政府は、当初7月前半に開始を予定していた観光需要喚起策「全国旅行支援策」の実施を延期しました。同支援策は都道府県ごとに実施している「県民割」の旅行先を全国に広げる旅行業界を支える目玉策でしたが、新型コロナウイルスの新規感染者が全国で7万人を超え、感染拡大が懸念されるため先送りとなりました。間もなく夏休みを迎え、旅行需要に回復の兆しが見られていただけに、とりわけ地方の観光産業の関係者は実施について期待をもって注視していました。なお、「県民割」は8月末まで延長されます。今回は全国で観光地域づくりの舵取りを担う「DMC」と求められる経営幹部人材について触れてみたいと思います。
旅行消費額減で全国900万人の観光産業従事者に影響
我が国では、2020年春以降インバウンド需要がほぼ消滅するとともに、日本人の国内旅行も大きく減少したことで、観光産業に甚大な影響を及ぼしました。観光関連産業には全国で約900万人の従事者がおり、地方経済を支える重要な役割を果たしていますが、長引くコロナ禍で特に地方の観光地では疲弊が深刻で、観光地・観光産業は現在も厳しい状況におかれ、観光関連産業は第三次産業全体や小売業に比べて落ち込みが激しいとみられています。
令和4年版「観光白書」によれば、下表のように2021年の日本人及び訪日外国人旅行者による日本国内における旅行消費額は9.4兆円でした。感染拡大前の2019年までの訪日外国人旅行者の伸長や消費額からは大幅な減少になりました。このうち日本人による旅行消費額は9.3兆円、訪日外国人旅行者による旅行消費額は0.1兆円という数字が示され、2020年に続きコロナ禍で厳しい環境におかれている日本の観光産業の現状が浮き彫りになっています。
このようななか、前述の「観光白書」によれば、2021年11月に観光庁は「アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会」を立ち上げましたが、「稼げる地域・稼げる産業」の実現をするため、疲弊した観光地の再生・高付加価値化と持続的な観光地経営の確立を強力に推進するとともに、その中核及び牽引役を担う観光産業について、積年の構造的課題を解決し、再生を図ることが重要だと指摘しました。
同白書の「地域の観光コンテンツの造成・磨き上げ」の「観光地・交通機関」の項では、観光関連ファンドの活用に触れています。観光庁は官民ファンドの地域経済活性化支援機構(REVIC)や日本政策投資銀行等が組成した観光関連ファンドを活用するとともに、関係機関等と必要な連携を行い、観光まちづくり等に関する投資ノウハウ・人材支援等に関する機能を安定的・継続的に提供することにより、宿泊施設を含む観光地の再生・活性化を推進するとしています。
特に観光遺産(文化遺産・自然遺産)等を活用した観光による地域活性化モデルを創出するため、地域経済活性化支援機構(REVIC)の「観光遺産産業化ファンド」等を活用し、引き続きまちづくり事案への支援等の取組を推進するとともに、各地における自律的な観光活性化に向けた取組を促していくとしています。
地域観光産業の課題解決へ「観光遺産産業化ファンド」
地域観光産業が有する構造課題の解決を目指し、2019年6月に創設された「観光遺産産業化ファンド」ですが、当初は、日本ならではの文化財や世界遺産、国立公園といった「観光遺産」を地域と一体となって面的に活用、「観光遺産」のシンボル化を通じ、来訪客に地域や文化や自然をより一層理解してもらうことで、「プラスアルファ」のお金を地域に落としてもらい地域の活性を図ることを目的としていましたが、コロナ禍で2020年7月に下記に改編されました。
「観光遺産産業化ファンド」の目的
withコロナの観光ニーズへの対応と、地域観光産業が有する構造課題の解決に向けて、地域の観光消費額の維持・増加を推進するため、官公庁、民間事業者、国立公園や寺社・仏閣等の公的観光地、地域金融機関などが相互に強力に連携し合いながら、
①withコロナに対応し、かつ地域観光産業を革新していくような「モデル事業」を創出する
②創出したモデルを、並行して横展開を行う
③水平展開を図るために、地域金融機関や事業者への「ノウハウ移転」を進める
前述の地域経済活性化支援機構(REVIC)と同社のファンド運営子会社である観光産業化投資基盤(TiPC)は、観光庁と連携の下、地方へのインバウンド誘客や国内旅行者の増加、地域の観光消費額の増加を図るために「観光遺産産業化ファンド」の運営を通じて観光産業の構造変革を推進していますが、施策の一つとして関係省庁や自治体、地域の金融機関、観光関係事業者等と情報発信や観光事業、資金提供の面で連携し、下図のような地域と一体となった組織体制づくりを進めています。
(出典:みらいワークスのプレスリリースより)
