令和2年度より開始された金融庁の「地域企業経営人材マッチング促進事業」では、2021年10月から地域経済活性化支援機構(REVIC)に整備された大企業人材の情報登録システム「レビキャリ」が本格的に稼働しています。この「レビキャリ」を積極的に活用することで、人材マッチングも含めた地域企業の経営課題の解決支援に取り組むことが期待されています。今回も前回に引き続き金融庁の伊藤豊総括審議官に同事業の課題や今後の展望、そして「レビキャリ」の展開などについてお話しいだだきました。
「レビキャリ」では充実した研修プログラムを提供
―大企業社員が地域でのネクストキャリアを考える際のプログラムも充実されているとお聞きしますが、研修・ワークショップの狙い・特徴などもあればお教えください。
レビキャリにおいて提供する研修・ワークショップは、充実したものになっていると思っていますが、本当に充実しているかという評価は、受講された方が「転職や出向したときに役立った」と言ってくださって、初めて分かります。いろいろなニーズを踏まえてバージョンアップしていきたいと思います。100%マッチングを成功させるのは難しいでしょうが、地域で働くに当たっての予備知識や、マインドセットの転換を後押しすることで、地域に行った方が、できるだけ短期間で環境に適応し、転職先の会社に貢献できるようにすることが両者にとって大事であり、マッチングの成功に結びつきます。
そのため、提供する研修では、地域で活躍していく上で必要な考え方をあらかじめ学ぶ機会を用意しています。経験や知識は大企業で十分に培っているわけですが、行った後にすぐに転職先に適応し、成果を出すことがお互いにとってハッピーです。活躍までのリードタイムを少なくするため、大企業での経験の棚卸しを行い、中小企業の目線からそれらを言語化する研修や、実際に地域へ転身した人から話を聞く、中小企業で実際にインターンとして働いてみる、といったプログラムも用意しています。
―都市部の大企業の人事担当者の方もプログラムを体験できるとお聞きします。
大企業の人事担当者の方にとって、社員に様々な機会を提供することは、非常に大きな課題です。そのためにこの研修プログラムが役立つと思っていますが、人事担当の方が、社員に紹介する際に、どんな研修か知らなければ、社内で勧めるのも難しいと思いましたので、人事担当の方にも受けていただけるようにしています。
―年収ギャップを一部解消するための給付金制度、その概要と制度の狙いをお教えください。
マッチングは、最終的にはお金の問題ではなく、仕事のやりがいが重要になってくると思います。転職先の企業の社長さんとケミストリーが合って、プロジェクトや仕事にやりがいを感じられなければ、いくら高い報酬をもらっていたとしても、嫌になると思います。今回用意している給付金は、この事業を通じて人材を採用された企業に支払われるものです。入口の段階での年収ギャップを完全に埋めることは難しいですが、少しでもギャップが小さいほうがマッチングは進むと考え、用意しました。
足もとでは、制度を拡充し、常勤での転職だけでなく、出向や兼業・副業などでも給付金が支給されるようになっていますし、常勤の場合は年収の3割を2年分、採用した中堅・中小企業に補助しています。現給保障ではないので、どうしても年収がダウンしてしまう場合もあるでしょうが、なるべくこの差を埋めたいと思います。
―都市部で働く大企業の方にとってみれば弾みがつく制度かと思います。
大企業の方と話をしていて興味を持っていただくのは、ミドル層の社員の地域企業への出向です。これを私は「武者修行出向」と呼んでいます。大企業では、いかに社員にマネジメント経験を提供していくか、という課題を抱えています。多くの大企業では、社員を子会社に出したり、外国の企業に出向させたり、関連会社で社長をやらせたり、多種多様な取り組みを行っています。
私からは、中小企業に2、3年出向し、現場で社長とともに一緒に経営課題を乗り越えていく中で、成長機会を得られるのではないかとおすすめしています。私たちの取り組みでは、地域金融機関が人材のマッチングを仲介することになります。これまで取引のなかった会社へ出向者が行くということで、本人にとってはチャレンジングな経験になるのではないかと話しています。現時点では、このようなマーケットは小さく、これからの取り組みではありますが、うまくマッチングできれば面白いと思っています。たとえば、30代のうちに中小企業で働いた経験があるような方は、その後の人生の選択肢も増えると思いますので、こうした取り組みを後押ししたいと思います。
