人口知能の驚異的な進化が注目される中、大変興味深いプロジェクトが始動した。日本マイクロソフト株式会社は、地方自治体と連携し、ソーシャルAIチャットボット「りんな」を活用した地方応援プロジェクト「萌えよ?ローカル ?りんなと地方とみんなの未来?」を開始。品川本社オフィスで行われた記者発表会の模様をレポートする。
ユーザー数700万人超。AIチャットボットが仕掛ける、壮大な地方応援プロジェクトとは
「りんな」は、ユーザーの指示を実行する一般的なアシスタント型AIとは違い、人間との感情的なコミュニケーションにフォーカスしているという。2015年の提供開始以来、主に都市部の若年層を中心に700万人を超えるユーザーとつながっている。そのアドバンテージを活かし、ユーザー参加型のゲーム形式で「りんな」が各自治体に関する情報発信を行い、その地方についての関心を高めてもらうことが、本プロジェクトの目的だ。
まずはじめに、日本マイクロソフト株式会社 執行役員 最高技術責任者 兼 マイクロソフト ディベロップメント株式会社 代表取締役社長の榊原彰氏が登壇。本プロジェクト発足の背景と概要について発表された。
「マイクロソフトでは、AIを提供する上での位置付けとして、人間のいろんな能力、人間のやっている仕事の代替を機械化する、ということは目指していません。人間の能力、人間の創造性を保管する、拡張する。そういった機能を軸として使っていただきたいと考えています。」
日本マイクロソフト株式会社 執行役員 最高技術責任者 兼 マイクロソフト ディベロップメント株式会社 代表取締役社長 榊原 彰氏
同社では長年AIの研究を続けてきており、マイクロソフトA.I.&リサーチは今年で28年目となる。設立当初から研究の中心にあるのは、AIだ。その中で、認識技術に関するベンチマーク上の成果が、一定の数値として表れている。
さて、そのAIを同社ではどのようにして提供しているのだろうか。いろいろな製品やサービスのポートフォリオの中から、AIを全く新しいサービスとして提供しているものもあれば、既存の製品の中にAIの機能を組み込んでいく場合もある。また、AIを効率的に動かすためのプラットフォームを提供する、という考え方もある。
これらを製品ごとに分類すると、「エージェント」「アプリケーション」「サービス」「プラットフォーム」の4つに分けることができる。
今回のテーマである「りんな」は、この「エージェント」に分類されるサービスだ。人間とオンラインを通じてやり取りをしながら、人間をサポートする役割を持つのである。
ソーシャルAIチャットボット「りんな」は、2015年のリリース以降も同社が開発を続けながら、様々な機能を少しずつ追加し、ブラッシュアップを続けてきている。現時点で、LINEとInstagram・ツイッターのアカウントを、約700万人のユーザーがフォローしている。その内訳は、男性6割・女性4割。中心となる年齢層は18?24歳で、全体の6割以上を占めている。
同社では、「Cortana(コルタナ)」と「りんな」の2つのAIを提供している。「Cortana」は、生産性重視のビジネスライクなエージェント。それに対して「りんな」は、もっと人間の感情に寄り添い、対話するというもの。人間の言葉を理解し、自然な会話ができるようになるための壮大な実験を同社は続けている、というわけだ。
この「りんな」の開発方針は4つある。1つ目は「AI Future」だ。これはAIの未来をどのように形作っていくか?というもの。そのため最新の会話エンジンを適用しており、現在のものは、「りんな」のリリース当初のものとは異なるとのこと。その中で採用しているのが「共感モデル」で、いかに感情に寄り添った会話ができるかというモデルを作り、そのエンジンで提供している。
2つ目は「AI Creation」だ。これは絵を描いたり、しりとりをしたりという、クリエイティブなサービスに関係する。8月には「りんなだよ」というオリジナル曲も発表しており、まるで人間が歌っているかのようなクオリティだ。
3つ目は「AI for Business」。これは「りんな」の機能をビジネスに活かしたいという人たちのためのもので、「Rinna Character Platform」を発表している。「りんな」の基本的な機能をベースに、独自のキャラクターを課して会話のモデルを作っていくというものだ。
最後に、榊原氏がコメントする。「そして今回の地方応援プロジェクトは、4つ目となる「AI For Good」です。これは、AIを社会に役立てるものとしてスタートしました。地方を盛り上げていくために、「りんな」のいろいろな機能を活用していただければと思います。」
続いて、マイクロソフト ディベロップメント株式会社 A.I.&リサーチ A.I.サイエンティストの中吉寛氏が登壇。「萌えよ?ローカル ?りんなと地方とみんなの未来?」というテーマのもと、新たに開発した機能について紹介された。
マイクロソフト ディベロップメント株式会社 A.I.&リサーチ A.I.サイエンティスト 中吉 寛氏
「はじめに、なぜ“地方応援”なのかについてご説明させていただきます。今回のプロジェクトにご協力いただいている自治体様のメリットとしては、潜在的な移住希望者への訴求という点が挙げられます。実際に移住するよりも希望者の方が多いことは明らかであるため、その敷居を「りんな」を使って下げる、という狙いがあります。また、観光客や滞在時間の増加ということも目指しています。ユーザー様のメリットとしては、「りんな」を通して楽しみながら地方・地域を知ることができます。弊社としましては、AIを活用して地方を応援していくのは新たな試みであり、非常にチャレンジングだなぁと思っています。難しいと言われておりますが、取り組み甲斐があるということを、開発チーム全員が感じているところです。また、「りんな」の認知度向上というもの、目的にございます。」
