八ヶ岳・森のオフィスIGNITE発 地域課題をビジネスにつなげる「プロトタイピング」とは
花岡 美和
2018/08/22 (水) - 08:00

二拠点の移住先として注目を集めている長野県富士見町。雄大な八ヶ岳を眺めながらの自然豊かな地方地域で、都会と同じスタイルのイベントを展開しているのは、コワーキングスペース「富士見 森のオフィス」。
イベントのタイトルは「IGNITE!」(イグナイト)。異業種、多ジャンルの有志がチームを組み、自分たちのアイデアを実際のカタチにしていく1年間の参加型ワークショップです。

IGNITE! サードステージは「プロトタイピング」

今年の1月にスタートしたIGNITE!は「プロトタイピング」のステージに入りました。今回のテーマは、プロトタイピングにおける利用者価値の設定。まずは前回のおさらいとして、IGNITE!主催者の津田賀央さんからプロトタイピングの進め方についてお話がありました。

この商品は本当に有効なのか? 本当に面白いのか? 見込み客にとって必要なものか? といった商品の価値を見極めるために行うのがプロトタイピング(試作品、模型、原型の総称)です。ユーザーにとって価値があり、「これはいいかもね」と評価してもらえる最低限の機能を盛り込んだ試作品を作り、ミニマムなところで一度試してもらうわけです。

プロトタイピングは、「MVP」(Minimum Viable Product=最小単位の実行可能な機能が備わった製品)を考えることから始まります。

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<MVPを考える流れ>
1.利用者価値が最も高い機能(最低限必要な価値でもある)を考えて、選択する。
2.利用者が商品と機能を使う(体験する)流れを描く。
3.体験の流れを実際に作ってみる(ペーパープロト制作、トライアルイベントの開催など)。
4.プロトタイプの検証、見込み客からのフィードバック、ブラッシュアップ。

本来はこのプロセスを繰り返して利用者価値を高め、最終的に本製品として完成させていきますが、IGNITE!では4.のプロトタイプのブラッシュアップを目標に進めています。 プロトタイピングにエントリーしているのは全部で6チーム。チームリーダーによる1分間のライトニングプレゼンからスタートして、チームごとに企画の整理、進捗発表、意見交換という流れで進みました。

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「なぜ?」を重ねて企画の骨組みを作る

企画を見直すために活用したのはIGNITE!オリジナルの「企画整理シート」。シートの「USER」(優先する利用者)、「VALUE」(利用者にとっての価値)、「FEATURE」(その価値を実現するための機能)の三項目を考えることで、必然的にMVPの1「価値の高い機能を選ぶ」が見えてくるようになっています。
どのバリューにフォーカスするかでプロトタイピングの方向性は変わってきます。どんな人に向けてやるのか、最優先するバリューは何かを書き出すことは、企画アイデアの実現に向けた土台作りといえます。

MVPを決めたら、もう一度アイデアの原点に立ち戻り、「なにをするの?」「だれのために?」「なぜやりたいの?」「必要なスキル・情報・技術は?」という、いわばアイデアの骨格を再考しました。「こんなことをします!」だけでは抽象的で考えが深まっていかないので、モチベーションも続かないし結果も見えません。
なぜやりたいの? なぜ必要なの? なぜ価値があるの? 「なぜ」を重ねていくことで企画の骨組みができあがっていきます。

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チームの進捗報告とフィードバック

企画整理のあとはチームごとに3分間で進捗発表。発表を聞いている人は企画に対する意見、感想、提案を用紙に書いてチームに渡します。

【Alexa代行サービスチーム】
テーブルの上には発売されたばかりのスマートスピーカー、Amazon Echo Spot(エコースポット)“Alexa”(アレクサ)が置かれていました。Alexaを使って富士見町の役に立つローカル情報を双方向で展開したいというのが、このチームの企画です。

実はこの日、津田さんのアレンジで、富士見町役場の告示情報担当者とディスカッションする予定だったとか。富士見町は有線放送の普及率が高いけれど、システムの老朽化に伴う二次コストの問題も出てきている。今後は有線放送の替わりにAlexaを使い、地域情報のコミュニケーションの入り口にしたらどうかとプレゼンする予定だったそうです。残念ながらディスカッションは延期になりましたが、プレゼンの際は行政の視点から見たユーザーメリットについて、ぜひ話を聞いてみたいとのことでした。

この企画のメインユーザーは高齢者。高齢者にとっての操作性を考えると、デバイスはスマホよりもAlexaのほうが適しているし、まるっとしたデザインはソニーaiboのように愛着がわきそうです。ローカル情報のコンテンツを行政に近い内容にすれば、高齢者を含めた地域の人たちの役に立つちますし、緊急放送にはAlexaのリアルタイム性が向いています。

