先月、トラストバンクがまとめた「地方暮らしに関するアンケート」によると、都市と地方を行き来する「二地域居住」の希望者が4割強と「移住・定住」の3割を上回ったほか、「ワーケーション」を希望する人も4分の1を占めるなど地方への関心が高まるなか、地方暮らしのニーズは多様化していることが分かりました。この連載では半年間にわたり12の中核都市について「移住と暮らし」という視点からさまざまな都市の実態をお伝えしていますので、地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。8回目は富山県の「富山市」です。
都市の利便性と自然の豊かさ両立する暮らしやすい街
首都圏でコロナウイルス感染が再び拡大するなか、富山市では市民を対象に市内の宿泊施設の料金を割り引く「富山市に泊まってエンジョイキャンペーン」を始めています。抽選で1万5千円のクーポン券を2000枚、1万円のクーポンを1500枚用意するもので、7月4日~15日までウエブ或いは郵送で受け付けましたが、定員の4倍近くの1万3609件の応募があったといいます。クーポンは8月1日~10月31日まで有効で、キャンペーンへの参加申し込みのあった宿泊施設(民泊などを除く)が対象になります。
さて、第8回で取り上げる富山市を抱えた富山県は、ふるさと回帰支援センターの「移住希望地ランキング」で2018年の8位から2019年には18位へと順位を下げていますが、一方で、森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として72都市を対象にした「日本の都市特性評価」によれば、富山市は総合ランクで26位なものの、特に生活・居住(居住環境)では堂々の1位、(生活の余裕度)は7位。環境面において10位と高い評価を得ています。
富山県のほぼ中央に位置し、富山湾から立山連峰にいたるまで多様な地形を誇る、自然豊かな富山市は人口約41万人の県庁所在地。「くすりのまち」で知られるように伝統的に製薬業が盛んですが、近年は環境やバイオ、IT等の産業の成長に著しいものがあります。同市ではさまざまな都市機能が公共交通沿線に充実・集積した「コンパクトなまちづくり」を推進し、中心市街地の活性化にも取り組んでいることから世界の先進5都市のひとつにも認められています。
富山県は日本海側気候の影響を受けて冬は雪が多く、夏は高温多湿と、四季の変化がはっきりと感じられますが、富山市では平野部は積雪量も比較的少な目です。降水量が多く、日照時間が少なく、湿度が高い特性があり、日射量の年平均値は 12.1MJ/㎡ ・日であるほか、日照時間の年間合計値は 1,612,1時間で、他の主要都市と比べても短くなっています。1981年から2010年までの平均気温は下表のように14.1度で、2019年は15.2度と上昇しています。
(資料:気象庁資料を基に筆者作成)
富山駅から車で20分ほどの距離にある富山空港から東京までは飛行機で約70分。東京まで新幹線で約2時間と首都圏へのアクセスも至便です。富山ライトレールや市内電車など多彩な路面電車のほか、JR、あいの風とやま鉄道といった鉄軌道7路線や路線バスも運行しています。富山県は一世帯当たりの自動車保有台数が全国2位ですが、富山市では自動車に依存せずに暮らせるまちづくりを進めており、電車やバスの本数を増やす取り組みも行っています。
(資料:国土交通省調査より筆者作成)
(資料:富山市統計書より筆者作成)
同市は利用者の減少が続いていたJR富山港線に公設民営の考え方を導入し、日本初の本格的なLRTシステムに蘇らせ、2006年に富山ライトレールが開業しました。利用者が大幅に増加するなか、中心市街地活性化と都心地区の回遊性の強化のため市内電車の軌道を新設して環状運行していましたが、今年3月にJR富山駅を挟んで路面電車が南北接続され、公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくりにおける大きな到達点を迎えました。
2020年3月に路面電車の南北接続により全長約15kmのLRTネットワークを形成
(資料・富山市資料より筆者作成)
コンパクトシティ戦略により持続可能な付加価値創造都市へ
3月に国土交通省から発表された富山県の公示地価について、全用途の平均変動率は0.1%下がって28年連続の下落となりましたが、住宅地、商業地ともに富山市が平均価格を下支えしました。特に同市の住宅地は6年連続の上昇となるなど徒歩圏内に最寄り駅や商業施設があるエリアなどを中心に上昇地点が増えていますが、ファミリー層にも人気の商業施設「ファボーレ」周辺の住宅地は、特に上昇を見せているようです。
2015年の北陸新幹線開業を契機に富山駅周辺整備事業が始まりましたが、ホテル開発が相次ぐ同駅周辺や環状線沿線を中心に商業地が上昇しました。都心地区には全天候型の多目的広場「グランドプラザ」が整備され、「総曲輪フェリオ」などのショッピングセンターがあり、魅力ある都心ライフを楽しめる中心市街地を形成し、まちなか居住を推進していますが、2019年には438人の転入超過となっています。
