事業立ち上げの肝。全員合意は必要ない。合意形成の罠に囚われるな
木下 斉
2019/04/05 (金) - 08:00

地域分野における事業立ち上げに関する質問で必ず出てくるのは、「合意形成」に関するものです。つまりある地域の活性化と向き合う上で、反対意見などが噴出する中、どう折り合いをつけてスタートさせたらよいのか、悩んでしまい、結局立ち上げることを断念する方が結構います。なので、“どう反対意見を受けないようにしたらよいか”であったり、“合意形成をうまくやっていくための方法はないか”という質問をよく受けます。

もちろん、地域事業の立ち上げにおいていらぬ衝突は避けたほうがよいですが、地域に変化を与えるインパクトのある事業ほど反対意見が出てくるのは当然でもあります。合意形成への配慮をするとしても、そもそも「合意形成」を何のためにやろうとしているのか、ということを考え直す必要もあります。地域事業において重要なのは言うまでもなく、「事業の成否」です。事業の成否において、必ずしも全員合意であることが必要要件であるか、と言われれば、そうでもありません。反対があるからこそ、その事業が成立した時に地域が抱えてきた構造的課題を突破できることも少なくないからです。

むしろ反対意見もでない凡庸な事業であれば、そもそも別にやる必要さえないこともあるわけです。だから事業立ち上げの時期に合意形成にばかり配慮をしているひとは、事業の成否よりもむしろ、“自分が地域でどう見られているか”を気にしてばかりいるのではないか、自分の姿勢そのものを考え直す必要があります。

事業立ち上げと合意形成の関係で、意識してほしい3つのポイントがあります。

1. 皆が合意したからといって事業は成功しない

まず合意形成された事業が必ず成功するか、と言えば、全くそうではありません。合意形成にばかり時間をかけた割に、事業の成果がいまいち、ということは地方事業には多く見られます。結局合意形成をしているうちに、当たり障りのない事業企画になってしまい、さらに事業を起案した本人のモチベーションも低下してしまいます。

事業に必要なのは、「丸み」よりも「尖り」です。何らかの特化型の市場にフォーカスした事業を立ち上げることが、人手も資金も不足する地方事業においては大切、というケースが多々あります。老若男女全てに向けた事業のほうが多くの人達から賛同を得られますが、全ての人達に向けた事業をまんべんなく提供できるほどの人手も資金もないのが実情です。反対があったとしても、特化型の事業で攻めるマーケティングが大切で、私はそのような特化型事業のことを「ピンホール・マーケティング」と呼んでいます。岩手県紫波町のオガールアリーナはバレーボール練習専用体育館に特化して成果をあげ、北九州空港は近年、一般旅客機ではなくプライベートジェットの受け入れで成果を挙げています。決して万人から支持される事業でなくとも、特化したことによって一部からは大いな支持を集める結果、全国、世界からそこに訪れる人が出てくるわけです。合意はするけれどもサービスを利用しない大多数よりも、明確な顧客となる人の満足を高めたサービスこそが持続可能となり、その地域に新たな富をもたらします。

全員合意よりも尖りを意識した事業で、明確な市場を作り出すことが、事業の立ち上げ期には大切なのです。

2. 反対者に配慮した合意より、顧客への営業を優先しなくてはならない

合意形成ばかりに労力を割くと、実は重要な顧客営業が疎かになることが多々あります。
合意形成とは、簡単に言えば反対者に配慮することであり、それは前向きな賛同者を疎かにすることにも繋がります。前向きな賛同者は顧客になりえますが、後ろ向きな反対者は妥協したとしても顧客になることはほとんどありません。多くの人は反対者が悪い噂を広げると、自分のサービスが立ち上げられなくなるという恐れから合意形成を強く意識することもありますが、それは実は思い込みのことが多くあります。

私も10年前に熊本市で事業を立ち上げる際に、1年ほど勉強会や説明会を行い、いよいよ事業を立ち上げるという時に地元のとある団体から大きな反対を受けました。
しかしながら、私と仲間はビルなどの管理経費の一括契約化事業について、まずはやってみようと決意しました。エリアに点在する中小ビルの極めて非効率だったコストを見直し、その余剰でマーケットやリノベーション事業、また地域のNPOへの支援などを行う構造を作れば、競争力の低い中心市街地の中小ビルも力を取り戻せるかもしれないと考えたからです。合意形成ではなく、まずは地元の仲間と共に信頼関係の強いビルオーナーたちへの営業を最優先し、4名で出資した会社を設立し、45店舗ほどでスタートさせました。やがて段階的に拡大し、100店舗を超えるネットワークに成長しました。その頃には、当初の反対者は影を潜め、むしろ最初から支持していたくらいの姿勢へと変化していったのです。

最初に反対者に配慮して事業スタートをためらったりしていれば、そのまま事業はお蔵入りしていたかもしれません。しかし、初めに成果を出したことで、当初反対していた人たちの見る目も変わったわけです。人の反対といったものは極めて風見鶏なところがあり、成果が出れば、そこに乗っかっていこうという人も増加します。

やる前に合意に時間をかけるよりも、始めてみせた上で合意を増やしていくことが、地域において必要なことだと思います。

3. 100人の合意よりも、1人の覚悟

地域に必要なのは、皆の合意などではなく、1人の覚悟であると私は常々思っています。合意形成が必要だと言っている方の多くは、この覚悟が揺らいでいる人が多く、何が何でもやる、ではなく、皆から歓迎され「ぜひともやってほしい」と言われたら挑戦しようかな、くらいのレベルであることも多くあります。正直なところそのような感覚であれば、事業を立ち上げることはおすすめしません。

地域での事業は、別に誰に頼まれるわけでもなく、自ら気づいた者の責任のもとに立ち上げ、成果が上がれば歓迎され、成果が上がらなければ「ほら見たことか」と足を引っ張られることが多くあります。それでも自分なりに覚悟を決めてやろう、と思う人がやれば良い話だと、私は思っています。

合意形成を言い訳にしているうちは、大してやる動機が無いとさえ思います。以前、本連載でも取り上げた、倉敷市の倉敷紡績などのみならず日本の近代労働科学や社会問題研究にも功績を残した経営者・大原孫三郎は「十人の人間の中、五人が賛成するようなことは、たいてい手おくれだ。七、八人がいいと言ったら、もうやめた方がいい。二、三人ぐらいがいいという間に、仕事はやるべきものだ」という名言を残しています。

地域に本当に必要な事業は、全員反対では困りますが、二、三人くらいが賛成する程度で、他は良くわからないとか、反対だとか言われているうちにさっさとやってしまうことが大切なのだと思います。下手に説明に説明を繰り返し、妥協に妥協を重ねていけば、合意こそできるかもしれませんが、すでに手遅れ、時代遅れな取り組みになっており、そもそもその地域に必要のない事業になってしまっているでしょう。

“合意形成こそ正義”くらいの話が出てきがちな地域事業分野ですが、ぜひ合意形成よりも営業を優先し、「やってみせる」ことで賛同の輪が広がっていく。そう信じて覚悟を決めることをおすすめします。

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