政府は「まち・ひと・しごと創生基本方針2021」に企業に勤務したままテレワークなどを活用して地方へ移住する「転職なき移住」の推進を盛り込みました。企業と自治体を結ぶ相談体制やサテライトオフィスなどの整備のほか、企業が地方移転する場合の税制優遇を適用し、地方での雇用創出を図るとしています。昨年4月から政令指定都市や中核都市について「移住と暮らし」という視点からさまざまな都市の魅力と実態をお伝えしてきていますが、今回は奈良県「奈良市」です。地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。
市民の満足度も高く「都市の暮らしやすさ」で全国2位
政府もサテライトオフィスの整備などの支援を行っていますが、奈良市では産業の活性化を目的として2020年度から産業政策課内に企業誘致係を創設し、企業間の連携及び雇用機会の増大を図ることによる企業誘致の施策を進めています。「サテライトオフィス設置推進補助金」及び「産業用地開発促進奨励金」の2つの助成制度を創設しました。2021年度も引き続き市内でのサテライトオフィスの設置に係る工事費などの初期費用を補助するといいます。
さて、奈良市は全国のビジネスパーソンを対象に「快適な暮らし」や「生活の利便性」など8分野で調査した日経BP総合研究所の「住みよい街2020」では都道府県庁所在地で32位。全国1047市区町村を対象とした魅力度ランキングでは奈良県内1位、関西圏6位(2018年)だったほか、野村総合研究所の「成長可能性都市ランキング」(2017年)調査では、「都市の暮らしやすさ」で2位、「子育てしながら働ける環境がある」では9位と高い評価を得ています。
奈良県は東大寺や吉野山、日本の古き良き街並みが残る「ならまち」など神仏とのかかわりが深い名所が多く、県内には3件16ヵ所もの世界遺産があり、季節を問わず多くの観光客が訪れる県です。奈良市は同県の北部に位置する県庁所在地で、人口約35万人の中核都市。東大寺や春日大社など日常生活の中で古都の歴史に触れられるのも魅力。大型商業施設のほか、コンサートホールや美術館・博物館など文化施設も多く、子どもと遊べるスポットも多数あります。
盆地という地形から夏は蒸し暑く、冬は冷え込みが厳しいなど1年の寒暖差が激しいものの、四季がはっきりしているだけに、季節感を感じられます。平年の積雪量は20~30cm程度と多くなく、雪が長期間残ることはありません。年間の日照時間の合計値は1823.0時間と日照量も多く、年間の降雨量も1316.0時間と少ない気候です。1981年から2010年までの平均気温は下表のように14.9度で、2020年は16.3度と上がっています。
大阪をはじめ、京都や神戸などの大都市圏やその先へ向かうターミナル駅や空港までほとんど1時間圏内で行けるほど奈良市は交通アクセスに恵まれた都市です。空路についても関西空港や伊丹空港への直通リムジンバスは1時間に1本の頻度で運行されています。また、現在進められている「リニア中央新幹線」の途中駅は、「奈良市附近」に設けられることが決まっています。将来的には京都まで行かなくても東京への最短ルートになるかもしれません。
電車で大阪難波まで約30分、京都までは約40分と周辺都市へのアクセスが抜群なことから住環境の良い奈良に居住を構え、県外へ通勤・通学する家庭も多数あります。市内の公共交通機関もJRと近鉄、路線バスと本数も多く、地方都市でありながらマイカーを使わずに電車やバスを使って通勤や通学するという生活スタイルが可能な点が奈良市における交通アクセスの魅力でもあります。
まちづくりを進める「環境」「活力」「協働」の3つの視点
2021年3月に国土交通省から発表された奈良県の公示地価は、住宅地で13年連続下落となるマイナス0.8%、商業地も6年ぶりにマイナス1.8%の下落でしたが、工業地は6年連続の上昇となるプラス0.8%でした。奈良市も住宅地がマイナス0.2%、商業地がマイナス5.2%と下落となりました。ここ数年はインバウンド需要で上昇傾向にありましたが、奈良市中心部の下落幅が大きく、影響を及ぼしたとみられます。
また、奈良市の事業所数は約1万3千、従業員数は約12万人で、いずれも奈良県ではトップ、関西圏では事業所数が11位、従業員数が12位です。「産業分類別就業人口」(2015年国勢調査)では、第三次産業が76.9と多くを占めていますが、「卸売業・小売業」が最も多く17.5%、次いで「医療・福祉」が13.6%、「教育・学習支援」が7.1%、「宿泊業・飲食サービス業」が6.3%、「サービス業」が5.9%、と続いています。
奈良市は2011年に「奈良市第四次総合計画」を策定していますが、まちづくりの基本として、市民一人ひとりが、身近な環境は自分たちで守り育てるという気概をもって、具体的な行動に結びつけていく「環境」、人々が集い、活発に交流し、にぎわいを創出する「活力」、市民と行政が一体となり、まちづくりができるような社会を築く「協働」の3つの視点で取り組んでいるといいます。現在、2022年度を始期とする「奈良市第五次総合計画」を策定中です。