地域企業、地域金融機関、大企業、人材の4者に課題も
―既に事業として1年目の終わりを迎えようとされていますが、その中で見えてきた兆しや課題、現時点でどのような振り返りがされているかについてお聞きします。
人材を採用する中堅・中小企業、仲介役の地域金融機関、人材を送り出す大企業、実際に地域企業に行く人材、この4者には、まだまだ多くの課題があると思います。
中堅・中小企業には、必ずしも外部人材を受け入れる体制や経験・ノウハウがない場合があります。また、外部人材を活用するとなれば、社長さんには、その人材とともに、どのようにビジネスを進めていくかというビジョンがなくてはなりません。外部人材の活用は、ビジネス拡大のチャンスとなるでしょうが、社長さんや経営陣が、うまく外部人材を活用できる体制を整備することが重要です。
もう一つは、地域企業への就職や転職に対する社会的認知の問題があります。大企業にお勤めの方の周りでも、中小企業へ転職した例はそれほど多くはないでしょう。イメージがつきにくいために、転職をためらってしまうということは大いにあると思うので、この取り組みを通じて、情報の発信やモデルケースの積み上げを進めていきたいと思います。
また、送り出す側の大企業のスタンスも、会社によって様々です。たとえば、従業員のセカンドキャリア支援への関与の度合いは、企業によって大きく異なります。日本の大企業は定年まで、もしくは定年後まで会社にいることを前提に、教育システムや福利厚生などが用意されています。会社が社員に外部での活躍の場を提供することについても、必要性は認識されてはいるものの、実施に踏み切れていない会社も多いようです。こうした会社で働く方は、周囲に転職した方が少ないため、どうしても会社を離れることに抵抗感があるでしょう。
地域金融機関は、先ほどお話したように素晴らしいポテンシャルを持っていると思います。しかし人材ビジネスは、銀行業とは異なるので、外からノウハウを取り入れることも必要です。人材ビジネスを積極的に行う地域金融機関では、人材紹介会社に行員を出向させて勉強させたり、大手の人材紹介会社の方に来てもらい、ノウハウを吸収したりしています。
一方で、地域金融機関の中には、「社長さんが人材を欲しいと言っている」と提携先の人材紹介会社に伝えて、あとは関与しないというところもあります。これは金融機関にノウハウがないという場合もありますし、責任を持って紹介した人がもし企業に受け入れられなかったらどうするのか、レピュテーションリスクがあるのではないか、と考える金融機関もいらっしゃいます。
しかし、地域金融機関は社長さんに直接会えるという、他の人材紹介会社にない強みを持っていると思います。様々な経営課題について、社長さんと議論を重ねた上で、外部人材が必要ですと提案できるのが、理想的な地域金融機関の姿でしょう。こうした提案を行う体制を整えるのは大変でしょうが、地域企業の生産性向上や地域経済の活性化に向け、地域金融機関による人材仲介を通じた支援は非常に重要な役割を果たすと思います。
実際には、人材ビジネスに十分なリソースを割ける金融機関ばかりではないでしょうし、人材ビジネスのほかにも対応すべきことはあると思います。こうした不足する部分について、私たちとしても何か出来ないかと考えています。人材データベースを1万名規模にすることを目指す、と言っているのもその一環です。そこから生まれるマッチング事例は、今後のモデルケースを作っていくと思いますし、さまざまなマッチングスタイルがあれば、それだけ各金融機関のビジネスの参考になると思います。
―本事業の継続、今後の展開などについてお聞かせください。
「骨太の方針」に書いてあるように、政府として、「地方への新しい人の流れをつくる」ことは、日本における重要な課題の一つです。これを途中で止めたり、焦点でなくなったりすることはないと思います。このプロジェクトの考え方や、試みていることは、普遍的なことですので、本事業は継続していきたいと考えています。
「仲介役」として期待される地域金融機関の伴走支援
―仲介役を担う地域金融機関さんに期待すること、要望みたいなものは如何でしょうか。
