「移住」という言葉から受ける印象が、少し変わってきた感があります。ピンポイントの定住だけではなく二拠点、週末、季節ごとなど、地方との関わり方のバリエーションが増えました。この場合転職をせず、住む場所を変えていくケースが多くを占めています。withコロナの段階に入った今、したい生活、人生の目標、他者との関係性といったことを考えながら、いろいろなスタイルを見ていきましょう。
「移住」に加わったさまざまな意味
「移住」という文字列を見ると、何か非常に大きなイベントを想像してしまいます。実際、住む土地が変わる、多くの場合仕事も変わるとなると、人生の重大なターニングポイントであると言えるでしょう。しかし、それはそれ。「最新の移住事情」をひもといてみると、さまざまなバリエーションが生まれてきています。他の土地にも拠点をつくったり、季節によって住む土地を変えたり。引っ越しはせずに「地域との関係」を深めていくのも広い意味での移住です。一つのパターンや価値観に縛られず、自由に仕事をして好きなところに住む──こんな考えは、「withコロナ」とは無縁ではありません。巣ごもり、自粛期間やテレワークなどによって、固定観念が少なからず変わったということでしょう。コワーキングスペースでお馴染みの「フリーアドレス」は、生き方においても意味を持ちはじめたのです。
都会と地方に二拠点を構える
住まいを都会に置いたまま、地方にもう一つの拠点をつくる──こんな二拠点生活を送る人たちも増えています。「2つの」という意味から「デュアラー」とも呼ばれ、2015年頃から徐々に浸透してきました。「週末はリゾート地で過ごす」というライフスタイルはずっと以前からありましたが、あくまでも拠点は都会。それに対して、地方の住まいも拠点であると考えるのが、このスタイルです。多くの人は、ウィークデイは都会での会社勤め、週末は地方で別の作業(仕事に限らず)、という生活を送っています。あるいは、場所にとらわれない仕事を持つ人であれば拠点間を好きなときに行ったり来たりする生活も可能です。
都会での拠点は、持ち家だったり賃貸だったりさまざま。地方拠点ももちろんいろいろな形態があるのですが、都会では資金面や敷地面積などの制約があって実現の難しい戸建ての家を、地方で建ててしまった例もあります。ただ、見ていくとネックとなるのはやはり住居に関連する費用。当然、賃貸の場合は2軒分の家賃が発生します。持ち家であっても管理費や固定資産税などの負担があるでしょう。まして家族を伴ってとなれば移動費用も人数分かかります。現在の生活や資金をしっかり把握して、将来にわたるライフプランをシミュレーションしておく必要があります。
週末は田舎の人になる
旧来の週末リゾートスタイルでは、いわゆるリゾート暮らしを楽しむためリゾート地に拠点を構えていました。そして、そこではリゾートスポーツを楽しんだり何もしなかったり、とかく都会人の優雅な休暇を想像してしまいます。しかし二拠点生活では、週末もそれぞれの仕事にいそしむ人が多いのです。例えば地域活性化のための活動、農作業や漁業、週末に営業するカフェやショップ、スポーツ指導者、トレッキングガイド……。都会ではできない別の仕事を持ち、そのために地方拠点を持つ。都会での仕事をテレワークでできるのなら、週のうち何日かを田舎暮らしに充てることも可能です。この場合は週末にこだわる必要もありません。
また、週末リゾートスタイルとの大きな違いは、「地域との関わり」を持つ人も多いこと。拠点として捉えるのであれば、地域コミュニティへ融け込むことはごく自然です。住まいが通常の一軒家であればなおさら。たとえ週のうち数日でも、本格的に移住するのとほぼ変わらない生活を送るとなると、必要なことでもあります。そして、都会の自宅からのアクセスも考慮すべき点です。いくら気に入った土地でも、往復するのに時間や労力がかかりすぎると、それ自体がハードルとなってしまいます。
シーズンごとに行き来する
上の章では週末などに地方へ通う移住について説明しましたが、もう少し長いスパンで都会と地方を行き来する移住の形もあります。サマースポーツ、ウィンタースポーツなど、季節性のある趣味に浸るため、その期間だけ地方住まいする形態です。もちろん、家族を持っている人にとって難易度は高いでしょうし、以前からこのスタイルを実践している若者は存在しました。それでも、完全移住ではない移住と言うことはできます。
