人類のために役立つ研究を、みんなでワクワクしながら
株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズ
鳥羽山 康一郎
2017/12/13 (水) - 08:00

「重力を制御する」と聞くとSF系の物語かと思ってしまうが、論理的に可能であるとはいわれている。しかし机上の論議ではなくそれを実現したベンチャー企業が広島にある。株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズだ。広島大学の構内にオフィスを置き、NASAをはじめとする機関と取引をする。人類のために役立ちたい──その一心から常識を覆す製品を生み出したのである。

「グラヴィテ」最初の顧客はNASAケネディ宇宙センター

株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズでは、現在2つの製品を主力として開発している。その一つ「グラヴィテ」が、重力の制御装置である。宇宙ステーション内と同じく重力ゼロの状態を地上でつくり出すことができる。開発の中心となった広島大学宇宙再生医療センター長・弓削類教授は言う。
「物体を単軸で高速回転させて重力がかからないようにする装置は、今までもありました。しかし二軸で三次元的に回転させると、重力ベクトルが分散するので微小重力環境を模擬的に再現できることが分かったのです」
では、重力のない状態をつくり出すことの意味とは何だろうか。それは「再生医療」のためである。宇宙飛行士が宇宙に行くと骨が脆くなったり筋肉が痩せたりする。これは細胞の分化(成熟)が抑制されるからだ。そして再生医療に利用する幹細胞は、未成熟(未分化)のまま神経や骨、軟骨に育てていく必要がある。再生医療と宇宙が、ここでつながった。

「今までは薬剤を使ったり遺伝子導入したりして未分化の状態を維持していました。しかし、無重力環境では未分化のまま幹細胞の培養が可能なんです。移植の成績も病気の治りも早いということがだんだん分かってきました」
弓削氏は、この幹細胞の未分化と無重力について15年間研究を続けてきた。当初は再生医療と絡めて学会で発表すると「宇宙と何の関係があるの?」と良く笑われたそうだ。しかしNASAでも2013年から幹細胞の研究を国際宇宙ステーションを使って研究するようになっていた。NASAのサイトには、同社代表取締役・河原裕美氏が発表した2009年の論文が世界最初の無重力環境を使った再生医療の研究成果として掲載されている。
2015年、弓削氏はNASAのケネディ宇宙センターに開設された微小重力シミュレーションセンターの世界で6人の諮問委員にも選出された。そのセンターに、グラヴィテが設置された。スペース・バイオ・ラボラトリーズ社にとって、グラヴィテの最初の顧客でもあった。NASAとしても、地上で模擬宇宙環境が再現できるグラヴィテを喉から手が出るほどほしかったのだ。グラヴィテは、3Gまでの過重力環境も再現できる。一つの装置で、微小重力も過重力も両方提供できる装置は他に類がない。この特徴もNASAに高く評価された。
「グラヴィテで培養された幹細胞は、再生医療のほか宇宙生物学の研究や創薬などにも活用されています」と弓削氏は話す。『ネイチャー』誌にも論文を発表し、それもきっかけとなって世界中から引き合いが増えた。

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寝たきりにさせないための「リゲイト」

同社製品のもうひとつの柱が、「リゲイト」である。「密着型歩行補助装置」という製品コピーが付けられている、世界最小で最軽量の歩行支援ロボットだ。現在の日本では、脳卒中が介護状態になる原因の一位となっている。その背景には、リハビリテーション期間の短さがある。現在、病院に入院してリハビリを続けられるのは90日が限度。退院後は自宅を中心とした訪問リハビリに移らざるを得ない。ある程度の機能回復がなされているのならともかく、うまく歩けるようになる前に器具の揃っていない在宅リハビリとなれば、寝たきりが増えていくのも道理だ。
「うまく歩けない患者さんが無理に歩いて転倒すると、大腿骨頚部骨折を起こします。こうなれば認知症を伴った寝たきり状態になってしまうのです。これを何とかしたいと、研究をはじめました」
歩行を単に補助するためのリハビリ装置は、いくつも存在する。しかしランニングマシンのように動くベルトの上を歩かせるものだったり、股関節や膝をサポートしてまさしくロボットのように歩かせる装置だったりする。弓削氏たちは、歩行動作における人間の機能に着目した。 「足を振り出すときにつま先を上げる『背屈』という動きがあります。これをロボットで歩行のタイミングに合わせてアシストすれば、スムーズに振り出せるんです。接地する際につま先が上がってつまずきを防止します」

