厚生労働省により2040年までに「健康寿命」を2016年と比べ3年以上延伸する目標が掲げられていますが、生活習慣を見直す一つのきっかけとして旅を楽しみながら健康になる新しいスタイルの旅行「ヘルスツーリズム」が話題となっています。観光誘客に苦戦する地方にとっては新たな集客策として期待もされていますが、今回は「ヘルスツーリズム」の現状などから健康寿命と地域の活性化について考えてみたいと思います。
旅を楽しみながら健康になる新しいスタイルの旅行
「人生100年時代」を見据えて健康志向が加速していますが、厚生労働省の2017年の統計によれば、日本人の「平均寿命」は全国平均で、男性が81.09歳、女性が87.26歳でした。対して、「健康寿命」は3年に1回の調査のため2016年のデータでみると、男性が72.14歳、女性は74.79歳で、平均寿命との健康寿命の差は男性が8,84年、女性が12,35年で、二つの寿命の差を今後、どう短くしていくかが課題になっているともいわれています。
※健康寿命=「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」
(資料:厚生労働省資料を基に筆者作成)※「健康寿命」調査は3年に1回実施
そうした課題をも克服する一つとして注目されているのが、地域固有の資源を新たに活用し、体験型・交流型の要素を取り入れたニューツーリズムです。活用する観光資源に応じて、エコツーリズム、グリーンツーリズム、ヘルスツーリズムなどに分かれますが、旅を楽しみながら健康になったり、地域の資源を活かしやすく、かつ多様化する旅行者のニーズに即した観光を提供するものとしてヘルスツーリズムが地域活性化につながると期待されています。
■ヘルスツーリズム(観光立国推進基本計画・2007年6月29日閣議決定)
自然豊かな地域を訪れ、そこにある自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒され、健康を回復・増進・保持する新しい観光形態であり、医療に近いものからレジャーに近いものまで様々なものが含まれる。
ヘルスツーリズムは温泉や森林、食など地域資源を活用した健康維持、増進につながる観光、旅行のことであり、経済産業省では、「医療費削減」、「新たな市場創出」、「雇用の拡大」による経済成長で一石三鳥の効果ができる分野として期待し、「健康寿命延伸産業」を2020年までに現在の4兆円の市場規模から10兆円に伸ばす目標を掲げています。ヘルスツーリズムを体験することで健康増進へのきっかけを生みだし、健康寿命の延伸にもつながります。
日本に先駆けて海外で普及が進んだヘルスツーリズムですが、欧米では自然豊かな温泉街や景勝地を単なる観光地ではなく療養地として認定しているといわれています。世界に広がるヘルスツーリズムの市場規模については、健康に関する調査を行う非営利団体「Global Wellness Institute」によれば、2015年に世界でヘルスツーリズムの旅行者数は6億9000万人で、2016年の世界市場は約55兆円でしたが、2020年には約85兆円に成長すると予測されています。
全国で36プログラムがヘルスツーリズム認証受ける
2017年4月に経済産業省の「アクションプラン2017」が実施され、人々の健康を維持、増進させるための「ヘルスケア産業」についての話し合いが行われましたが、ヘルスケア産業の中でも主要なのがヘルスツーリズムです。自然豊かな環境で体験プログラムに参加して心と身体をリラックスさせ、生活習慣を見直すきっかけとなる旅行は、全国各地で展開されるとともに、その裾野も広がりを見せています。
そうした普及を背景に経済産業省が第三者機関による明確な定義づけを進め、NPO法人「日本ヘルスツーリズム振興機構」の中に委員会を設け、2018年からヘルスツーリズムの品質を見える化する「ヘルスツーリズム認証制度」が始まりました。同省の「健康寿命延伸産業創出事業」の一環であり、安全性への配慮や健康への気づきがあるなどを要件とし、第1期から始まり、第2期、第3期と36プログラム(2019年7月現在)が認証されています。
(資料:ヘルスツーリズム認証委員会の資料を基に筆者作成)
ウォーキングやトレッキングなどのアクティビティに地産地消のヘルシーフード、自然の治癒力に着目し、生活習慣病の予防など健康をテーマに旅するヘルスツーリズムの認証プログラムは各地で生まれていますが、特にわが国で古くから各地にある「温泉」は、日本ならではの健康をテーマとした観光として、国内の旅行者ばかりでなく、訪日外国人旅行者にもアピールできる「健康長寿」のブランドとして需要の取り込みが期待されます。
ヘルスツーリズム認証委員会では、プログラム内容および提供する事業者の取組体制において、「安心・安全への配慮」、「楽しみ・喜びといった情緒的価値の提供」「健康への気づきの促進」という3つの柱からヘルスケアサービスを評価・認証し、利用者がその品質を一目で分かるよう「見える化」しています。ヘルスツーリズム認証によってプログラムが選びやすく、国内外の消費者が安心して利用できる環境が整備されることになります。
観光資源少ない地方でも産業振興や地域経済活性化へ
次世代ヘルスケア産業協議会の「アクションプラン2019」が4月に公表されましたが、地域関係者が連携したヘルスツーリズムの創出・活用促進としては、地域資源やスポーツを活用したヘルスツーリズムに関わる受け入れ環境整備やマーケティング調査、プロモーション活動、実施地域の拡大等に積極的に取り組む団体に対する支援を実施するといいます。
(資料:経済産業省「アクションプラン2019」より筆者作成)
また、「アクションプラン2018」に新たに加わったのは、温泉と地域資源が連携した現代のライフスタイルにあった温泉地の活用促進です。温泉入浴に加えて、周辺の自然、歴史、文化、食などを活かした多様なプログラムを楽しみ、地域の人や他の訪問者とふれあい、心身ともに元気になる「新・湯治」を地域版協議会等を通じて普及・啓発を行い、温泉地でのヘルスツーリズムを促進させるといいます。
ヘルスツーリズムは宿泊や観光をベースに体験プログラムなどもあることから、滞在時間が長くなるために地域内でさまざまな消費・波及効果が見込まれます。飲食においても食材を提供する地域の農業や漁業などの振興、地場産業の再生にもつながります。さらに、農・食や観光などの地域資源と健康を組み合わせた新サービスの創出も期待されますし、新たな雇用の創出にもつながるでしょう。
ヘルスツーリズムは、各地の自然、環境などの特徴に応じてさまざまな種類のプログラムが考えられ、それに伴い関連施設の建設や整備も違ってきますが、これから新たに参入を図る地域においては、投資リスクが少ない事業から考え、取り組んでいくことが望まれますし、特に観光資源が少なく、観光誘客に苦労している地域では、地域が一体となってコンセプト作りを行うとともに推進体制を整備する必要があるでしょう。
2025年にはヘルスケア産業(公的保険外サービス)が約33兆円になると予想される市場規模の中で、ヘルスツーリズムは約10%の3.2兆円といわれています。最近では、従業員の健康を重視する企業が健康促進や生産性向上のためにヘルスツーリズムに社員を参加させる例も増えているといいます。次回の後編(8月23日掲載予定)では、各地の具体的な事例を交えてインバウンドも含め各地域の受け入れや取り組み、今後の可能性などについて触れていきます。