心を起動させるビジョンライティングとは?/体験づくりにおけるプロトタイピングの大切さ IGNITE vol.2レポート
小林 聖(こばやし あきら)
2018/03/17 (土) - 07:00

いろんなジャンルの人たちが集まり、1年かけてアイディアを形にしていく、参加型ワークショップ・IGNITE(イグナイト)!。その第2回目が富士見町のオフィス&コワーキングスペース・富士見 森のオフィスで開催されました。さまざまな分野で活躍する、20代から70代まで幅広い年代の人が参加したイベントの様子をご紹介します。

体験をつくるためのプロトタイプをつくる1→10drive

そんなIGNITE!の第2回目は、1→10drive(ワントゥーテンドライブ)代表取締役社長の梅田亮氏、電通のクリエイティブ・ディレクターである澁江俊一氏が登壇してゲストトーク、最後に課題を解決するワークショップを行うという構成で開催されました。

イベントでは第1回の簡単なおさらいをはさんで、まず1→10driveの梅田亮氏がゲストトークを行いました。1→10driveは「プロトタイプをつくること」「体験をつくること」を得意とする会社。VRを使った体験プログラムや、スマートフォンと連動して自分の歯磨きをチェックするデバイスなど、体験と結びついたサービス、プログラムを開発しています。

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《1→10drive / 梅田亮 》
1→10drive(ワントゥーテンドライブ)代表取締役社長。2002年、早稲田大学理工学部を卒業後、同年に大手広告会社入社。マーケティング部署を経てコミュニケーションデザイン領域へ。マーケティング領域の多様化に伴い、デジタル、PR、プロダクト/コンテンツ開発など、新たな領域を幅広く積極的に取り込み、プロジェクト全体を推進していくチーフプロデューサーとして活躍。2015年、現職に就任。experience makerとなるべく、人々の楽しさや利便性をアップデートし、次世代へ繋がる製品やサービスをつくり続けている。2011年、2013、2014年クリエイター・オブ・ザ・イヤーノミネートはじめ、グッドデザイン賞、TIAA、NYFestival、ADFEST、ADSTARSなど受賞。また、AdverTimesコラム連載(2012~2013年)ほか、執筆、講演、審査員など。

たとえば、ペンタブレットなどで知られるワコムとともに開発したのが「感情を伝える手紙」のプロトタイプ。これはデジタルペンを使って書いた文字とともに、書いた人の感情データを取得し、手紙とともに可視化するというものです。紙の手紙では取り込むことのできない情報も、デジタルデバイスを使うことで表現可能になる。そんな新しい体験を提供するプロトタイプです。

プロトタイプはゴールのビジョンをつくる

ではなぜ体験にこだわるのか? 梅田氏は2つの理由を挙げて説明しました。

ひとつは消費行動の変化です。SNSなどの普及によって、よい体験は口コミで大きく広がるようになりました。従来は広告戦略などで優位性を持つ大手企業が圧倒的に強い時代でしたが、現在では中堅規模のメーカーでも口コミによってヒットを飛ばす環境が整ってきているというわけです。

梅田氏は「(トースターなどがヒットした)バルミューダや(掃除機などで知られる)ツインバード工業がその象徴」と分析。「体験をいかによくするかに集中することで後々の普及具合が変わってくる」と語りました。

そして、もうひとつは「新しい体験をつくるには作り手がまず体験すべき」という理念です。

これはプロトタイプづくりの重要性とも関係するポイント。新しいものをつくるときは、議論を重ねたあと実際にプロトタイプをつくってみると、メンバー間でイメージの齟齬が明らかになることも多いと梅田氏は指摘します。また、実際に体験してみると「思ったほど楽しくない」「思ったよりもいい」といったこともわかります。

だからこそ、「早い段階でプロトタイプをつくり、実際に体験する」ということが重要になってくるというわけです。

「プロトタイプをつくることで、最後のアウトプットのイメージを全員が共有し、齟齬がないままブラッシュアップし、ゴールへと向かえるというのが大事だと思っています」(梅田氏)