こうして企画を整理した結果、企画名を「Alexa行政サービス」に決め、地域の色々な情報を発信するために二種類のプロトタイピングをすることにしたようです。
ひとつは行政窓口業務代行。Alexaを使った行政サービスの紹介や手続きのフォローがメインです。ふたつ目は地域情報の簡単検索。例えば「Alexa害獣情報を教えて」と話しかけると、Alexaが何らかの形で答えてくれるサービスです。
チームリーダーの近藤さんが6月末に富士見町へ移住してきたので、今後はIGNITE!以外の場でも分科会を行って進めていく予定だそうです。

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【INBOUND FOR EVERYONEチーム】
外国人観光客と地元の人をマッチングさせて、双方が良い体験をできるようにしたい!をコンセプトに、女性起業家、町おこし協力隊のメンバー、地元企業のサラリーマン、大学生、地元の特産品を扱うショップの店長など、多種多様なメンバーが集まりました。

「外国人観光客」「地元の人たち」「富士見町」の三方向からユーザーを設定し、それぞれの価値を整理した結果、外国人観光客にとっての価値は、日本でしかできない体験、特に地方の自然や生活を体験と捉えること。つまり、富士見町でしかできない体験を提供することがユーザーメリットになるだろうというわけです。
地元の人たちにとっての価値は、外国人との関わりから喜びを見出したり、新しい文化に触れたりする体験。さらに富士見町にとっての価値は富士見町が抱えている課題の解決と、“三方良し”の発想から価値を選択したようです。

これらの価値を実現するためのアクションとしては外国人観光客と地元の人のマッチングのほか、地域課題の解決につながるイベントも計画中。地元に住んでいる外国人から富士見町の印象や意見のヒヤリングを行う予定だそうです。

チームリーダーの小柳さんは、「ゆくゆくは地元で商売をしている人がビジネスとして参加できる仕組みを作り、富士見町の活性化にも貢献したい」と抱負を語ってくれました。

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【しおりやさんチーム】
子ども同士でしおりを作って交換して何かの価値を生み出したい。やりたいことはしっかり決まっているものの、肝心の価値が見いだせないとのことでした。
しおりを作る側は、「相手に喜んでもらいたい」という気持ちが価値になる。しかし、受け取る側がしおりに何らかの価値を見出さなければ、ありがた迷惑になってしまう。そこで企画整理では、しおりをもらった人の価値を整理してみたようです。

自分のために、世界にひとつしかないものを作ってくれたという嬉しさ。しおり作りに費やした好意や時間。しおりを通じて自分が知らなかった何かを見出せる可能性。もっとシンプルに、そのしおりを大事に持っているだけでも価値があるかもしれない――。
受け取る側の価値を深掘りしていったところ、一枚のしおりを循環させて、何人かでひとつの作品として完成させるミニイベントはどうだろうという意見が出たようです。それは「思い出」という価値にもなり、一緒に何か作るという「調和」や「協力」というキーワードにもつながっていくのではないかと、チームリーダーの鉢谷さんは考えています。

「ただ、これを面白いと思って楽しんでくれる子どもがいるのかが見えていない」という鉢谷さんの疑問に対して津田さんから、「それはつまり、実現するための具体的な利用者価値まで落とし込めていないということ。具体的な価値作りが実現のための機能(課題)になりますね」とアドバイスがありました。

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【定点チューバ―チーム】
定点カメラで植物を毎日撮影して変化を記録、閲覧する仕組みを作りたいという、エンジニアと農業経営者のコンビネーションチーム。エンジニア集団だけあって技術的には可能なので、あとはユーザーがどのくらい楽しく使えるかにフォーカスして企画を整理したようです。

おもなユーザーは家庭菜園をする人。毎日同じ時間に写真を撮ってくれるプロダクトなので、毎日観察しないと気づけない変化に気づける、面倒な記録を勝手にやってくれる、写真を共有することでプロや仲間から「いいね」がもらえる、この三つがユーザーにとっての価値としてあがりました。
価値を実現するための機能は定点観測できる仕組みです。まずは撮ること。次に撮ったものをどう見るか。某メーカーのアプリを検討中だそうです。

このアイデアの要は定点カメラで撮った写真を“並べて”見ること。並べて見ると変化に気づく。逆に並べないとわからない。この単純な事実は植物以外にも応用できそうなので、定点的に観察することで発展する可能性のあるものを模索中とのこと。
例えば、筋トレしている筋肉を定点カメラで毎日記録して変化を見ると、レコーディングダイエットのビジュアル版として、筋トレの励みになりそうです。また子どもの成長も、定点カメラで記録していくことで思わぬ発見があるかもしれません。どんなものを定点観察してみたいか、参加者にもアイデアを募集していました。

