよく言われる『なにもない』というのは間違っていて『ある』のにそれを活用できていない。ということを見つけて、ただ楽しみながら発信しているだけです」

8897_09.jpg (123 KB)

「いいよね」といえる地域を自分で作っていく

「『地域を活性化したい』なんて昔は言っていましたが、今はおこがましいとさえ思っています。地方には面白い人がたくさんいるし、楽しんでいる人、がんばっている人がたくさんいる。結局、僕も楽しいから暮らしているし、そういう人がたくさんいるからここで暮らしていこうと思っている。自分が楽しく暮らしていくために必要なことを続けていく、自分一人ではなくたくさんの人とそれをやれたらいいなと、そのために自分ができることをやっていった先に自分の住む地域が『いいよね』ってなると思うようになりました。」

奥さんのほか、愛犬2匹と十勝での生活を楽しむ野澤さん。目指していた地域活性化の道を見知らぬ土地で見出し、それを多種多様な方法で積極的に発信している。地元の人間では気づけない地域の魅力を、移住者だからこその視点で伝える野澤さんの事例は、他エリアでも展開可能ではないだろうか。

8897_10.jpg (139 KB)

一般社団法人ドット道東 理事

野澤 一盛(のざわ かずしげ)さん

1988年生まれ。京都府出身。2011年、新卒でソフトバンク(株)に入社し、札幌支社で法人営業を担当。2016年、(株)Life Labへの転職をきっかけに十勝・帯広へ移住。十勝の魅力を自身のブログで伝えるほか、地域の他業種の人たちと連携し道東の魅力発信を目的とした「一般社団法人ドット道東」の立ち上げ、キャンピングカーのレンタル「Vantrip」、温泉紹介動画「げんせんチャンネル」など、多様なコンテンツに携わる。2018年、帯広郊外に住宅を購入。妻と犬2匹と暮らす。

Glocal Mission Jobsこの記事に関連する地方求人

同じカテゴリーの記事

同じエリアの記事

気になるエリアの記事を検索