最終的なゴール、ビジョンが共有されることで手段の目的化が防げるのもポイントです。新しいテクノロジーを積極的に扱う企業では、しばしば新しいテクノロジーを使うことが目的化してしまうこともあります。ですが、「こういう体験をつくるんだ」というゴール、ビジョンが明確になっていれば、「枯れた技術を使った方がよい」といった判断もできるようになります。

“円卓型”のチームができれば成功したも同然

また、実際にプロジェクトを進める際にもうひとつのポイントとなるのが、「円卓型」のプロジェクトを意識するということ。クライアントとともに、クライアントのために開発を行うプロジェクトも多い1→10driveですが、「受注者・発注者」という枠組みを超えて「ひとつのチーム」になるのが重要なポイントだといいます。

内部的なチームでも開発サイドからデザイナーに対してデザインについて意見するような、専門外への発言はつい遠慮してしまう。そんな気持ちが働くことがあります。そうした垣根を越えて、メンバーがフラットに話せる「円卓型」のチームをつくることができれば、「プロジェクトはほぼ成功したといっていいのでは」と梅田氏は語りました。

ビジョンという「北極星」を設定する

電通の澁江俊一氏のゲストトークでも、やはりビジョンが重要なポイントとして挙げられました。

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《電通 / 澁江俊一》
株式会社 電通クリエイティブ・ディレクター。東映株式会社で「鉄道員」「バトル・ロワイヤル」など数多くの日本映画のポスターや予告篇を制作後電通に入社。「経営に、アイデアを。」をキーワードに電通ビジネスデザインスクエアの一員として数々の起業の経営陣と、戦略やアウトプットを企画している。Snowpeak、H.I.S.、日本テレビ、JAXA、クレハスローガンなどの企業が掲げるヴィジョンの言語化を数多く手がけ、新事業立ち上げにも寄り添っている他 安曇野市「朝が好きになる街。」など地域のための仕事も多く手がけている。受賞歴:カンヌ広告賞、ACC賞、新聞広告賞、グッドデザイン賞、朝日広告賞、読売広告賞、広告電通賞、TCC新人賞 他

澁江氏自身も「コピーライター」に加え、「ビジョンライター」という造語の肩書きを使っています。澁江氏は「日本人はビジョンをもつことが苦手なんです。ビジョンがないと手段が目的化してしまう」と指摘します。

コピーライティングはその「ビジョン=北極星」にたどり着くための手段。そのため、まずいろいろな人と話をしながらビジョンを明確にするのが第一歩になっているといいます。

難点を“逆手に取る”ことでストーリーが生まれる

日本テレビなど首都圏を拠点とした企業の仕事ももちろん多い澁江氏ですが、この日は地方の拠点である富士見 森のオフィスでの開催ということで、地方の活性化、PRプロジェクトの事例とともに仕事術を紹介する形に。

そのひとつが岩手県にある野田村のホタテPRプロジェクトです。一般的にホタテの養殖は穏やかな内湾で行われることが多いのですが、野田村では波の荒い外海で養殖を行っています。

外海はプランクトンも豊富なため、大きくて身が引き締まった肉厚のホタテが育つのだそうです。ですが、日々荒海へと船を出さねばならないため、とにかく育てるのが大変というのが、地元の人の語る難点でした。

澁江氏はその「難点」に注目。野田村のホタテを「荒海ホタテ」と名付け、その難点をひとつの魅力として発信していく戦略を立てます。

ホタテを育てる猟師の人たちも「荒海団」と名付け、「荒海団のテーマ」という曲も制作。ホタテにストーリーを加え、ブランディングを展開していきました。結果、小学校でも「荒海団のテーマ」が流れたり、地元や東京で「荒海ホタテ」が高値で取引されるようになったそうです。

また、「荒海ホタテ」「荒海団」といったコンセプトがつくられたことで、最終的には地元の人たち自身がブランディングを進めていけるようになったのも大きなポイント。地元の人たちの取り組みにより、「荒海ホタテ」は農林水産省のGI(地理的表示)登録に海産物として初めて登録されています。ビジョンをつくることで、ブランドや戦略がより多くの人によって自走可能になる事例といえます。

