「かんてんぱぱ」ブランドで知られる寒天メーカー・伊那食品工業。長野県伊那市のアルプスの山間にある約3万坪の敷地内に、本社や研究開発棟がある。働く社員の幸せを一番に考え、緑に囲まれた会社を作った、と話すのは同社会長の塚越寛氏。21歳で社長代行となって以来60年間、寒天商品の開発製造を率いてきた。「身の丈に合った着実な成長」を目指す「年輪経営」を掲げ、48年連続の増収増益を続けている。成長を続けてきた伊那食品工業の経営哲学とは何か。塚越氏に話を伺った。
「幸せに生きる」信念を生んだ3年間の闘病生活
当社にはここ数年、大学卒20人、高校卒10人の新入社員が毎年入社しています。彼らに研修で最初に伝えること、それは「人生はたった一度きりで、やり直しがきかない。一日一日を大事に生きなければいけない」ということです。
100年先までの日程を1枚の紙に示した「100年カレンダー」を見せ、自分の“命日”を考えてもらう。すると、人生は長いようであっという間に終わってしまうことを実感します。
人生のはかなさを自覚することで、彼らに感じてほしいのは、「せっかく一度の人生を与えられているのなら、仕事でも家庭でも幸せになろう」という思い。私は、そんな社員の「幸せ」を実現することを第一に、社員が辞めることなく永続できる経営方針、事業戦略を考えてきました。
それが、木の年輪のように毎年少しずつ成長する「年輪経営」です。
景気など外部環境に左右されることなく、急成長ではない着実な成長を重ねていく。そんな「年輪経営」の根底には、私自身の人生観を大きく変えた出来事がありました。
東京大学進学を目指し、可能性に満ちた未来を描いていた17歳のとき。肺結核になり、3年間を病床で過ごすことを余儀なくされました。肺結核は当時、死をも覚悟する重篤な病。
周りの同級生が高校生活を謳歌(おうか)するなか、いつ死ぬのかも分からない、生きたとしても働けないかもしれない、結婚も難しいかもしれないなど、絶望の淵にいました。
多感な思春期に、その苦悩と向き合わざるをえなくなったことで「生きるとは何か」「幸せとは何か」を考え続けることになったのです。あの時期が、私の人生を決定づけたと今でも確信を持って言えます。
人生に与えられた短い時間を、すべて幸せに過ごしたい。職場でも家庭でも、通勤中でさえもすべて同じ“人生の時間”。どれか一つの幸せのために、ほかの時間を犠牲にする生き方なんてしたくない――。
それが、3年間の苦しい闘病生活で得た人生哲学でした。そしてその幸せを、私の会社で働く全社員にも提供しようと、本気で思うようになったのです。
「一番」ではなく「一流」を目指す会社づくり
売り上げや利益を上げて「成長」することがすべてだと考えていらっしゃる経営者は多いですが、売り上げや利益は「幸せになる」ための手段であり、目的ではありません。
当社のような食品メーカー、原料メーカーは、地球資源が有限である限り、急成長や急な増収増益は難しい業態です。もし圧倒的な成長を望むなら、他の企業を蹴落として「一番」を目指さなければいけない。値段を下げてシェアを取りにいく必要もあるでしょう。
私が尊敬する二宮尊徳(通称:二宮金次郎)は、「増減(ぞうげん)は器傾く水と見よこちらに増せばあちらへるなり」という言葉を残しています。つまり、誰かが急成長して器が多きく傾けば、誰かの水はなくなってしまう。
社会全体を見れば多くの不幸な人を出してしまいますし、無理をして過剰な利益を求めるあまり、働く社員が疲弊していってしまいます。それでたくさん利益を出して、たくさん納税して、具体的に誰が幸せになるのでしょうか。
経済的な「効率」が優先されて、社会は動いていますが、目先の効率は長期的に見れば非効率を生み出すと私は考えています。
私は、社員に対して営業目標を課さず「売り上げが前年より下回らなければいい」とだけ言っています。正しい努力をしていればファンが必ず連鎖反応で増えていきますから、会社は必ず報われます。
地域を大事にして、お客さまを大事にして、仕入れ先を大事にすることで、安価ではない適正価格でもリピートしてくれるファンを作ろう。社員にはそう常々言っています。
