「ななつ星」に代表されるように富裕層に人気の豪華な観光列車がある一方、多くの地方の鉄道は体力も限られていることから身の丈に合った予算とアイデアで勝負する「観光列車」になりますが、人気を呼んでいる列車も数少なくありません。今回は、インバウンドも見据えて地方の鉄道の現状と課題から観光振興について考えてみたいと思います。
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地方の鉄道による地域振興と観光振興(前編)/地域活性機構リレーコラム
年々増え続ける「観光列車」は現在、全国で120車種以上
「観光列車」として大きな話題を呼んだのは、2013年にJR九州が運行開始した九州を周遊する「ななつ星」でした。車内で過ごす時間に大きな付加価値があるほか、豪華な設えや各地の食材を使った料理が注目を集め、地域資源の振興にも大いに貢献しました。新たな魅力を提示した「観光列車」にはJR各社をはじめ私鉄、地域鉄道も参入し、富裕層ばかりでなく、シニアやインバウンドなど潜在ニーズの発掘と観光資源活用による波及効果が期待されています。
■観光列車
沿線地域のテーマに合わせ、内外装を美しく仕上げたラッピング列車や蒸気機関車やトロッコ列車のレトロ列車など意匠を凝らしているほか、地域の味覚を楽しみながら旅行ができるなど、乗ること自体を目的にした列車。
また、2018年9月からJR東日本は訪日外国人旅行者向けのインターネット指定席予約サービスで、新たに13の列車の予約を可能にしました。乗ること自体が目的になるような「のってたのしい列車」は、人気を呼んでいる「リゾートしらかみ」に加え、特に希望の多い「SL」や酒をコンセプトとした列車など、訪日前に指定席の予約を可能とすることで、気軽に鉄道旅行を楽しんでもらうと同時に、利便性向上とサービス拡大に取り組むことを目的としています。
「ななつ星」のような豪華な列車から訪日外国人旅行者も楽しめるような列車、ラッピングを施した列車まで、現在、国内では120車種以上の「観光列車」が存在しているといわれますが、阪急交通社が旅行サイトでの観光列車名の検索数を基に発表した「観光列車」の2018年の年間ランキングのベスト10は、以下の通りでした。全国的に「観光列車」は増え続け、さまざまな地域へと広がりをみせ、多くの人が列車に乗ること自体を目的に楽しんでいます。
(資料:阪急交通社資料を基に筆者作成)
上記の表のように人気のある「観光列車」はJRや大手私鉄が大半を占めています。現在、中小民鉄49社、第三セクター47社の計96社の地域鉄道事業者の7割以上は経常収支が赤字で苦しんでおり、今後の急激な人口減少の下で地域公共交通をめぐる環境はますます厳しいものとなることが想定されています。一口に「観光列車」といっても内外装や設備などにあまりお金をかけることもできませんし、地域の食材なり観光資源をどう生かすかという課題も抱えています。
インバウンド取り込みへ地域鉄道は「観光列車」を運行
さて、観光庁では2018年に3,119万人に達した訪日外国人旅行者の地方鉄道促進に向け、地域鉄道を軸に沿線地域を含めた観光コンテンツを整備するといいます。リピーター化が進んでいたり、地方都市への旅行ニーズも高まっていることから地域鉄道の沿線地域に残る豊かな自然環境や伝統、文化など訪日外国人旅行者に魅力的な観光素材が揃っており、地域外からの誘客が喫緊の課題となっている地域鉄道の経営改善に向けた重要な施策ともいえます。
観光庁の資料では、「地域外からのアクセスや沿線の観光資源」に恵まれ、すでに「訪日外国人客乗車数」も多いという①のポジションに位置することが理想的と考えられていますが、「地域外からのアクセスや沿線の観光資源」という外部環境は、地方鉄道事業者だけでは改善・解決が難しい問題ですので、まずは地域鉄道事業者の努力により改善していける「外国人客乗車数」の増加が当面の取り組み目標とされています。