立ち上げメンバーがいなくなっても自走できることが重要

地元の声から立案されたプロジェクトはほかにもあります。長野県安曇野市のプロモーションもそのひとつ。

地方自治体ではよくあるケースですが、野菜や自然など多くの観光リソースをもっていても、実際に効果的なPRを行うのは難しいものです。安曇野市もわさびをはじめとした野菜や温泉といったリソースはあるものの、プロモーションの核やフックとなるものがない状態でした。

このケースでも澁江氏がプロモーションの際にビジョンとしたのは地元の人の声。安曇野の好きなところを聞いていくなかで「朝が好き」という声が多かったことから、「朝が好きになる街」というキャッチコピーでプロモーションを展開していくアイディアを思い付いたそうです。

野菜や温泉といった点で存在する魅力を「朝」をフックに面で出していく戦略で、ロゴを権利フリーにするなど、地元のお店や人が参加しやすい形で展開されています。

こうしたプロモーションで澁江氏が自分の“手口”として語るのは「独自のストーリーを生むこと」「まず地元のファンを増やすこと」、そして「ビジネス発想をもつこと」。最終的に自分がいなくなったあとも、きちんとビジネスとして自走できるようにつくるというのを含め、ビジョンをつくることが重要だと語りました。

その日出会ったメンバーで課題の発見から解決案まで探る“ワイガヤ”の時間

ゲストトークのあとはIGNITE!らしいワイガヤの時間。最後は参加者同士で「課題解決のためのアイディアづくり」のワークショップが行われました。

このワークショップは、参加者同士のチームでいくつかの分野から課題を考え、それを解決するアイディアを考えていく作業を、30分で行うというもの。当日初めて会った参加者同士が5人前後のグループで話し合いを進めていきました。

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今回は「関心のある分野を選び、課題を見つける」「その課題をめぐる人の行動を考える」「その行動を変えるアイディアを考える」というプロセスで、各グループがチャレンジしていきました。

あるグループでは介護に関わる仕事をしていた経験のある人の発案で「認知症」がテーマに。認知症そのものに対する対処の難しさももちろんですが、その家族らに「認知症が恥ずかしい」という気持ちがあることや「認知症に対する知見の少なさ」を課題に設定し、イメージを変える方法を考える方向に議論が進んでいきました。

「認知症の人の予想もできない発言や反応を、恥ずかしいことでなく、楽しいものとして捉えられないか」「間違いが許されにくい時代だからこそ、間違ってもいいんだという先生というイメージを生み出せないか」といったアイディアから、そのビジョンを表現できるキャッチコピーをつくろうというところへ発展していきました。

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「仲良くなれないなら競い合えばいい」が“アイディア”

課題の発見から解決法まで30分というのはかなり短い時間。時間切れとなるグループも多いかと思われましたが、発表の時間になると予想以上に多くのグループが見事に完走。なかには「隣接する市町村の仲が悪い」という課題から、「仲良くなれないならいっそ競技化して競争させればいい」という発想にいたり、「移住者数などをポイントにして勝負させる」なんてアイディアも。

これには登壇していた澁江氏も感心。

「多くの人が見逃しがちなのが“アイディア”。たとえば、仲良くできないなら競い合えばいいというこの発想が“アイディア”なんです。僕はよく“逆手に取る”というんですが、手法でなくこういう“アイディア”がすごく大事」

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澁江氏はアイディアを発想する“手口”として「逆手に取る」のほか、「課題が2つあるならつなげてみる」「Prototype for One(身近なひとりの人のために考えたことが社会全体に有効なものになる)」といった考え方も紹介。1年間を通じて行っていくIGNITE!の今後にもつながる発想のヒントが語られました。

IGNITE!の面白さのひとつは、こうして1回のイベントが次のイベントのヒントになってつながっていく点だといえます。森のオフィスの運営代表であり、Route Design合同会社 代表の津田賀央氏も、最後のワークショップの成果を見て「1回目で同じことをやっていたらこうはならなかった。2回目になって積み重ねがあるからできること」と語ってくれました。

さまざまな参加者同士が出会い、刺激を与え合える場に、1年間という時間が積み重ねられるIGNITE!。今後ここからどんなアイディアが生まれるのか、ますます楽しみになっていくイベントです。

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