訪日外国人観光客が前年比19.3%増加し、5年連続で最高を更新する中、「民泊」が解禁となりました。2020年の東京五輪を控え、インバウンドの受け皿の他、空き家、空き店舗などの再生につながるのではという期待感も生まれていますが、注目されているのが外国人にも人気の高い各地に残されている貴重な資源の「古民家」です。この現状と課題から今後の可能性を考えてみたいと思います。
訪日外国人の9人に1人が利用する「民泊」新法施行
6月15日に「住宅宿泊事業法」(民泊新法)が施行されました。今までは合法的に民泊を営むには旅館業法の簡易宿所の許可や国家戦略特区の認定が必要でしたが、今回の法施行でこれまで禁止されていた地域でも営業が可能になります。事業者は都道府県知事に営業の届出が必要になるほか、年間営業日数の上限は180泊に制限されます。また、事業者には宿泊者の本人確認や宿泊者名簿の作成・保存、事業者と分かる標識の表示などが義務づけられます。
■「住宅宿泊事業法」(民泊新法)法案第3条
都道府県(第六十八条第一項の規定により同項に規定する住宅宿泊事業等関係行政事務を処理する保健所設置市等の区域にあっては、当該保健所設置市等)は、住宅宿泊事業に起因する騒音の発生その他の事象による生活環境の悪化を防止するため必要があるときは、合理的に必要と認められる限度において、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより、区域を定めて、住宅宿泊事業を実施する期間を制限することができる。
民泊新法では、許認可や届け出のない施設の仲介を禁じていることもあり、施行を前にして最大手のエアビーアンドビーでは許認可などがない国内の施設の掲載を取りやめたため、掲載数が8割減となる約1万4千件にまで減っています。これは、家主が規制や届け出の煩雑さを嫌って廃業する動きが広がっているためですが、今後、違法営業の恐れがある施設が減ることで、施設の淘汰も進み、民泊市場が適正化される一歩になるとも見られています。
日本の民泊の市場規模は1,251億円(2017年)から2020年には2,000億円まで成長すると見られており、内閣府の試算によると民泊などスペースシェアで潜在市場規模は1.3兆円ともいわれています。住宅宿泊事業者の届け出は3,728件(6月15日現在)と低調ですが、特区民泊、簡易宿所の認定が急増しています。これは今までの民泊の多くがシェアリングエコノミー的なものではなく、収益事業として行われていたため、180日規制などを嫌ったこともあるでしょう。
民泊新法の施行を受け、エアビーアンドビー、ホームアウェイ、自在客、日本途家、百戦錬磨、楽天LIFULL STAYの大手仲介業者6社は、民泊事業の適正化、健全な市場の形成、民泊の安全・安心確保などを軸に、広報・啓発活動、適正化への研修の開催、違法民泊への対応、政策提言活動などを進めるために一般社団法人など法人格の取得を含め、「住宅宿泊仲介業者適正化協会(仮称)」という業界団体の設立の準備が行われており、動向が注目されます。
なお、観光庁の2018年1月~3月期の「訪日外国人消費動向調査」では、日本滞在中に民泊(有料の住宅宿泊)を1泊以上利用した外国人旅行者の割合は11.6%で、約9人に1人が民泊を利用しており、利用率は前期に比べて0.6%の増加でした。同調査は訪日外国人旅行者への対面の聞き取りの調査結果を基にしていますが、2017年(7月~9月期)の調査から滞在中に利用した宿泊施設の複数回答で聞く質問の選択肢に「有料での住宅宿泊」が追加されました。
空き家820万軒、空き家率13.5%の深刻な社会問題
近年、急激な少子高齢化や都市部への人口集中などもあり、2040年までに消滅する可能性がある自治体は全国1800市区町村のうちほぼ半数となる896もあるといわれ、空き家増加という深刻な社会問題を抱えています。急激な少子高齢化や都市部への人口集中などに伴って地方を中心に空き家が急増していることは、総務省の住宅・土地統計調査による空き家820万軒、空き家率13.5%、実に8軒に1軒が空き家という衝撃的事実でも実感できます。
資料:「平成25年住宅・土地統計調査」(総務省)
人口減少や人口流失に頭を悩ませている自治体では、移住・定住支援策として空き家バンクを開設し、空き家の紹介事業を行うところも多く見られます。また、国も市町村の取り組みを一層促進するために空き家対策総合支援事業や先駆的空き家対策モデル事業を実施しており、空き家対策総合支援事業では、民間事業者等と連携しながら空き家の活用や除却などを実施する市町村に対しては補助金が交付されています。
全国に点在する空き家の中でも50年以上と築年数の長い「古民家」と呼ばれるものがあり、先の平成25年の総務省の調査から約22万軒とも推察されます。古民家も居住者や管理者が不在のために荒れ果ててしまい、解体を余儀なくされるケースも増えていますが、居住者がいたとしても維持するために必要な修繕する際の費用もさることながら、修繕技術を持った大工・職人が減少しているという課題もあり、減少に拍車がかかっているのが現状です。
「古民家」はその土地の歴史、文化及び伝統を表すものであり、地域の魅力の一つです。日本の宿泊施設はカプセルホテルからシティホテル、旅館、ゲストハウス、民宿などに至るまでバラエティーに富んでいますが、日本を訪れる外国人は、「日本の歴史・伝統的文化体験」「美しい景観を楽しむ」「日常生活の体験」に興味・関心を持つ人が多く、地方の古民家や京都や金沢という古都の街なかにある町家など歴史的な建築物に泊まることに憧れがあります。