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【思い出の木チーム】
思い入れのある木を有効活用したいという発想から始まった企画です。今回は木材の専門家として、原村で暮らしの工房「ワークスヤツガタケ」を営む大工のほっさんこと、ホソノコウジさんも参加されました。

ホソノさんによれば、その土地にある木を切って製材所で製材して、自分たちで家を建てることをライフスタイルにしている人たちがいるそうです。最終的に燃えても環境に負荷をかけない、メーカーで建てるより経済的、住んでいて気持ちがいいといったメリットだけでなく、とにかく夢中になって作る体験こそ、セルフビルド、セルフリフォームの価値ではないかと考えているそうです。
お金を払って誰かに作ってもらえば、ここが気にならない、あそこはもっとこうしたかったと欲が出て、100%の満足はないかもしれない。しかし自分たちで作れば、仕上がりこそ不出来でも、作っている本人の満足感と充実感は100%以上で、それこそが価値になる。 「作り手がいない時代に入っているので、お客さん自身がどんどん体を動かしたほうがいい。自分たちが参加することが一番大事」というホソノさんの言葉に、チームメンバー全員がうなずいていました。

企画整理では、「思い入れのある木の有効活用」から一歩進んで、「思い出の木を使ったモノづくりを通じて何か事を起こしたい」がテーマになりました。
ユーザーは思い出の木を何らかの形で残したい人。思い出の木を使ってモノづくりをしたという満足感や、思い出の木を形あるモノとして残すことができたという体験をユーザー価値に据え、将来的には思い出の木を残すワークショップも視野に入れているそうです。

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(右)暮らしの工房「ワークスヤツガタケ」のほっさんことホソノコウジさん。IGNITE!のファシリテーター松井さんや津田さんがプロデュースしているデリ&カフェ「Kの施工も担当

L17 「働くって何?」を考える17歳のワイガヤ

十代が集まってIGNITE!のようなワイガヤをやって、ふだん考えたことのないことを考えてみたら面白そうだという発想の企画です。

「L17」とは「Limited 17」の略。高校で進路指導が本格的になる17歳だけで集まって、社会に出ていく前に「働く価値」をワイガヤしてみたらどうだろうというわけで、ユーザーは17歳。次に価値の選択ですが、チームリーダーから、「同世代同士で働く価値を考えることが17歳にとってどんな価値があるのか、正直わかりません」という、率直な疑問が投げかけられました。
これについて津田さんのアドバイスは、「ヒヤリングに徹する」でした。MVPを考える上で、価値がわからない、価値を想像できないという場合は、街に出てユーザーになりそうな人にひたすらヒヤリングをするといいそうです。

「プロダクトを作るときにデザイナーがよくやるのはお宅訪問です。僕自身が女性用の美容ガジェットの企画に参加したときは、デザイナーがお宅訪問をしてひたすら女性の洗面台の写真を撮りまくり、何がどこに置いてあるのか、どう置いてあるのかを観察しました。僕もたくさんの方にインタビューしたり、女性のバッグの中身も見せてもらいました」

こうして、ヒヤリングをベースに価値を見出す方法もあるし、自分たちが設定した価値をより確信するためにヒヤリングを重ねて価値を深堀りしていく方法もあるそうです。 いずれにしてもプロトタイピングでは、ユーザーにとって最優先の価値を選ぶことから始まります。今ある情報で足りなければヒヤリングで情報収集をして、ユーザーメリットを掘り下げていく。これは企画の実現性を高めるためのコツでもあるようです。

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差し入れの地元のスイカを食べながらのワイガヤスタート!

参加者全員の意見シートが各テーブルに並べられ、意見交換のワイガヤが始まりました。

「17歳にとっての価値がわからない」というL17の企画には、
・17歳同士が出会うこと自体が価値
・「考えたことのないことを考える」機会が十分価値では?
・自分の将来を考えること自体が高校生にとって価値になると思う。自分も高校のときに考えておけば良かったと思っている。
などのアドバイスが寄せられたようです。ほかのチームに集まった意見や感想、提案を見ても、チームメンバーだけでは思いつかない発想やアドバイスがいくつもあり、IGNITE!の本領発揮といったところでした。

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■次回IGNITE! Vol.8は8月24日(金)に開催!

次回はプロトタイピングのMVP作り2。利用者が商品と機能を使う体験の流れを、実際に紙に描いていきます。オブザーバーとしての参加も大歓迎! プロトタイピングの成果を発表する10月まで、IGNITE!はさらに盛り上がっていきそうです!

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