8月も最終週を迎え、地方の観光地では残り少ない夏休みを惜しむかのように観光客の姿が見られますが、今年のお盆は新型コロナウイルス感染症の「第七波」が続いているものの、3年ぶりに行動制限がなくなったことから帰省や旅行を楽しむ人が多く見受けられました。JR旅客6社が発表したお盆期間(10日~17日)の新幹線や在来特急の利用者数も前年同期比2.1倍の685万人。一方で国内航空会社のお盆期間(6日~16日)の国内線旅客数は前年同期比74%増の331万4286人でした。国内線旅客数の増加率は離島や地方で伸びたというデータもあります。今回はキャリアステップとして地方の観光地や観光まちづくり会社で働くことで身に付くものなどについて触れてみたいと思います。
亀和田 俊明
給与条件だけでなく、企業や裁量・ミッションにも魅力
観光産業は地域経済において重要な役割を果たしてきましたが、我が国の成長に資する基幹産業として、さらに高いレベルの観光立国を目指すためには、以前から課題といわれていた人材の量的・質的確保や育成が必要です。人材確保については、多様な人材が働きやすい環境づくりや副業・兼業を活用した新たな働き方を促進することが重要ですし、人材育成についても観光で稼げる地域の実現に向け、市場や消費者ニーズの変化への対応や企業的な経営への転換を担うことができる人材の育成が求められています。
未だ厳しい経営を強いられる地方の観光産業において今後、主体的かつ継続的に地域を支える観光人材の確保・育成を行っていくためには一層の体制・取り組み、とりわけ経営幹部人材が必要となっています。さて、みらいワークスが実施した2021年度首都圏大企業管理職に対する「地方への就業意識調査」で、地方の中小企業へ経営幹部候補としての転職を考えた際、最も重視するのは、「企業の魅力」で88.6%、次いで「給与条件の魅力」が81.3%、「そのポジション(裁量)・ミッションの魅力」が75.4%で続くという結果でした。
テレワークをはじめとした柔軟で新しい働き方の広がりを背景に、企業で働く人にも企業への帰属意識、働き方や人生への価値観の変化をもたらしています。特に地方の中堅・中小企業への転職となると収入の減少など、移住先での生活にも支障を来すとして否定的に捉えられていましたが、前述の調査でも「給与条件の魅力」の数値が最も高いものの、「企業の魅力」や「そのポジション(裁量)・ミッションの魅力」もさほど変わらず高いものがあり、大企業において地方圏での就労や転職を給与条件だけで考えない人も増えてきていることがわかります。
新型コロナウイルス感染症は雇用に多大な影響を与えていますが、働く環境、仕事への向き合い方やワークライフバランス、キャリア観など人の意識にも大きな変化を生じさせており、大企業では定年まで働き続けたいと考える一方、単一キャリアではなく、副業・兼業や起業など、複線型のキャリアに興味を持つ人も多く、選択肢も広がってきています。前述の調査のようにコロナ禍で働く人のモチベーションも必ずしも給与条件だけでなく、テレワークなど柔軟性のある働き方、そして、社会貢献や地域貢献などへシフトし、地方で活躍したいという人も増えてきています。
観光まちづくり会社が求める幹部の人物・スキル・経験
地域経済活性化支援機構(REVIC)と運営子会社の観光産業化投資基盤(TiPC)は、観光庁と連携の下、地方へのインバウンド誘客や国内旅行者の増加、地域の観光消費額の増加を図るために「地域観光活性化ファンド」の運営と観光産業の構造変革を推進していますが、連載中の「観光産業を盛り上げていきませんか?」のコラムでは、岩手県遠野市の「遠野ふるさと商社」と北海道の「弟子屈町振興公社」の代表取締役にインタビューを行っています。現在、2社では将来の幹部候補として下記のような仕事でスキル・経験を持った人材を募集しています。
【観光まちづくり会社の人材募集内容】
遠野ふるさと商社では、将来の会社運営を任せられる資質のある人材を採用し、今後のさらなる発展に備えた組織体制の強化へつなげる考えですが、具体的には求める人材について地域の活性化を目指す企業方針に共感し、ビジョン実現のために自身ができることは何かを常に考えながら、最後まで志を持って取り組み続けることができる方。また、積極的にコミュニケーションにより周囲との協力体制を築き上げ、今後の企業発展を牽引していける方としています。
一方、弟子屈町振興公社では、事業ミッションを踏まえて自発的に行動できる人材の採用に取り組み、より積極的な体制の構築へとつなげていく考えですが、具体的には地域活性化及び地方創生に興味関心があり、企業が掲げる事業ミッションを理解したうえで、自身の役割に責任と情熱を持って業務を全うすることができる方。将来的な経営幹部を目指して、運営店舗のマネジメントを中心に担当し、スムーズな現場業務の遂行を支えていただきたいとしています。
