【石山恒貴】「パラレルキャリア」の可能性/ポスト平成大予言
法政大学大学院政策創造研究科 石山恒貴教授
月刊事業構想 編集部
2018/12/20 (木) - 18:00

人生100年時代や少子高齢化社会を迎え、日本人の生き方と働き方は、これからどう変わっていくのか。人生100年時代の到来や第四次産業革命によって、今後10年で、日本人の働き方は大きく変わるはずだ。職業寿命は長くなり、ミドル・シニアの転職は当たり前に。副業・兼業を含むパラレルキャリアや、時間と場所にとらわれない働き方も普及するだろう。本シリーズでは、有識者や第一線のビジネスパーソンに「未来の働き方」を予言してもらった。第2弾のテーマは「パラレルキャリア」。
兼業・副業を含むパラレルキャリアは、これからの柔軟な働き方の1つとして期待されている。パラレルキャリアの研究に取り組む、法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授に、日本における実態と可能性について聞いた。(聞き手:日本人材機構社長、小城武彦)。

パラレルキャリアとは

小城:本業を持ちながら複数のキャリアを実践する「パラレルキャリア」が話題となっています。そもそもパラレルキャリアとはどのように定義されているのでしょうか。

石山:世の中では、パラレルキャリア=兼業・副業と捉えることが多いですが、私の定義では、もう少し広く捉えています。パラレルキャリアはもともと、ピーター・ドラッカーが「知識労働の時代に必要な生き方」と提示した概念です。知識労働者に定年はありませんから、体力が多少衰えたとしても働くことができる。本業以外にも社会活動を行うこと、幅広く社会と関わっていくことが人生の充実に繋がるとドラッカーは指摘しました。

また、経営学の権威として知られるチャールズ・ハンディは、パラレルキャリアについて「ポートフォリオ・ワーカー」という言葉で説明しています。ハンディは、人生には、賃金を得る「有給ワーク」、家庭を維持する「家庭ワーク」、社会貢献などの「ギフトワーク」、継続的に学ぶ「学習ワーク」と、4つのワークがあると言っています。

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私は、この4つのワークを組み合わせるのがパラレルキャリアだと考えています。例えば、「有給ワーク」を2つやれば副業・兼業になりますが、それだけがパラレルキャリアではないと思っています。

パラレルキャリア、普及の実態

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小城:今、なぜ日本でパラレルキャリアが注目を集めているのでしょうか。

石山:総務省の「2017年就業構造基本調査」では、副業をやっている人の割合は4.0%でした。2002年調査は3.9%でしたから、ほとんど増えていません。また、様々な調査において、企業の約8割は副業を認めておらず、解禁を検討している企業も数%に過ぎません。

小城:日本人材機構でも2017年に、首都圏管理職を対象とした副業・兼業意識調査を実施しました。「会社の許可があれば副業・兼業に取り組むことは可能(やれる自信がある)」と答えた人は52%にのぼりましたが、一方で、「時間ができた場合に副業・兼業を選択する」と答えた人は5%程度しかおらず、リアリティのある選択肢に入るまでには到っていないようです。

石山:メディアで騒がれているのに対して実態がどうかと言えば、現時点ではまだ「特にブームになっているわけではない」というのが私の認識です。
ただ、注目を集めているのは確かです。日本の単線型のキャリアパスが限界に来ていることを多くの人が認識し、もっと多様な働き方や生き方を身につけて将来のリスクに備えたい、と考えるようになって来たのではないでしょうか。

ハンズオン力、コミュニティ力など経営に直結する能力が養われる

小城:パラレルキャリアをすると、個人はどのようなメリットや学びを得ることができるのでしょうか。

石山:NPO活動や自治会活動、プロボノなどパラレルキャリアの形態は様々ですが、その多くは「上下関係のない場所」です。会社ならば垂直的なリーダーシップやコミュニケーションが存在しますが、それとは真逆の環境と言えます。会社でのいつものやり方や肩書が通用しない世界で、多様な人とコミュニケーションをとりながら、1人の人間として「自分なりの貢献の方法」を模索していくわけです。
 
パラレルキャリアを実践した人たちは、「このことが一番学びになる」と口を揃えます。人間力、言い換えればハンズオン力やコミュニティ力を養うのにパラレルキャリアはとても適している。これらは経営者やその右腕として働く際にも必要な能力でしょう。

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小城:本心では始めたいと思っても、なかなか踏み出せない人は多いでしょう。最初の一歩はどう踏み出せばいいでしょうか。