こうした中、米ホームアウェイ、全国古民家再生協会、楽天LIFULL STAYの三者が、古民家をバケーションレンタルとして活用し、国内外の旅行者に向けて古民家の認知・価値拡大と地域の観光活性化を加速させることを目的に業務提携しました。協会が宿泊に適した安全性などを鑑定、専用マークを付与し、費用は家主が負担するもので、会員制度を用い、利用しない期間を民泊として貸し出しますが、再生可能な古民家が64万軒以上あると試算しています。
観光振興面で期待される「古民家」の活用
今後、2020年の東京オリンピックの開催に向け、ますます訪日外国人観光客が増えることが予想される中、日本古来の雰囲気が残る宿泊施設としての古民家の活用は、誘客を促進することによって観光振興面で期待されています。平成25年10月に示された国家戦略特区における規制改革事項等の検討方法においても、全国規模で歴史的建築物の活用を推進し、地域の活性化や国際観光の振興を図ることを各省庁での横断的な検討体制の整備が示されています。
誰もが見過ごしてきた空き家の中には、地域住民も気づいていない歴史的な価値を持つ古民家も多く存在しています。こうした古民家に手を入れたり、加えることで宿泊施設としての価値を高め、地域への経済効果を生んでいる例も多くあります。古民家の再生・活用により、国内外問わず観光客が増加し、観光産業を中心に雇用を含めた地域経済の活性化などにより移住・定住者の増加も期待できるという側面があります。
最近では観光利用を中心に宿泊施設や飲食施設、ビジネス施設など別表のようにさまざまな形態で古民家が活用されてきていますが、奈良県橿原市では築80年の空き家だった町家を改修し、県外から移住した若い夫婦がまちづくり団体の手を借りてゲストハウスを2017年にオープしました。背景には8年前から開催されている伝統ある町家での現代アートイベントがあり、地元団体がこうした短期イベントで借りるところから空き家の利活用が始まったといいます。
千葉県では、佐原市にある国の重要伝統的建造物群保存地区の古い商家を改修し、訪日外国人観光客を視野に開業したホテルがあります。地元の金融機関を含めた官民六者が連携したまちおこし会社が事業を束ね、運営は古民家再生事業で実績のある企業が担っています。街並みを保存しつつ遊休物件を利活用するとという狙いで、地元の大工・職人が古民家のたたずまいを残しながら宿泊施設として修繕したものです。1年後には10棟まで増える模様です。
また、福井県若狭町では、伝統的建造物群保存地区にサテライトオフィスや二地域オフィス、店舗を開設しようとする人たちなど向けた施設として、施設開発や建築設計等の会社がシェアオフィスを開設しています。このような古民家の再生は空き家の有効活用だけではなく、起業促進や雇用の確保、地域住民の交流拠点という要素もあり、若者たちがUIターン就職できるような環境が整えられて活性化していくことが期待されます。
観光やまちづくりの鍵を握る「古民家」の再生
前述のように地域住民だけではなく外部の事業者などと一体となって全国で宿泊施設のみならず多種多様な形態で古民家の再生に取り組まれる例が増えていますが、人口減少地域に賑わいが戻ったり、空き家や商店街の空き店舗が改修・活用されて本来の街並みを取り戻したり、とその効果は地域全体に波及しています。新たな雇用が生まれ、UIターンの若者が増加し、出生率が向上するなど活気がよみがえってくる姿に今後の観光振興、地域振興の未来があります。
古民家や町家が宿泊施設として再生されることは、訪日外国人観光客にとっては日本でのかけがいのない体験ができる場となり、リピーターにもつながりますし、古民家を上手に活用すれば、素晴らしい街や集落ができる可能性もあります。古民家が並ぶ歴史的な街並みは観光資源となり、地域の魅力を国内外に知らしめることが可能になるとともに世界からの観光集客にもつながることでしょう。古民家の再生がまちづくりの鍵を握っているともいえます。
一方で、老朽化しているだけに古民家の保存や活用、解体などをどのように考え、進めていくかということが重要です。所有者、個人での対応ではなく、それぞれの分野の専門家を交え地域ぐるみで俯瞰的に捉えることが必要ですし、修繕を担うことになる地元の大工・職人などとの連携も望まれるほか、修繕費などの費用面の負担については、クラウドファンディングの利用も増えてきていますが、地元金融機関や自治体のサポートも重要になってきます。
観光的な利用のほかに古民家を用いて定住を促進しようとする取り組みが全国で行われていますが、古民家は移住問題、雇用問題などの課題解決においても地域に欠かすことのできない資源といえます。地域住民が地域資源として捉え、地域が一体となって古民家の再生や活用に取り組んでいくことで賑わいが創出されていくことでしょう。喫緊の課題だけに地方創生への有効なツールとしてまちづくりにも期待されます。
古民家再生の第一人者ともいわれるアレックス・カー氏は、「僕が行っているのは文化財の保存ではありません。古い建物が内包する暮らしの文化を受け継いで、今の世の中に生かしていく??そこには、地元の雇用や観光収入など、経済の活性化も含まれます。高い質をもって、「文化」だけでなく、「経済」にも目配りすることが大事なのです。」という発言は、今後の古民家の再生・活用を考えていく中で、非常に示唆に富んだ言葉といえます。