ロボットと聞いて連想するような機械的な動きではなく、ごく自然な人間の歩行となる。脳卒中になってしまったけれどもう一度歩きたいという願望を持つ人は当然ながら多い。リゲイトはそんな患者の気持ちを解決するために、広島大学と早稲田大学とで共同開発された。医工連携の数少ない成功例として多くのメディアでも取り上げられている。
「この間テレビ番組の取材で、脳卒中の患者さんにリゲイトを1カ月間装着して歩行練習(一日20分週3回)をしたらリゲイト外しても上手く歩けるようになりました。その後3カ月継続的に使用して頂いたら、驚くことに単に歩くだけでなくその場駆け足ができるほど回復されました。僕らに自信を持たせてくれた最初の患者さんです。5年間以上のリハビリを続けてきた患者さんですが、その年月はいったい何だったんだと(笑)」
同社では、このリゲイトとグラヴィテを組み合わせた再生医療とロボットリハビリテーションという新しいコンセプトの治療プログラムを計画している。脳梗塞の治療を、保存的治療ではなく再生医療で行うのだ。
「バンキング(幹細胞の保管)の考えをさらに進め、グラヴィテで培養した細胞を脳梗塞の患者さんに移植する部門、リゲイトを使った歩行ロボットリハビリを組み合わせます」と、河原氏。両者の相乗効果が、脳梗塞患者の寝たきり化を大幅に減らすかもしれない。

ジャズピアニストからNASAへ(弓削氏)
ドクター兼学生がベンチャー企業の社長に(河原氏)

NASAとの深い関わり合いを持ち、再生医療の先端を走る弓削氏だが、もともと物理学者や宇宙科学者としてのバックグランドは持っていない。「僕はジャズピアニストだったんです」と意表を突く経歴が語られた。
「高校を出て大学に行ったけれど面白くないから。福岡や六本木なんかでピアノ弾いてました」
そしてその頃、楽器を使ったリハビリテーションがある事を知り,リハビリテーションの世界に入り,音楽を捨てて,次にスポーツ医学を目指してアメリカに留学。大学院時代、NASAの研究者と知り合い宇宙生物学の研究をはじめた。
「宇宙では筋肉が痩せるという現象に着目し、ならば逆にスポーツ医学的に強くすることもできるだろうと思い研究に入りました。そのときのNASAの研究者との出会いが今につながっています」
出会いといえば、現社長の河原氏との最初の出会いも大学だった。弓削氏が留学中、恩師の教授から誘われ1993年から広島大学へ。2000年に医学博士を取得。2005年に広島大学教授に就任。2015年には学内に宇宙再生医療センターを立ち上げた。教授でもあった弓削氏の下で指導を受けたのが河原氏だ。

「最初は薬学科の学生で、何を間違ったのか私の研究室に引っ越して来ちゃった(笑)。私の研究室で博士号を取った最初の学生でした。ベンチャーを立ち上げるにあたって、教授が社長を務めよりいいだろうと彼女に1年間やってくれとお願いしました。もう13年にもなってますが」
当初、弓削氏は広島大学での勤務はを3年間のつもりでいて留学先には家財道具を一式残してきたのだが、日本滞在が長期になったためガレージセールで売られてしまったという。
「再生医療の研究機関をつくるには、『センター』という形を取らなければ人は集まりません。僕たちがやってきたことに興味を持ちはじめて、幹細胞の培養をして人体に細胞移植するなら薬や遺伝子操作に頼らない方がいい、しかもグラヴィテなら未分化状態で大量化もできると、学内外の研究室から共同研究が始まり,国内外の研究者や異業種との繋がりも出てきました」

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研究成果をいち早く世に出すためには、ベンチャーしかない

広島大学の宇宙再生医療センターでは、開設当初大手工業系会社と共同でグラヴィテの開発を進めていた。アメリカではスペースシャトルがあったので無重力が身近にあったのですが、日本に戻り、無重力環境を創りだすことの難しさを痛感し、地上で無重力環境を創り出す方法を議論していたときに、その会社との取り組みがスタートした。
「しかし巨大企業すぎて、こちらが提案してから上に上がるまで2年かかるんです。その頃には何が要望だったのか覚えていなかったりする。それに、国から発注を受けている企業なのでベンチャー的なことをするつもりもない。ならば、自分たちでやらざるを得ないと株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズを立ち上げたわけです」
自分たちだけなら改良や改善もスピーディにできる。研究結果を世の中にいち早く出そうと思ったら、ベンチャーをやる方法しかないという決断だった。その社長として指名を受けたのが、上記のように河原氏だ。以来、この体制で経営を続けてきた。大学内でのベンチャー立ち上げは今でこそ珍しくはないが、13年前はその黎明期といえよう。