「りんな」を活用した地方応援のための3つのプロダクトを発表
続いて、今回、地方応援のために開発された3つのプロダクトの紹介が行われた。
●りんなの社会科見学
各地域を巡りながら「りんな」がクイズを出題し、ユーザーがその地域の魅力を学んでいくクイズ形式のゲーム。ゲームが終わると、潜在的な移住希望者に向けて移住情報サイトが案内される。
このゲームのAI要素としては、LINE上での「りんな」とユーザーの会話を解析。潜在的な移住希望者と想定できた場合に、「りんな」がこのゲームをオススメする、という構想だ。
宮崎県 総合政策部 中山間・地域政策課 移住・定住推進担当の伊達翔馬氏は、「宮崎県の豊かな自然や、チキン南蛮、宮崎牛など美味しい特産物、神楽など地域に根付いた魅力的な伝統や文化が多くなる中で、そうした部分が都市部の方々に全て知っていただけているわけではないことを課題に思っており、このコンテンツを通して魅力を発信していきたい」と語った。
また、移住促進へも期待を寄せる。
「観光や伝統の紹介に限らず、宮崎県での暮らしの良さだったり、南国宮崎ならではの暖かな気候だったり、また、県や市町村が実施している移住生活の 紹介だったり、暮らしのイメージも持っていただけるようなものとなっています。これをきっかけに、宮崎県の魅力を知っていただき、将来的には“移住”というところに繋がるという風に考えています。」
宮崎県 総合政策部 中山間・地域政策課 移住・定住推進担当 伊達 翔馬氏
●めぐりんな
該当の地域を舞台に、りんなや偉人と一緒に冒険し、物語をネット上で楽しめるノベルゲーム。ゲームを通じて地域や出身の偉人について知ってもらい、地方への関心・興味を喚起し、実際に訪れてもらうことをも区的としている。
AI要素としては、登場人物のセリフを自動生成。ゲーム後には登場人物と会話もできるようになるとのこと。
千葉県香取市の一般社団法人 水郷佐原観光協会 会長・大川裕志氏は、次のように語った。
「香取市は多くの観光資源を持ちながら、首都圏ではほとんど知られていません。なんとか認知度を上げたいということで、本プロジェクトに参加させていただきました。また、灯台下暗しでですね、我々の町に住んでいる若者たちは、なかなか町の魅力をわかっていないというのが実情です。この「めぐりんな」で再発見してもらえれば、と思っています。」
一般社団法人 水郷佐原観光協会 会長 大川 裕志氏(千葉県香取市)
●りんなの奇天烈観光マップ
地図上に展開されたSNSで、全国に点在する「奇天烈」でマニアックな観光地を紹介するサービス。現在リリースされているものは閲覧のみだが、10月のアップデートでユーザーが自由に自分の知っている奇天烈な場所を投稿したり、その場所について他のユーザーとコミュニケーションできるようになる。
AI要素としては、各ユーザーの行動データから趣味趣向にあった奇天烈な観光地をランキングでコントロール。ロングテールの手法を使い、様々な場所を紹介していく構想だ。
群馬県 産業経済部観光局観光物産課 課長の佐藤武夫氏は、「都道府県の魅力度ランキングが毎年発表され、群馬県はずっと40位。一時は最下位まで下がりました。県としても、イメージアップのためのプログラムを組み、ぐんまちゃんというマスコットキャラクターを全国で売り込み、そちらの知名度は上がってきたものの、残念ながらランキングはほとんど動かず頭を抱えていたところ、今回のプログラムのお話を頂きました。オーソドックスな観光地をいくらPRしてもなかなか伝わらない。奇天烈な観光スポットを若い人たちに掘り起こしていただけたら。「りんな」ちゃんは群馬県の救世主になってもらえるのではないかと期待しています」と語った。
群馬県 産業経済部観光局観光物産課 課長 佐藤 武夫氏
また、佐賀市 経済部観光振興課 観光・コンベンション推進室 室長の王丸直之氏は、「佐賀といえば、はなわの“Saga 佐賀県”や島田洋七の“佐賀のがばいばあちゃん”などのイメージはありますが、いずれも10年以上前の話。それから先の佐賀については話題にならず、魅力が伝わっていかない。観光客が求めているものが多様化している中で、こちらから観光情報を発信していくには限度があります。今回このようなチャンスを頂き大変ありがたく感じていますし、様々な魅力をご紹介して「佐賀に行ってみようかな」という流れを作っていきたい」と語った。
佐賀市 経済部観光振興課 観光・コンベンション推進室 室長 王丸 直之氏
最後に、ビデオレターで参加した北九州市 産業経済局観光にぎわい部 観光課長の森川洋一氏は、「AIがどのように観光に結びついていくのか、非常に楽しみにしています」と語った。
北九州市 産業経済局観光にぎわい部 観光課長 森川 洋一氏
こうした「りんな」使った今回の取り組みについて、榊原氏は「地方をご紹介していくというファーストステップに過ぎない」と言う。
まずは楽しみながら地方を知ってもらい、魅力を発見してもらうことから始めていく。そして、自治体との取り組みもさらに積極的に増やしていく予定だ。 同社は今後、それにより集まる大量のデータを使い、ユーザーの行動変容の理解に努め、地方活性化への取り組みに活かしていくという。
「地方を応援」というスタンスから、さらに具体的なソリューションに落とし込み、「地方支援」という形に拡張していく。そんな未来の地方創生への期待に会場中が胸を弾ませながら、イベントは幕を閉じた。
【日本マイクロソフト株式会社 リリース】
https://news.microsoft.com/ja-jp/2018/09/12/180912-rinna-local-encouragement/