(資料:国土交通省資料より)
そして、下表のように「観光列車」には「空間」、「食事」、「景観」、「物販」、「体験」など5つの構成要素があります。特に列車に乗ること自体を楽しむという面からも外装のみならず内装など設えを凝らした車両は重要です。列車自体が魅力的に捉えられるためには、これらの要素のひとつが欠けても成立しないといえますし、長時間にわたって景観や食事を楽しみながら乗車する上では、居心地の良さや快適性は訪日外国人旅行者にとっても重要でしょう。
(資料:筆者作成)
既に地域鉄道のうち7割ほどが「観光列車」として沿線域外からの誘客に取り組んでいます。赤字路線の中でも乗車率アップにつながる例も少なくありませんし、こうした人気を支えているのは観光客の満足度を追求したサービスであり、地域の協力体制といえます。非日常的な列車での観光体験や近代化遺産等文化資源としても価値が高い地域鉄道の「観光列車」は、鉄道マニアのみならず、国内外の観光客にとっても十分に魅力的といえます。
(資料:筆者作成)
上記の表のように北海道、京都府、鳥取県、熊本県(鹿児島県)など第三セクターによる地域鉄道でも「観光列車」が続々と導入されています。従来は地域住民の生活路線でしたが、意匠を凝らした車内で沿線の景観や食事を楽しむ、観光振興の面でも重要な役割を果たしています。とりわけ厳しい状況にあるなか、鉄道を通じた地域の魅力の発信により観光誘客を図って、主体的に鉄道の維持や活性化に向けた取り組みを促進しています。
金沢駅構内にも三セクの「のと里山里海号」ポスターを掲示(金沢市)
生き残りへ観光列車の運行、地域・観光資源の活用
2016年の訪日外国人旅行者の鉄道消費額は推計で1,578億円といわれ、訪日客の増加に伴い鉄道消費額の拡大は続くと予想されています。昨今のリピーターの増加に伴いインバウンドの訪問地は都市部から地方部へと拡大しており、2017年の地方部における外国人延べ宿泊者数は2012年比の3.7倍まで成長しているほか。消費スタイルも「モノ消費」から旅先ならではの体験を求める「コト消費」へシフト。旅行体験をSNSでシェアする旅行者も増加しています。
インバウンド誘客は、地域鉄道沿線の消費拡大につながるだけでなく、地域鉄道の輸送人員の減少に歯止めをかけ、地域の形成・発展や観光振興に寄与する等、地域の活性化に極めて大きく貢献することが期待されています。地域が一体となって誘客へサービス向上を通して、観光を切り口として、鉄道が地域の観光資源を結んで走ることにより観光振興の役割を果たすとともに「鉄道自らが観光資源」となり、観光客の取り込みを図るなどの取り組みも有効です。
また、地域鉄道自体が観光対象となることにより、乗車目的で訪れた観光客が地域の商店街や観光施設を利用するなど、地域経済の循環や観光振興にも貢献する例が増えてきています。例えば、富山市においてはLRTネットワークの形成などにより、回遊性と利便性を向上させていますが、路面電車の観光資源化を目指して2014年より水戸岡鋭治さんデザインの木材を使用した安らぎや温かみのある室内空間をコンセプトにしたレトロ電車も登場しています。
水戸岡鋭治氏デザインの安らぎや温かみのある路面電車(富山市)
多くの地域鉄道では人口減少の影響などで乗客減少が避けられず、国内外の観光客を取り込もうとするのは自然な流れといえます。恵まれた地域鉄道沿線の自然環境や日本の原風景を彷彿とさせる農山漁村、その土地の素材や料理、伝統的な祭事など体験型観光のコンテンツとなり得る地域ならではの観光資源も存在しています。地域の資源や魅力を掘り起こし、発信してにぎわいを創出し、路線の維持・運営、存続していく上でも「観光列車」が期待されています。