一方、ここ数年注目を集め始めているのが「クラインガルテン」。ドイツ語で「小さな庭」という意味ですが、滞在型のロッジが併設された市民農園です。ドイツでは200年の歴史があり、ヨーロッパ各地にも普及しています。借り手はエコロジーへの意識が高く、有機・無農薬栽培を取り入れている農地が多いのも特徴です。日本でも2015年時点で全国におよそ70か所のクラインガルテンが確認されていて、どちらかというと「農園付きの別荘」の色合いが濃いものの、テレワークが可能であれば仕事と農作業を両立させることもできます。農繁期は現地へ長期滞在、オフになったら都会生活に戻るというスタイルを実践することも。自宅との行き来が容易な場所なら、週末生活の拠点となります。
また、将来完全移住を考えている人なら、長期のお試し移住的に使ってみてもよいかもしれません。
毎月違う土地でノマドする
サブスクリプション(定額制)はさまざまなジャンルで普及してきましたが、住まいにもそのサービスが生まれています。注目されているのが「ADDress」というプラットフォーム。光熱費やネット利用料金も含む月額4万円で全国の契約住宅(2020年9月現在で50か所)に住むことができるというもので、フリーランスとして仕事をしている人々の間では知られる存在でした。それがこの新型コロナ下、会社勤めの人をも惹きつけています。新規会員のうち4割が会社員だそうです。これもやはりテレワークが可能となったからに他なりません。ADDressはパートナー1人までなら月額料金は変わらないので、夫婦2人で住むことも容易です。
また、キャンピングカーを仕事場兼住居として活用する動きもあります。PCやプリンター用の電源を備えたり、仕事がしやすいデスクを設置したりといった装備を調え、レンタルであれば長期の場合は割引価格を設定するなど、テレワークユーズを視野に入れたモデルやプランが生まれています。もともと自家用車と違い大容量バッテリーやエアコン、冷蔵庫などを備えているキャンピングカーですから、オフィス代わりになるポテンシャルは充分です。より手軽に利用できる軽自動車ベースのキャンピングカーも人気が盛り上がっているので、選択肢は広がっています。
子どものいる家族だったら夏休みなどの長期の休みを使い、キャンプしながら仕事をこなす「デジタルノマド家族」「ワーケーション」を実現できます。
「ADDress」
https://address.love/
定額制で住み放題のサービス
「Campingcar」
https://camping-car.co.jp/
キャンピングカーのレンタルなど
「Whitehousecamper」
http://www.whitehousecamper.com/tele/
キャンピングカーの販売会社。テレワークにも注力
緩い移住が「関係人口」を創出
この記事では「移住」という言葉に加わった新しい側面について見て来ました。完全な移住、つまり定住ではない関わり方。これを「関係人口」と呼びます。政府が示した地方創生戦略にも記されている言葉です。想いの強さ+関わりの深さを物差しに「交流人口」「定住人口」「関係人口」という3段階に分けます。地域外に住居があるけれど、そこにルーツがあったり滞在経験があったり何度も通ってきていたり、という「関係人口」がこれからの地域づくりの担い手として期待されている、というもの(図参照)。現在この関係人口を創出する事業に、各自治体が独自のやり方で取り組んでいます。2018〜2020年度に採択されたモデル事業は延べ99となります。これを俯瞰すると、「その地域へのファンづくり」が基底に流れている意識です。身近な例だと「ふるさと納税」もその一端を担っているかもしれません。
緩い移住を通じて地域との関係が深まっていけば、定住というフェーズへ進むかもしれない。あるいは周囲の人たちも興味を持ち、やがて交流人口から関係人口へ推移するかもしれない。こう考えると関係人口は、メディアの役割も果たすわけです。たくさんの人たちが「推し地域」として認めてくれれば、さらに広範囲に伝播します。上で挙げたさまざまな移住形態を考えるに当たり、どの地域を候補とするか、それらの事業をチェックしていくとよいでしょう。 図らずも新型コロナウイルスが、地方創生への新たな道筋をつくったと後に言われるかもしれません。
「関係人口ポータルサイト」
https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/
総務省地域力創造グループが推進する関係人口の入口サイト
総務省「関係人口ポータルサイト」より