【まちづくりを進める3つの視点(イメージ図)】
(出典:奈良市)
奈良市の令和3年度予算では、新型コロナウイルス感染症への対応予算以外の継続的な主要施策について、「子どもにやさしいまち」、「暮らしやすさと魅力のあるまち」、「災害に強いまち」、「行政のデジタル化・自治体DXの推進」の4つの大きなテーマごとに下表のように事業別に予算化されています。特に「仮称子どもセンターの整備」(約17億円)と「大和西大寺駅周辺整備」(約25億円)には大きな予算が計上されています。
子どもに優しく、子育てしながら働ける環境は全国9位
奈良市の社会動態をみると、下表のように2018年までは転入者数と転出者数の総数は12,000人から13,000人台で推移していたが分かるほか、2015年の転出超過数828人を境に2016年から社会増減数は改善傾向となり、2019年には2013年以降では初めて社会増に転じました。年齢別の社会増減について2015年と2019年を比較すると、20~24歳、75歳以上を除き、他の年齢階級では改善傾向にあり、最も改善したのは35~39歳で157人の増加となっています。
2020年4月~10月の移住に関する資料請求件数は132件で、2019年の同時期の44件の3倍まで増加しています。2019年6月からは「オンライン移住相談窓口」も開設されていますが、傾向としては移住相談利用者の約7割が30~40代です。関東からの申し込み者が半数以上で、関西が続きますが、元々奈良が好きで何度か訪れたことがある方が多いようです。
奈良市では、同市の魅力を紹介するサイト「ならりずむ。奈良市で暮らすライフスタイル」を運営していますが、移住者のインタビュー動画や駅周辺情報を掲載。住宅探しには奈良市内の空き家・町家を探せる「奈良市空き家バンク・町家バンク」が利用できます。奈良市への移住に関心が高まるなか、実際に住んでみたい人を対象に地域に密着した市内のゲストハウスに長期滞在し、暮らしを実体験する「お試し移住」も増えているといいます。
支援制度や相談窓口などの情報は子育ておうえんサイト「子育て@なら」に集約されているほか、「なら子育て情報ブック」(2021年版)がPDF型式でダウンロードできます。市内には地域子育て支援センターが6ヵ所、つどいの広場や子育て広場なども市内に点在しており、どの施設も事前申し込みが不要で無料利用できます。さらに子どもの送迎や預かりをお願いできるファミリー・サポート・センターも利用可能。「子どもセンター」も今年度内に竣工予定。
奈良県庁に設置された「奈良県子育て女性就職相談窓口」では、子育て中で就職を希望される女性の相談を受け付けています。女性のキャリアコンサルタントによるきめ細かな就職相談が行われますが、窓口にはキッズスペースが併設されているため子ども連れでも安心です。また、奈良市内にある「ハロワーク奈良マザーズコーナー」では、子育てしながら働きたい女性をサポートしていますが、キッズコーナーも利用できます。
奈良県では、相談員等が対応する「奈良県救急安心センター相談ダイヤル」を開設しています。子どもの急病の際には「こども救急電話相談」で看護師のアドバイスを受けることが可能です。救命救急センターは、奈良県総合医療センターに設置され、ドクターヘリも運航しています。また、安心して妊娠・出産ができるように産婦人科の場合は一次救急医療機関として市立奈良病院のほか、6医院が対応しています。
森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として109都市を対象にした「日本の都市特性評価2020」によれば、17位と高い評価です。特に文化交流分野では13位、生活居住分野では18位でした。交通アクセス分野は33位。文化交流分野においては、文化財指定件数というハード面と文化・歴史・伝統への接触機会というソフト面のいずれもが評価されているほか、行楽や観光目的の訪問の多さが裏付けるものとなっています。
奈良市は、春日山原始林をはじめとする自然環境と平城宮跡や東大寺、春日大社、興福寺など歴史的な文化遺産が数多く存在しており、閑静な街並みや景観の美しさ、さらに、治安の良さや災害に対する安全性など安心して暮らせるファクターを備えた魅力的な都市です。電車やバスといった公共交通機関も充実したコンパクトな街で、前述の全国2位という暮らしやすさに対する住民の満足度が高いのも特徴です。
移住者に「落ち着くまち」として評価も高い都市で、昨年、関東圏からの移住に関する資料請求件数も増えたといいますが、コロナ禍でオンラインによる移住相談窓口も始められています。移住相談者の7割を占める30~40代という子育て世代にとっては、「子育てしながら働ける環境がある」でも高い評価を得ている奈良市は、地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。