「大学発のベンチャーは、いくらアイデアを持っていても資金がないとできません」と弓削氏は語る。「資金面を考えればどこかの企業と共同でやるのがいいのですが、企業は投資したら2?3年で回収しようとします。だからその研究者が人生をかけて開発した技術や特許を取り上げるんです。その権利を守るためには、やはり経済力が必要となります」
大学発ベンチャーでは、教員としての立場と実業家や経営者としての立場が同時に必要になる。実は研究とビジネスは相反することが段々分かってきます。例えば研究したらその成果を論文いち早く発表したいが、ビジネスではその前に特許を取る事が先となる。そのせめぎ合いの中でアイデンティティを保つことができるのは、研究者としての自己反省能力を持つ努力をしているからという。
「その技術がどれだけ人の役に立つか、客観的に見られなければやっている意味がない。研究者には自己反省能力が無いとだめなんです。それは患者さんの目線で見ること。自分の研究が最善だなんて思っていたら役に立ちません。ビジネスとして成立させないと広く世の中には浸透しません。その見極めが必要なのです」

一緒に夢を見られる人と協同で、人類に役立つ研究をしたい

弓削氏が語る中には「人のために役立つ」というフレーズがよく顔を出す。これは、彼らの夢でもある。リハビリテーションから来た弓削氏、他学科出身の河原氏。治るための手伝いができればいい──との思いが根底に流れる。そしてそこには「ワクワク感」が必要ともいう。
「ルーチン化して発見のない毎日よりも、研究に挑戦したり新しいロボットを使ったリハビリテーションでワクワクしたりした方がいいし、それが人を助けることにつながればいいでしょ。人の役に立つには既存の方向じゃだめなので、何か違う方法を考える。それが革新的イノベーションです。それでまた人々はワクワクするんですよ。スマートフォンの開発の様なものです」(弓削氏)

そのワクワク感の共有は、ほしい人材の条件でもある。研究開発会社である以上、優秀な研究者は必要だ。同時に、ビジネスのバックグラウンドを持つ人材も欠かせない。「双方からの人材がほしい」と弓削氏。「365日、24時間、うちのプロダクトのことを考えている人を随時募集しています。そういうスタッフと一緒に、人類に役立つ夢を見たい。エジソンが電球を発見して以来、イノベーションが人間の生活を変えた来たように、うまく行けば社会変革だってできるんです」
NASAで宇宙生物学に染まり、広島で宇宙再生医療に挑んだ人物が率いる大学内のベンチャー。最後に、かつて浸っていたジャズにちなむ言葉で締めてもらおう。
「ジャズのアドリブのように、ワクワクするオンリーワンの人生を送りたい。だって、人生はアドリブのようなものだから」

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株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズ

これまで20年にわたり物理的刺激に対する細胞応答性の研究を実施。その成果を再生医療のバイオ・テクノロジーへ応用することにより、21世紀の新しい治療法確立の一助となり、全ての人々の「幸福の助け」になることを願っている。
[ ビジョン ]
・医科学研究開発による創造性・独創性を商品に変える会社
・ビジネスドメインとして研究開発、革新技術の創出、新しい医療とバイオ・テクノロジーの創出

住所(本店所在地)
広島県広島市南区段原南一丁目9番14-503号
設立
2005年12月
代表取締役
河原 裕美
取締役
弓削 類(兼任 広島大学大学院教授)
資本金
310万円
企業HP
http://www.spacebio-lab.com/index.html
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[interviewer] デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社 プラットフォーム事業部 副事業部長/地域イノベーションリーダー

前田 亮斗さん

佐賀県佐賀市出身。公益法人の立ち上げを経て、2014年デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社に参画。ベンチャー支援を軸とし、延べ30地域の産業政策立案・実行支援の統括、全国23拠点の経営企画支援を担当。地域エコシステム形成等の地方創生関連事業、ベンチャー企業と官公庁・自治体の協業を生み出すピッチイベント「Public Pitch」の責任者を務め、地域リソースを活用した新規事業創出支援等を行っている。『地方創生 実現ハンドブック』(日経BP社)執筆。 Forbes JAPAN 「LOCAL INNOVATOR AWARD2017」アドバイザリーボード選出。県知事委嘱和歌山県スタートアップ創出支援チームメンター。

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