もちろん、経営戦略としてのグローバル化など、48期連続増収増益を作った基盤はあります。国内において寒天は、品質のばらつきや生産量の増減があり、入札制度により毎年確実な入手が難しい原料でした。
そこで、私が30代のとき世界中を飛び回り、良質な寒天を安定的に確保できるチリ、インドネシア、モロッコ、韓国の工場と契約。技術指導のために社員が定期的に現地を訪れ、お互いにWin-Winな関係を築いています。
ほかにも、寒天料理を家族みんなで手作りして楽しめるものにしようと「かんてんぱぱ」シリーズを展開。全社員の1割の人材を研究開発にあて、常に寒天の新しい活用の可能性を模索し続けてきました。
食品のみならず、化粧品や医薬品などの新しい市場を開拓できたのは、研究開発を大事にしてきたからこその結果だと思います。
社員に対する感謝を、会社が制度で示す
社員一人ひとりを数字で管理しなくても増収増益を続けてこられたのはなぜか。理由の一つに「感謝の連鎖」があると考えています。
伊那食品工業の本社は、緑豊かな3万坪の「かんてんぱぱガーデン」内にあります。
敷地内にあるのは、日本初の寒天レストランをはじめ、地元の素材を使ったレストランやショップ、地域の文化活動に活用できるホールなど。年間35万人が集まる観光スポットであり、地域住民の方の憩いの場となっています。
皆さんに心地よく過ごしていただけるようにと、敷地内の清掃は社員が毎朝始業前に自主的に行っています。なかには土日にわざわざ掃除をしに来る社員もおり、そんな姿を見ると経営側としては「ありがたいな、申し訳ないな」という気持ちになります。
そこで、一生懸命な社員の思いと行動に応えようと、福利厚生をどんどん充実させていくことになるのです。
たとえば、毎年実施する社員旅行の費用を海外旅行に9万円、国内旅行に5万円支給。ほかにも転勤先の住宅手当の負担、がん保険料の負担、高い利息が付く社内預金制度など、さまざまな制度があります。
さらに、社員の安全を第一に考え、全国の支店や営業所は、地震や火災の危険性が低い高級住宅街のなかにわざわざ建てています。地価はもちろん高いですが、社員の命より大事なものはありません。
一生懸命な社員たちに「感謝」で応えることで、社員からも「感謝」が返ってきて、それが業績につながっていく。当社では、そのいいサイクルが実際に出来上がっています。
優秀とは、他人を憂うことに秀でた人
利益とは、社員への給与や福利厚生などに使ったあとの“残りカス”です。当社では年功序列によって毎年給与が確実に上がっていきますので、利益を出すために人件費に手を出すことは一切ありません。
社員に我慢を強いて利益を上げ、その結果社員が疲弊して離職してしまったら意味がない。ですから、私が入社して60年間、一度も「経費削減をしろ」と言ったこともないんです。
冬は暖かく、夏は涼しく、明るいオフィス内で快適に仕事をするために電力は必要ですし、いい仕事をするためにいい備品を使うべきです。敷地内をキレイに保つための掃除備品が必要ならばすぐに購入し、社員の幸せを実現する投資を惜しみません。
伊那食品工業では「いい会社をつくりましょう」を社是に掲げていますが、「いい会社」であり「良い会社」ではないところに意味があります。私が考える「良い会社」は売り上げなどの数字で測れますが、「いい会社」の価値は数値化できません。
「商品のファンが増えた」「社員が毎日笑顔で働いている」など、周りが「あの会社はいい会社だね」と口をそろえるような会社を作りたいのです。
「いい会社」を追い求めてきた結果、毎年1200人を超える学生が当社に入りたいと応募してきます。人材難もどこ吹く風。これも「ファンを増やそう」と社員が動いてきた蓄積だと思います。
私が伊那食品工業に求める人材は、今も昔も変わらず「忘己利他(もうこりた)」の心を持った人です。「己を忘れて他人を利する」ことで、いずれは自分のところに戻ってきて利をもたらしてくれるでしょう。
他人を憂うことができる人が「優しい人」であり、それに秀でた人が「優秀」な人。優秀な社員たちと、お互いに感謝の交換をしながら毎年少しずつ成長できることが、私が理想とする会社のあり方なのです。
脱・東京、Localが放つ可能性
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