(資料:国土交通省資料より筆者作成) ※カッコ内は前年実績
また、富山市の事業所数は約2万、従業員数は約22万人ですが、従業者数では全国の市町村ランキングで28位、日本海側では新潟市、金沢市に次いで3番目です。2016年の主要産業の従業者比率では、「卸売業・小売業」(19.1%)が最も多く、「製造業」(19.0%)が続いていますが、製造業は化学(医薬品等)、機械部品等を中心に成長しており、北陸の他の都市と比べ、「ものづくり都市」としての性格がいまだに健在といえるでしょう。
(資料:「平成28年経済センサス」より筆者作成)
「人・まち・自然が調和する活力都市とやま」の実現を目指す富山市では、令和2年度は総合計画の「すべての人が輝き安心して暮らせるまち」「安心・安全で持続性のある魅力的なまち」「人が集い活気にあふれ希望に満ちたまち」「共生社会を実現し誇りを大切にする協働のまち」という「4つのまちづくりの目標」に沿って下表のような事業に優先的に取り組んでいくとしています。
(資料:「令和2年度富山市の重点事業」を基に筆者作成)
また、富山市はSDGsの理念と軌を一にする「環境未来都市」や「環境モデル都市」として先行的な取り組みを進めてきていますが、2018年には「SDGs未来都市」及び「自治体SDGsモデル事業」に選定されました。今後、人口維持と地域活性化のために求められるさまざまな社会課題に即応し、産学民をはじめとする多様なステークホルダーの連携を図ることにより「持続可能な付加価値創造都市」の実現を目指すとしています。
ハイレベルな医療と教育環境備えた子育てに優しい街
定住人口を増やすため、まちなか居住推進事業を推進する富山市では、住宅の建設や購入の助成のほか、賃貸物件の家賃助成も行っています。移住については県の移住・定住促進サイト「くらしたい国、富山」で情報や手続きが紹介されているほか、富山くらし・しごと支援センターではオンラインで移住相談を受け入れています。また、富山市のシティプロモーションプロジェクト「富山市立探偵ペロリッチ」のサイトには就活全力応援サイトも設けられています。
(資料:総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」を基に筆者作成)
市内14カ所で実施している「地域子育て支援拠点事業(子育て支援センター)」では、子育て親子の交流促進や子育て等に関するサークル活動、講座・セミナー等を行うほか、乳幼児から中学生までの子育ての相談に対応しています。また、スマートフォン向けの「富山市母子健康手帳アプリ『育さぽとやま』」には、市の育児支援制度やイベントの案内、母子健康手帳の記録管理、動画による育児アドバイスといったコンテンツ掲載があります。
(資料:「くらしたい国、富山」より筆者作成)
富山県は、育児をしている女性の有業率が78.7%で全国5位(2017年)、正規雇用率が高いこともあり、女性が仕事をしやすい環境が整っていますが、就業や起業、キャリアアップに関する相談は「富山県民共生センター サンフォルテ」で行っています。県と同様に富山市の保育所の待機児童数は下表のように0が続いています。また、子育て中の仕事探しはハローワーク富山のマザーズコーナーで、子どもを連れたまま仕事の検索や就労相談を行うことができます。
(資料:厚生労働省資料より筆者作成)
富山県は伝統的に医療に力を入れており、すぐれた救急医療体制で知られていますが、富山市では休日や夜間、突発的な発症には「富山市・医師会急患センター」が対応しているほか、症状に応じて初期・二次(公的7病院)・三次と各医療機関が役割分担して救急医療体制を整えています。なお、富山県立中央病院に配備されているドクターヘリは、県内全域におおむね11分以内に到着できます。県内の救急情報は「とやま医療情報ガイド」にまとめられています。
野村総合研究所の「成長可能性都市ランキング」によれば、同市は「都市の暮らしやすさ」で堂々の3位でした。街がコンパクトにまとまっており、都市部であっても山や海など自然が身近で、伝統的に医療や商業、教育にも力を入れているほか、子ども医療費助成の拡充や保育所の施設整備・民営化などによる子育て環境が充実しているなど子育て世帯にも喜ばれています。生活の場としての魅力も備えており、暮らしやすく、住みやすい街といえるでしょう。
同市は都市機能の充実や経済活動の活性化を促進していますが、まちなかへのオフィス開設支援、サテライトオフィス開設支援など移住者にも魅力的な事業に取り組んでおり、さらなるにぎわいや雇用創出も期待されています。公共交通を充実させ、自動車に依存せず歩いて暮らせる居心地の良いウォーカブルなまちづくりを進めている富山市は、豊かな人生を志向し、地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。