組織のなかで渦巻く「ねたみ」の感情。同僚が先に昇進したときなど一度はそんなネガティブな感情を抱いた方もいるのではないでしょうか。「ねたみ」の強力なパワーを活かせば、スポーツやビジネスで一流になることができるとメンタルコーチの松下信武さんは言います。今回は、そんな「ねたみ力」についてお話を伺います。
ゾム 代表
松下 信武(まつした のぶたけ)さん
1944年大阪生まれ。1970年京都大学経済学部卒業。 三洋化成工業入社、学習塾経営、ベルシステム24執行役員・総合研究所長を経て、現在ゾム 代表。 2016年まで約14年間、日本電産サンキョー スケート部のメンタルコーチを担当し、冬季五輪に3回参加。2010年バンクーバー五輪での長島圭一郎選手銀メダル、加藤条治選手銅メダル獲得に貢献する。 日本のエグゼクティブ・コーチングの創生期から活躍。2017年現在、月平均10名以上のエグゼクティブ・コーチングを行っている。 『凡人が一流になる「ねたみ力」』『エグゼクティブ・コーチング』『ホメ渡部のホメる技術7』など著書・監修多数。
「ねたみ」を感じたときは、自分にないものを知る絶好のチャンス
―「ねたみ」とはどのような感情でしょうか
「ねたみ」とは、「自分にはない“能力”や“もの(富)”を他人が持っているときに起きる感情」です。たとえば、学生時代の同級生が高給をもらっていたり、職場で同僚が先に昇進したときにふつふつと沸いてくるネガティブな感情です。「怒り」、「悲しみ」、「不安」からなります。
ネガティブな感情はポジティブな感情よりもエネルギーが強いんですよ。
だから、ねたみの強力なエネルギー、つまり「ねたみ力」をポジティブに活用すれば、スポーツでもビジネスでも成果をあげることができます。
ねたみを感じたときは自分にないもの、自分がなりたいものをみつける絶好のチャンスです。自分はその相手のどの能力にねたみを感じているのか? その対象を見れば、自分がほしいこと、やりたいことがみえてくるはずです。
―「ねたみ」と「嫉妬」は違うのでしょうか?
嫉妬は「他人が自分にない“魅力”を持っていて、自分の配偶者や恋人、または上司などがその魅力にひきつけられ、それによってあなたとの関係が危うくなるときに起きる感情」です。自分が他人より劣っていることでプライドが傷つくなど共通項はありますが、僕はねたみと嫉妬は基本的には違う感情だと考えています。
「ねたみ」の強いエネルギー、つまり「ねたみ力」には、自分を成長させる力が秘められているので、使い方次第では成功へ導くアイテムになります。
―「ねたみ力」を使うときに気をつけるべきことは?
ねたみを感じたときには、それを獲得する価値があるかどうかを考えなければいけません。
もしかしたら単なる憧れであって地に足のついた願いではないかもしれない。だから、その能力を獲得してから先のことまで考える必要があります。果たして、やり続ける価値があるのかどうかを。
たとえば、ソフトバンクグループの孫正義会長のように大金持ちになりたいと思うのであれば人生をかけてやるべきでしょうし、別の価値観を持っていればそこをめざす必要はないでしょう。
大切なのは、自分が何に価値をおくかです。ねたみの対象が現れたときは、自身の価値観を見直すいい機会でもあります。
それから、自分にないものを手に入れるために、相手を陥れることをしてはいけません。昔、アメリカ代表のフィギュアスケートの選手、トーニャ・ハーディングがライバル選手を襲わせた事件がありましたが、あれはよくない例です。
ライバルを越えるために、自分の能力を開発したり、得点の取り方を考えたりすれば、彼女も成長できたと思います。
「ねたみ力」をポジティブに使うために。タイプ別克服方法
―人によって「ねたみ」の感情の出し方が異なるそうですが?
他人に対して「ねたみ」を感じたときのどのような意識になるのか、人により反応はさまざまです。僕は、「内向不安悲しみタイプ」、「外向比較タイプ」、「怒りタイプ」、「マイペースタイプ」の4つのタイプに分けています。
このほかに、4つのタイプが混じり合った「混合タイプ」があります。
―4つのタイプの特徴を教えてください
「内向不安悲しみタイプ」は、悲しみと不安を感じる人。心の奥底に、自分の能力や人間的な魅力に対する不信感が横たわっているため、行動を抑制し、周囲に同情を訴えて現状に甘えてしまいます。
「外向比較タイプ」は、ねたみを感じる人との比較を強く意識する人。他人から賞賛されることでしか自分を肯定できない「他人依存欲求」が潜んでいて、自分は素晴らしい人間だと無意識に信じたくなり、ねたみを心の隅に押し込んでいます。
「怒りタイプ」は、憎しみからくる怒りで腹をたてる人。心の根底に、「似た環境にいる人たちは、すべて等しく処遇されるべき」という間違えた信念を持っています。義憤であれば、問題が再度起きないための仕組みやルール作りをしますが、それとは異なります。
「マイペースタイプ」は、ねたみをあまり感じず、自分は自分、他人は他人と割り切る人。
ライバルが実績を上げても自分には関係ない、自分の価値が下がるわけではないと考えます。ただ、闘争のための行動力は不足しています。
まず「内向不安悲しみタイプ」、「外向比較タイプ」、「怒りタイプ」の3つのタイプを「マイペースタイプ」の意識へと変えることです。そのためには、自分の仕事の質にこだわり、その質をどんどん上げていくこと。
「マイペースタイプ」になったら、そこから「高い志タイプ」をめざします。そこで初めて「ねたみ」のパワーである「ねたみ力」をポジティブに使うことができるようになります。
