全国各地で東京一極集中ではなく、地方に分散してもらおうという趣旨で移住定住促進事業が展開されてから長い月日が経ちました。
しかしながら、東京都の人口は高度経済成長に大幅に伸び、1970年代から横ばいを続けたものの、1990年以降は再び増加傾向へと戻り、2019年1月1日現在、約1,385万となっています。前年から10万人増加し、人口増加は23年続いています。実に日本の総人口の一割が東京都ということになります。
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/01/29/25.html
この他でも地方で人口が維持、増加傾向にあるのは、札幌、仙台、福岡などの各経済圏の中心都市でもあります。周囲の人口を集めて成長するこれらの都市もまた、東京に人口はシフトしています。中小都市から、地方経済圏中心都市に人は移動し、さらに東京へと移動していくという構造となっています。
このような中で、人が移動するファクターとして言えるのは「仕事」と「教育」と「生活サービス」の3つです。まず、人が移動する大きな原因は、就職と進学です。仕事と教育の選択肢があり、よりよい条件が設定されているところに人は集まります。今の日本経済の中心はサービス産業です。サービス産業は基本的には人が集まり、消費するところに発生するので、人口集積の高い大都市に仕事が偏るのは自然でもあります。一方で教育もサービス産業の一部ですから、当然ながら「通える人」が集まる都市部に集積するわけです。生活サービスにおいても医療などの公的サービスから娯楽などといったものまで、これまた人口集積が高いところで成立します。
この前提に立つと地方都市ではもう無理なのでは、と思いがちですが、そうでもありません。例えば、近年の急成長産業である観光産業はサービス産業ですが、自然環境や歴史資産などを“稼ぎ”に変えられる分野でもあり、地方こそ成長立地となっています。平成30年、北海道ニセコエリアの中心である倶知安町が全国トップの商業地価上昇を記録し、沖縄などでも地価が上昇しています。
さらに、教育分野でも特色ある大学は広域から人を集め、成果を挙げています。象徴的なのは大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学です。今では総学生数5,830を数える規模となり、別府市にとっては多国籍の若者たちが集まる大きな求心力となっています。別府では様々な場面でアジア太平洋の学生さんと出会う機会があり、まちの様々なお店でもバイトしている学生に出会ったりします。
とはいえ、既に日本の人口減少は一気に進む推計が出ており、人口が減らないようにどうするか、ではなく、減っても対応できる地域をどう作るか、が主たるテーマになっています。その意味では、地域おこし協力隊を含めた移住定住政策だけでは焼け石に水となるのは当然で、むしろ地域側の自治体経営、地元企業経営、はたまた地域の暮らし方含めた根本的な変化が求められます。
副業兼業によって変わる地方企業
地方企業の多くは、人材が集まらないという課題を抱えています。生産年齢人口が減少するわけですから、当然今までのような雇用モデルを続けることは不可能です。雇用モデルを変えるためには、今までの事業を変えなくてはならないわけですが、そう簡単にもいかない。
そのような中、副業兼業の拡大と地方企業の対応に新たな動きが生まれています。
昨年、熱海市の地元企業などが兼業副業限定のプロ人材募集を行い、多くの応募者を集めました。これらは地元観光ホテル経営の会社、ガス会社などでもあり、通常であれば一般的な従業員雇用しか行ってきませんでした。経産省とビズリーチと、熱海市内の人材コンサルタントがサポートする形で、これらの企業に新規事業であったり、所有資産活用に関するプロ人材を募集したところ、各社40名?100名近くの応募があり、既に契約を経てプロ人材が働いています。
プロ人材は自らのスキルや人脈を駆使して、既存社員と共に事業開発を進めているとのことですが、以前からの社員のモチベーションも高いといいます。従来ではなかったようなルートで仕事を営業できたりすることに、地方にいながらも、地元だけではない仕事の展開を作り出せることに刺激を受けているわけです。
いきなり全社員の雇用モデルを変化させることは難しいのは現実で、企画力などを要求しなかった職場で新規事業開発などを既存社員に求めても形になるのには相当に困難を極めます。その時に、地元以外のプロ人材を副業兼業形式で雇用し、社員と共にプロジェクトを進めて新たな事業を作る。新たな事業ができれば、今までとは異なる雇用モデルを採用することもできるようになっていく、ということが期待されます。
複数地域居住というライフスタイル
ある地域に住み、働くというライフスタイルも変化を始めています。従来の“住み、働く”というのが1つの地域のまま人口減少になれば、空き家や空き地などが増加していくのは当然です。しかしながら、一人の人間や一つの世帯が複数の地域に住み、仕事をするというライフスタイルを持ち始めると、物事は大きく変わっていきます。 例えば、昨年ADDressというサービスが発表されて話題になっています。月4万から全国各地の家を住んで回れるというサービスですが、既に定員を超える応募があり、入居待ちの状態となっています。
https://address.love/
かつて世界に先駆けた産業革命が起こり、急速な経済発展を遂げたイギリス。その中心エリアであるマンチェスターやリバプールにおいては、発展の後に急激な衰退期を迎え、戦争を挟んだこともあり、リバプールでは人口が1/3にまで減少したという浮き沈みを経験しました。結果として膨大な空き家や空き倉庫などが誕生して、荒廃していた時期もあるものの、今ではセカンドハウスを多くの世帯が持ち、週末などは郊外で過ごす人が多くいます。さらに空き倉庫などはリノベーションされて、ホテルやクラブなどに活用されているものも多くあり、これらが今伸びている観光産業で生かされているのも興味深いです。
“時代は繰り返す”ではないですが、工業化の後には必ず国際競争で別の工業国が出てくる。その時に成熟期を迎えた国や地域は、従来の工業化時代とは異なるライフスタイルや産業構造へと変化しなくてはなりません。この成熟痛のようなものを時に人は嫌がりますが、それを超えたときには、また異なる地域の形があると言えます。
共有人口の時代
今の時代、このような変化は従来より急速に進んでいくと思っています。というのは、インターネットの存在が大きいからです。先の熱海での副業人材募集も、ADDressのようなサービスも、インターネットなしにはマッチングは不可能です。ネット通信制高校であるN高校の生徒たちに向けて地方プロジェクトに関わるプログラムを今年の夏からスタートさせますが、既に同校は1万人以上の生徒が全国各地で学んでいます。通信制高校は昔からありますが、インターネットがあるからこそ複数地域にまたがる生徒たちが日常的にやりとりができ、さらに全国に散って住んだり、様々な地域で実習を行うことが可能なわけです。
様々なプラットフォームが、安く、早く立ち上げられる時代だからこそ、一人の人口が複数の地域で共有化される時代が出てきていると思います。仕事、教育、生活サービスというもので人が集まる一方で、都市に生活しながらも、他の地域で仕事をしたり、教育を受けたり、生活サービスを受けるということも選択可能になっていくでしょう。
共有人口の時代をどう生き抜くか、地域も個人も新たな価値観が求められています。