政府が推進する「働き方改革」の重要テーマの一つ「長時間労働の是正」。大手広告会社での若手社員過労自殺事件は広く報じられ、本事件以降労働基準監督署は企業の長時間労働是正に対する監督・指導を強化しています。長時間労働の現状および、働き方改革を加速させるために考える必要がある点について取り上げていきます。
長時間労働の現状
日本の労働者は世界的にみても働き過ぎであるといわれています。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、労働者一人当たりの平均総実労働時間は1,783時間(2016年)。1994年には1,910時間ありましたので、大きく減少していることになります。ただし、この数値はパートタイム労働者も含んだ値であることに注意が必要です。フルタイム労働者だけの平均総実労働時間は2,024時間(2016年)。なお1994年は2,036時間でしたので、ほとんど変わっていないことが分かります。つまり、パートタイム労働者が増加したことに伴い労働者全体の労働時間が減少したことに伴うものであると考えられます。
政府は長時間労働対策として年次有給休暇の取得を奨励していますが、2016年の取得率は48.7%となっています。この10年余りほぼ変わらず、海外諸国と比べても低水準のまま推移しています。完全週休二日制の定着や日本の祝日数の増加(世界的にみても日本の祝日数は多い)などの背景は考えられるものの、職場環境として「有休を申請しづらい」という理由も根強く残っていることも忘れてはなりません。
先述の過労自殺事件においても、1ヶ月の時間外労働が約105時間であったと労働基準監督署が労災認定しています。時間外労働時間が月45時間以内であればメンタルヘルス不調など健康障害のリスクは低いですが、長くなるほどリスクが徐々に高まり、健康障害発症前2~6ヶ月間で平均して月80時間超の時間外労働、もしくは月100時間の時間外労働が認められた場合、このリスクが非常に高くなるとされています。いわゆる「過労死ライン」も月80時間とされています。
日本の自殺者数は交通事故死のおよそ6倍もの多さで、20代・30代の死因第1位は「不慮の事故」「がん」を抑え「自殺」となっています。自殺の死因は様々ではあるものの、特に働き盛りの年代での自殺に関しては仕事に起因するストレスや過労が主原因となっているケースが少なくない点も見逃せません。
人口減少時代に求められる生産性向上
国を挙げて働き方改革を推し進める理由には、日本の人口減少に伴う労働力人口の減少も挙げられます。日本は世界に例を見ないスピードで少子高齢化が進み、全人口に占める15歳~64歳までの労働力人口が1992年をピークに減少の一途をたどっている現状があります。それゆえ、ワークライフバランスを実現できる環境を整え、これまで出産・育児等で労働市場から離れていた女性なども働きやすくするための取り組みが進められつつあるわけですが、並行して企業に求められるのは「生産性向上」だといえます。
一般的に時間外労働が多い業界とされるIT。ソフトウェア・ハードウェア開発を行うSCSK社では、2009年より時間外労働の多い部署を対象に各人の作業量の平準化、業務の優先順位付けを実施、対象部署の半数が時間外労働半減を達成したといいます。その結果を踏まえ全社的に成果を共有し、現在では平均月18時間程度の時間外労働時間にまで減少することに成功しています。
このように、「生産性向上に取り組んだ結果として時間外労働の短縮がなされる」ことが理想です。時間外労働短縮ありきでは、既存業務量を維持するために自宅への仕事持ち帰り、新たな人員確保など、根本解決には至らない可能性が高いからです。
効率的に働くために必要な「アソビ」
「生産性向上」が課題となると、如何に効率的に働くかということが求められてきます。ただし、あまりに効率性ばかり追求すると「ゆとり・余裕」がなくなる懸念もあります。
一般の自動車のハンドルには「アソビ」があることをご存知でしょうか。ハンドルを少し操作したくらいでは、タイヤの角度が変わらないように設計されています。これを「アソビ」と呼んでいますが、これがないと道路のちょっとした凹凸でもタイヤが動いてしまうなど運転がしづらくなるのです(なお、「一般の」と書いたのには訳があり、一瞬を争うF1などの高速走行を担うレーシングカーにはこのアソビはないのだそうです)。
働き方改革が各職場で加速していくには、制度の見直しや業務平準化のための棚卸などを適切に行い、正しく運用していくことが必要です。職場全体に浸透するまでには時間がそれなりにかかるでしょう。働き方改革を行うことが目的になってしまう方がいらっしゃいますが、「ワークライフバランス」を実現し、心身ともに幸せに生きることを考えたいものです。そのためには、一見無駄に思えるような“気晴らし”などのアソビ要素を取り入れることも合わせて実践して頂きたいと願います。
(この記事は、2017年10月6日に公開されたものを再掲しています。)