―マイペースタイプへ意識を変えるためのタイプ別克服法を教えてください
「内向不安悲しみタイプ」は、不安、悲しみ、自分への不信に分けてから、それぞれ克服します。
不安は、そのまま受け入れること。そして「他人の幸福と自分の成功は無関係」と考える。
悲しみは、それを他人に表現しないこと。厳しい競争をよく頑張っていると自分をほめる。自分への不信を減らすためには、自分を愛することから始めます。
「外向比較タイプ」は、他人の評価と自分の価値はまったく関係がないことと切り離して考える習慣をつけることです。
「怒りタイプ」は、正しい怒りか、愚かな怒りかを区別する方法を習得することです。怒りにまかせて他人を批判することをやめ、怒りのエネルギーを建設的な方向に向けます。会社の昇進などは自分ではコントロールできません。不公平を怒るよりも、自分の強みを今後どう活かすかを考えることです。
自著の『凡人が一流になる「ねたみ力」』にさらに詳しく記載していますが、タイプ別克服法を実践していくことで、最終的に高い志タイプに近づけます。
自分より少し上にいるねたみの対象を「良きライバル」にする
―ねたみ力を活かすための具体的な方法を教えてください
ねたみの対象となる人物を「良きライバル」として競争して学ぶことです。簡単に追い抜ける人をライバルにしてはいけません。
自分より少し上にいる、なんとか追い抜けそうな人をライバルにします。「今の自分の能力」では追い抜けない人です。一段と努力しなければならない環境を作ります。努力すると成果がでて成長する。その循環により、自己効力感(セルフエフィカシー)が高まるんです。
フロリダ州立大学心理学部のアンダース・エリクソン教授の著書『超一流になるのは才能か努力か?』で、「限界的練習で能力を引き出す効果」について書かれています。限界的練習とは、「限界を少し超える負荷を自身にかけ続けること」。本当にそのとおりだと思います。
たとえば、今持っている100の力では成長しないので、110や115の力で挑戦する。それをいきなり200にするとダメなんです。カラダを潰したり、諦めてしまう。
ライバルも同様です。110や115の人を良きライバルにする。
努力をすれば追い抜ける人をみつけて、ポジティブな「ねたみ力」で挑戦していく。そうすることで一流に近づきます。
―良きライバルをみつけることが大切なんですね
スポーツでは、ライバル同士を競わせることで優れた選手が育ちます。長年スピードスケートのメンタルコーチをしてきましたが、強い選手はライバルの優れたところを研究して、それを自分のものにしていました。選手同士の競争が熾烈だとチームは強くなります。
一流アスリートが最優先に考えているのは、最高の状態でプレーをして、自分が素晴らしいアスリートであることを実感することです。それが実現すれば素晴らしい結果に結びつくことを彼らは知っています。
ビジネスでも同じです。良きライバルが職場にいることで成長します。ライバルにはあって自分にはないもの、それが何なのか、何が必要なのかをただただ考える。
経営者や組織のリーダーは、優秀な部下をたくさん育て、彼らが競い合う状態を創らねばなりません。「ねたみ力」を活かすことで優秀な人材が育ちます。そのために、ライバルの強みや良いところを素早く発見して、それを習得できる習慣づけをしていきます。
―ライバルへのねたみから批判する人もいますが?
組織では必ずねたみから批判する人がでてきます。彼らは自尊心を保つために上から目線で批判し、自己正当化を図っているわけです。
自信がある人は批判がましいことは言いません。ライバルの悪口も言いません。 批判する人は自分に自信がない人が多い。これは親との関係からきていることも少なくありません。親が子どもの弱みだけに焦点をあて、「だからあなたはだめなの」的に子どもを批判して育てると、子どもは自信をなくし、悪いことに他人を批判する方法も学んでしまいます。批判することで自分の自信を回復しようとしている。でも、他者を批判しても自信は回復できません。
組織において、ねたみからの批判をなくす風土をつくるには、トップの意識を変える必要があります。たとえば、会議などで、「批判ではなく代替案をだすこと」などルール化するのもいいでしょう。
「ねたみ」を原動力に。何歳になっても挑み続ける
―松下先生も「ねたみ」を感じることはありますか?
僕は上手いコーチに会ったらものすごくねたみますよ(笑)。なんとかしてその能力を手に入れたい、追い抜きたいとストレートに思います。ねたみが原動力のようなものですね。
僕は心理学の権威である河合隼雄先生をライバルだと思っています。人間理解の深さが全く違う。正直、難しいと思っています。でも歯をくいしばってやりたい。絶対に越えたい。戦う価値があるじゃないですか。
すごい方ですが、もしかしたら到達するのではないかと意識しています。
あと僕のスーパーバイザーである平木典子先生。なんとかこの先生にも勝てないものかと挑戦しています。
こうした先生方の真似をするのは価値があると思っているので、挑戦しています。追い越せないかもしれないけれど、それはそれでいい。まともに勝負したいと思っています。
これは生き残るためでもあります。人生でいろいろな経験をしてきました。負けるとみじめなことになってしまうわけです。だからいくつになっても挑戦し続けるしかない、そう思っています。
※参考文献
松下信武(2010)『凡人が一流になる「ねたみ力」 自分を高めるブラックエンジンの活かし方』ソフトバンク クリエイティブ
アンダース・エリクソン、ロバート・プール(2016)『超一流になるのは才能か努力か?』(土方奈美訳)文藝春秋