組織体制づくりの中で、特に観光地域づくりの舵取りを担い、重要な役割を果たすのが「観光まちづくり会社(DMC)」ですが、よく耳にする似た言葉に「DMO」があります。「観光地域づくり法人(DMO)」は観光庁に登録が必要となる制度です。「DMO」は(Destination Management/Marketing Organization)の略称で、地域の多様な関係者を巻き込みつつ、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりを行う舵取り役となる法人。5月30日時点で「広域連携DMO」10件、「地域連携DMO」101件、「地域DMO」130件の計241件が登録されています。
「DMO」は、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立ち、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えており、観光地域づくりの推進役として期待されています。
DMC(Destination Management Company:デスティネーション・マネージメント・カンパニー)
開催地に関する豊富な専門知識、情報、経営資源等を活用してMICE等に関わるプログラム、ツアー、輸送・運送計画等を企画・提案し、サービスを提供する専門会社。(日本政府観光局資料より)
一方で、「観光まちづくり会社(DMC)」には、地域経済を観光で豊かにする役割と機能があります。地域資源を活用して稼ぎ、利益を出して雇用を生み出すという「DMC」が収益性の高い事業を展開し、「DMO」が公共性の高い事業を担うというような棲み分けができるでしょう。前述の「稼げる地域・稼げる産業」というように、「DMC」には稼ぐ力が求められており、雇用を生むことで事業や産業も拡大し、当該自治体の税収増への貢献にもつながるでしょう。
地域観光産業の経営人材に求められる経験やスキル
前回、遠野ふるさと商社の杉村社長のインタビューでも「必要なのはマネジメント人材です。企業経営が機能としては弱いので、精通している方に来ていただきたいなと思います」と語っていましたが、各地に設立される「DMC」に求められる人材は、経験やスキルを持った経営人材です。地域観光産業界の活性化に貢献できる経営ポジションにおいて活かせるものとしては、下記に挙げるようなGMT読者が培ってきた経験やスキルがあります。
【地域観光産業の経営ポジションにおいて活かせる経験やスキル】
・事業を企画・戦略策定、収益責任を負いながら推進し成功させた実績
・複数メンバーで構成されるプロジェクトを牽引するとともに、マネジメントも行い成果を出した経験
・地域事業者や行政体と連携し、地域を一つにまとめていく、コミュニケーション能力
・マーケティング、IT、ファイナンス、ホスピタリティといった、観光産業に特化していない専門的スキル
・物事をマクロにかつ多面的に捉える視座と、ミクロにかつスピード感のある行動力
・自社だけではなく地域全体が生き延びるために、『地域のリーダー』として地域を変えていく志、情熱、当事者意識の高さ
下図は、地域観光事業体にとって必要な経営人材の要件ですが、地域経営者としての志や覚悟に加え、地域が生き延びていくためには、地域を変えようとする情熱や自己実現より他者実現の視点といったマインドセットが重要といえます。また、一般的な企業経営マネジメントスキルに加え、地域戦略の策定・遂行を行う地域経営マネジメントスキルが重要です。
我が国は2003年に「観光立国」を宣言し、コロナ禍前の2019年には国内旅行者数が約2億9千万人、訪日外国人旅行者も3300万人を超えました。新型コロナ感染者の拡大により旅行者は減少し、消費額も大幅に減額となりましたが、2030年には訪日外国人旅行者6000万人、国内消費額15兆円を目指すという目標は引き続き掲げられています。豊かな観光資源を持つ日本において、「観光」は成長産業の柱であり、地域の活性化に不可欠な観光振興、稼げる産業となるように「観光立国」を支える仕組みや支援をさらに進めていかなければならないでしょう。
そのためにも「観光まちづくり会社(DMC)」の地域で果たす役割は大きく、その「DMC」を支える優秀な経営人材が欠かせないといえます。地域に根差した産業に携わるので、地域の文化や暮らす人たちの価値観等を十分に理解し、リスペクトできることも必要でしょうし、組織を率いて雇用を守っていくリーダーシップが欠かせないほか、必ずしも観光という枠にとらわれることなく、大都市圏の企業で培った経験やスキルを活かし、地域の観光産業界の活性化に貢献したい、地域を変えようとする情熱のある人材が今、求められています。