石山:最初から「お金を稼ぐ」ことだけを目的に、パラレルキャリアを始めようとするとハードルは高くなります。一番簡単なのは、「ストリートアカデミー」や「ビザスク」のようなスキルシェアサービスに登録してみることです。趣味、ハンドメイド、ビジネススキルなど、自分にできるちょっとしたことでいいので、誰かに教えてみる。
すると、そこに1回きりの、初対面の人たちが交流できるサードプレイスが出現します。あまり硬直的に考えず、仲間うちの勉強会から始めたり、できる範囲でやり方を選択すればいいと思います。

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以前、「兼業・副業を含めた社外活動によって、本業でどんな効果が出たか」を調査したことがあります。すると、金銭目的の社外活動では本業に特に効果は見られませんが、成長目的や人脈形成目的の社外活動は、本業にもいい影響が出るのです。
 
これはある意味当然のことで、何か社会に貢献したい、自分が成長したいと思って始めたことの方が、長く続くし、楽しいですよね。「終身雇用の時代は終わるから、自分のキャリアを切り拓くためにも兼業・副業でお金を稼がないと」と危機感や焦りだけを動機にしないほうが、結果的に良い影響がでるのです。


企業は発想の転換を

小城:一方、兼業・副業人材を上手く活用するために、受け入れ側の企業や団体に求められることは何ですか。
石山:仕組みや制度をつくる以前に、まずは、外部人材アレルギーを克服するのが先だと思います。「よそ者が来るのが怖い」という企業はいまだに多いですね。また、中堅中小企業ほど顕著ですが、「とにかく新入社員、若手、フルタイム人材が欲しい。兼業・副業と言っている場合ではない」という声も多い。人材に対する視点が固定化されてしまっているのです。

小城:日本人材機構の支援先の地方企業の中にも、兼業・副業を含む外部人材の活用に成功している企業がどんどん出始めています。そこから言えるのは「オーナーがすべて」ということ。オーナーが人材獲得に対して問題意識を持ち、「絶対にやるんだ、変えるんだ」と社内に言い切るしかありません。
私達は、外部人材活用の成功例をつくり、ガンガン周知していこうと思っています。

石山:おっしゃる通りで、ケースを作ることが大切ですよね。ひとつ好事例を紹介すると、パラレルキャリアを社員に推奨しているある企業では、その評判が就職活動中の学生にも伝わり、非常に優秀な新卒社員が集まるようになったそうです。こうした柔軟な会社にこそ若手は集まってくるのです。企業は今こそ発想の転換が必要で、いつまでも「フルタイムでないとダメ」とか「新卒だけ欲しい」と言っていたのでは、今後の成長は難しいのではないでしょうか。
 
また、大企業ではオープンイノベーションが注目されていますが、そもそも、外部人材の受け入れや兼業・副業人材の送り出しに躊躇していては、オープンイノベーションも起こらないでしょう。パラレルキャリアの考え方は、経営戦略にも直結していると言えます。
 
非営利型株式会社のポラリスも良い事例だと思います。子育て支援のNPOでの活動を重ねてきた女性たちが起業した会社です。その事業のひとつが「セタガヤ庶務部」で、世田谷や調布の中堅中小企業から仕事を切り出し業務委託で請け負い、育児などで離職中の女性たちに仕事を分散するのです。育児などの「家庭ワーク」を行いつつ、できる範囲の柔軟な時間帯に「セタガヤ庶務部」で「有給ワーク」を行う。まさにパラレルキャリアです。

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小城:素晴らしい事例がたくさんありますね。将来的にパラレルキャリアが浸透していけば、私達の「名刺」の変わるかもしれませんね。表面に個人名を書き、裏面にたくさんの会社名や団体名が列挙されている、という風に。

石山:それは良いですね。キャリア論ではバウンダリーレス・キャリアと言いますが、ひとつの企業や職務の境界(バウンダリー)を越えて活躍する人材が求められるようになっています。アメリカのシリコンバレーのように日本でも、「○○社のAさん」だけではなく「○○ができるAさん」と評価される時代が来ると、より柔軟で働きやすい社会になると思います。

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法政大学大学院 政策創造研究科 教授 

石山恒貴(いしやま のぶたか)さん

1964年新潟県生まれ。88年に一橋大学社会学部卒業後、NECやゼネラル・エレクトリックで一貫して人事労務関係を担当。バイオ・ラッドラボラトリーズ執行役員人事総務部長を経て、法政大学大学院政策創造研究科教授。専門分野は人的資源管理、人材育成、キャリア論。著書に『越境的学習のメカニズム』『時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!』など。 

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