都市部で身につけたスキルや経験も大事ですが、地方移住、地方転職に成功している人に共通するのは、何よりその地域へのリスペクトを持っていることです。能力があってもリスペクトがない人はそれが周囲に伝わりますし、結果、理想としていた環境を整えられず、その地を去ることにもなります。移住してすぐは自分のことより、まずは地域を尊重し知ることから始めることが重要です。地域に密着した観光まちづくり会社であれば、なおさら求められます。
求められる地域の観光産業の活性化に貢献する人材
REVICからの出向派遣の上、「はこだて西部まちづくりデザインRe-Design」で代表取締役を務めている北山拓さんは、大学卒業後に大手総合商社に入社、プライベートエクイティファンドを運営する部署に所属。基本的なビジネススキルや専門的なファイナンススキル等を体得していましたが、20代後半になると海外でMBA取得を志向する同僚も多いなか、「海外MBAなどで座学中心に学ぶよりも、地方の現場で自分のスキルを磨きながら、実践的なマネジメントスキルを体得したい」という想いから、29歳でREVICへ転職を果たし、スキー場で知られる長野県白馬村で観光まちづくりに取り組んだ後、昨年から北海道函館市に活躍の場を移しました。
「転職した当初はマーケティングも未経験で、本やインターネットを駆使しながら手探りで実践していったり、REVICの他支援地域に派遣されている同僚たちに他地域の事例をヒアリングしては業務に落とし込むなど試行錯誤を重ねていた」といいます。白馬村では、さまざまな失敗もありましたが、地元の人たちとの対話を重ね、地域と連携し周辺の再生に携わり成果をあげました。現在は中核都市である函館市でまちづくりに取り組んでいますが、観光地である白馬村とプロセスは変わらず、自らの経験を活かせる場面が多いとしています。
北山さんは、「地域観光産業の中核人材として働く場合、大企業の一員として働くのとは違い、その裁量の大きさが故に、自分の専門分野だけでなく、マーケティング・ファイナンス・マネジメント・ITなどさまざまな分野における専門スキルを身に付けていく必要があり、最初は非常に苦労したが、自分のマインドセット一つで成長できるフィル―ドが広がっていると感じる。また観光まちづくり事業の特性から、行政・事業者・地域住民。地域金融機関など多岐にわたる利害関係者や、多世代にわたる方々をまとめていく必要がある、という地域ならではのマネジメントの面白さ、やりがいも感じる」と話しています。
このような地域の観光産業の中核人材になり得る要件としては、「地域課題をマクロかつ多面的に捉える視座の高さと、その解決に向けてとミクロにかつスピード感を持って動く行動力が求められるが、何よりも地域課題を『ジブンゴト』として、その解決に当事者意識をもって取り組むマインドセットを持っていることが大事」としています。
新しい活躍の場を求め首都圏の大企業を離れることも珍しくなくなった今、兼業・副業、出向を含め、社外への挑戦は自らのキャリアステップを考えるうえで有益です。デジタル化や少子高齢化の加速等、変化の激しい時代にあって、自らのキャリアを積極的に能動的にデザインしていく必要があります。地方をステージとした都市部大企業のビジネスパーソンの自発的なキャリアデザインやネクストキャリアを考えた場合、今まで関わることがなかったつながり、自身の専門性の再発見や職種を超えたスキルの獲得、組織や事業の全体観の獲得ができるでしょう。
首都圏の大企業から地方の中堅・中小企業への転職を考える際、転職先をゴールと考えるのではなく、新しい企業で何を学び、どんなスキルをさらに身に付けていくべきか、それには何年かかりそうかを具体的にイメージすることで、成長スピードを加速させることもできるでしょう。「人生100年時代」に向け、個々人の自律的なキャリア形成がますます必要とされるなか、地方への移住・転職、地域に貢献したい、自身のスキルアップを図りたい、さらにネクストキャリアのフィールドとして地方を志向する人にとって幹部人材としての地方転職は価値ある選択肢といえるのではないでしょうか。
地方創生に携わってみたい、地域の観光産業の活性化に貢献したい、という方は新しい風を吹かせてみませんか?これからの地方で重要な役割を担う「観光ビジネス活性化」には地域が経済的に自立することが欠かせませんし、継続して発展するための経営力をつけること、その志を持つ人材が求められています。観光産業を通して「地方で働く」を本気で考えてみてはいかがでしょうか。