地域金融機関の皆様には、取引先の経営課題と真正面から向き合っていただきたいと思っています。人材に関するアンケート調査は、様々なところで実施されていますが、地方の中堅・中小企業だけでなく、都市部の中堅・中小企業でも、人材ニーズがない、といった結果は見たことがありません。こうしたニーズに応えることによって、ビジネスチャンスが生まれますし、地域金融機関のレピュテーションを高めることにもつながると思いますので、トップダウンで資源投下していただきたいと思います。取り組みが進んでいる金融機関は、トップが強く「これをやる」という意思を行内に伝えています。この点は、金融庁もいろいろな場面でお伝えしています。
地域金融機関自身のポテンシャルやビジネスの素材は、人材ビジネスに限っても、まだまだあると思いますので、今後も取り組みは進んでいくのではないでしょうか。先ほどお話ししたように、課題は多くあると思いますが、どこかの銀行が先行して頑張ると、他の金融機関が付いてくる、といったこともありますので、こうした動きにも期待したいと思います。
―地域金融機関側からも求人情報を登録ができるようになっているとお聞きしますが。
本年1月からスタートした新たな取り組みとして、地域金融機関が求人情報をレビキャリに登録できるようになりました。私は一昨年から大企業の人事部を訪問していますが、具体的にどのような求人があるのか知りたいという声を数多く頂いておりました。こうしたご意見を踏まえ、REVICとも相談し、求人データベースをつくることにしました。登録していただくと、大企業の方から、もしくは登録者から、どのような求人案件があるかを見ることができます。
―本事業の成果を上げていくためには、大企業側の協力が必要不可欠になるかと思いますが、改めて人材供給サイドである大企業への要望や期待をお聞かせください。
大企業には、働く人がどうしたらハッピーになるかということをよく考えて、施策を実行に移していただきたいと思います。若い人には先ほどの武者修行出向も含め、いろいろな経験をして欲しいですね。また、100歳まで生きる時代ですから、企業としても、セカンドキャリア支援について真剣に考えていかなくてはならないと感じています。私も、大企業の人事部の方には、本事業をうまく活用いただければ、良い選択肢を社員に提供できるのではないかとお話しています。
当たり前ですが、社内での周知方法については、各社で相当考えられているように感じます。私たちもよく認識した上で大企業の皆さまに説明しなければいけないでしょう。ポジティブに捉えていただける役員の方は多くいらっしゃいますが、社内調整が難しいというお話も伺っています。私たちも工夫の余地がありますが、セカンドキャリアや地方で働くということを自分事として考えている人は少なく、まだまだ世にいうほど意識転換は進んでいないのではないかとも思っています。
―本メディアの主な読者は、都市部で働くビジネスパーソンで、地方に関心を持っている方が多くいらっしゃいます。改めてレビキャリを使用していただけるようなビジネスパーソンに期待することメッセージなどがあればお聞かせください。
ぜひ、良い転職をされて、「地域企業への転職」という社会トレンドを一緒につくり上げていきましょう。新しい流れを世の中に浸透させていくには、やはりモデルケースが重要です。野茂英雄が大リーグに行って、彼に続く大リーガーが出てきたように、最初に良いモデルをつくる人がいて、それも複数出てくると後に続く人がたくさん出てくるのではないでしょうか。こちらの読者の方たちは、ポテンシャルの高い方だと思いますので、レビキャリもご活用いただいて、地域で活躍するのは格好いい、といった機運をつくってくださることを期待しています。そして、後に続く人が出てきて、徐々に、人生100年時代に適応した社会に変化していくのではないでしょうか。
■伊藤 豊(いとう ゆたか)
東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。米国コーネル大学留学を経て銀行局課長補佐。金融監督庁監督部銀行監督第二課課長補佐、産業再生機構企画調整室上席企画官、東京証券取引所上席審議役、財務省主税局税制第二課長。2015年から財務省大臣官房秘書課長。2019年から金融庁監督局審議官、現在は金融庁総括審議官。