長野県富士見町のコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」。都心から離れた地方地域にありながら、運営スタッフのバイカルチャーな感覚による実験的なイベントが注目を集めてきました。そのひとつが、1年間かけて自分たちのアイデアを実際のカタチにしていく参加型ワークショップ「IGNITE!」(イグナイト)です。
知らない同士がチームを組んでプロトタイピングまで辿り着いた!
IGNITE!は4つのステージに分かれています。
1st stage(1~4月):ゲストトーク&ケーススタディ(課題を聞いて刺激を受ける)
2nd stage(5~6月):アイデア創出とチームビルディング
3rd stage(7~9月):プロトタイピング
4th stage(10~12月):acceleration(アクセラレーション)さらなる改善と実用化検討
自分たちのアイデアを、最終的にはベータ版でもいいから実用化させてみようという実験的な取り組みも今回で8回目。参加者同士でチームビルディングしながらできた7つのチームが、それぞれプロトタイピングを進めています。
Alexa代行サービスチーム
(アマゾンのAlexaを地方地域の情報発信や行政窓口業務に利用して、地域問題の解決や地域の活性化に役立てたい)
INBOUND FOR EVERYONEチーム
(富士見町に外国人観光客を呼び、単なる観光事業ではなく、地元住民と外国人観光客との交流や富士見町での文化体験を通じて、富士見町の活性化や雇用促進にも貢献したい)
しおりやさんチーム
(「手作りのしおり」をツールに、作る楽しみ、交換する喜び、思い出としての価値などを共有したい)
アグリレコーダーチーム
(遠隔農地の利用者が、いつでもどこでも自分の畑の様子を観察できたり、植物の成長を映像で記録しておけたりするシステムを提供したい)
思い出の木チーム
(思い入れの木を処分しなくてはならないとき、その木を使ってモノ作りをして、「モノを作る」というユーザー体験も含めて違う形で思い出を残してほしい)
八ヶ岳マルシェチーム
(都心で働く若いシェフを八ヶ岳エリアに呼んで、地元の食材で一期一会の“結”レストランを開きたい)
L17(Limited17) 「働くって何?」を考える17歳限定のワイガヤ
(進路を真剣に考え始める17歳が集まって、社会に出る前に働く価値をワイガヤで考える場を作ってみたい)
電通のクリエーターとブレスト体験!
プロトタイピングを進めるうちに、「実は何をしたいんだっけ?」という根本的なところで止まってしまうチームも出てきました。そんな中、この8月に、IGNITE!参加者限定企画として、電通のビジネスデザインスクエアチームと一緒にアイデアをブレストできるワークショップが開催されました。IGNITE!の2回目にゲストスピーカーとして登壇された、電通のクリエイティブ・ディレクター渋江俊一さんとチームメンバーの皆さんがアイデアやブレストをサポートしてくれるという、貴重な機会です。
当日は遠方の1チームを除く7チームが参加。まずは企画のプロを相手に自分たちのアイデアを3分間でプレゼンするという、緊張感あふれるスタートでした。その後、各チームに電通の方が一人ずつ入って本格的なブレストタイム。
結果から言うと、1時間弱のブレストでどの企画も見事に洗練されたのには驚きです。各チームの中でぼんやりしていた「自分たちのアイデアの最大の価値」が、プロの視点とアドバイスによって自然と深掘りできたようです。
例えば「L17」チームの場合、プロの視点によってターゲットの設定とプロトタイピングのゴールが明確になったようです。このチームに参加されたのは、電通ビジネスデザインスクエア、未来創造室のプランナー秋吉成星吾さん。加えて、別のイベントで森のオフィスに来ていた高校生と大学生も参加してくれることになり、十代のリアルな話を聞きながらのブレストとなりました。
具体的に訊くと具体的に考え始める
まず秋吉さんから、「17歳を集めるとき地域を限定しますか?」という質問がありました。場所は企画の行方に影響を与える大きな要素だそうです。秋吉さんのアドバイスで、基本的なターゲットを「富士見町の高校生」に設定し直しました。
L17のテーマは「働く価値を考える」。さらに秋吉さんから、「何をきっかけに働く価値を考えてほしいか」という具体的な観点を訊かれたチームメンバーは、思わぬ質問に戸惑ったようですが、具体的に訊かれると具体的に考え始めるのが脳の特徴です。とっかかりとして「どんな働き方をしてみたいか」を高校生に投げかけると、高3男子から、「色々やってみたいけど、自分には能力がない」という答えが返ってきました。
「色々やるなら自営業かもしれないけど、自分には能力がない。自由な形で働いている人や社会の仕組みをまだよく知らないから、自分に合ったものが見つかっていない。能力を活かして自由に仕事ができる力が身につく働き方をしたい」
ここで秋吉さんは、「自営業をする能力がない」という発言が引っかかったようで、「なぜそう思うの?」と重ねて問いかけます。
「まずはお金がかかる。人が信頼するところにお金は集まると思うけれど、自分の魅力を売り込むにしても社会に出てないから信頼してもらう実績がない。社会に出てすぐに自分を売り込むのはリスクが高いと思っている」
もう一人の高3男子は、「僕が知りたいのは、自分の人生にどう仕事が関わってくるのか、仕事をすることで生活がどう変わるのか、どのくらい仕事に時間を使って、自分の好きなことにどのくらい時間を使えるのかということ。人生の中で仕事の役割を知って、それによって仕事を選べたらいいなと思う」
どうなったらこの企画は成功なのか?
このやり取りから見えてきたのは、高校生に「働く価値」を問う以前に、彼らはまず「社会」そのものを知りたいと思っているということでした。
「だとしたら、どうなったらこの企画は成功なのか」。秋吉さんがから新たな問いが投げかけられました。
ここで出てきたのが「生き方」というキーワードです。働き方は生き方に影響するけれど、人生は仕事がすべてじゃない。けれど高校生は、どんな選択肢があるのかがわからない。「生き方の選択肢を与えてくれたら、あとは自分たちで判断します」という彼らの意見から、高校生にとっては「知らないことを知る」だけでも価値があることに気づいたようです。
さらにブレストを重ねると、17歳では遅すぎるという発見もありました。高校によっては入学当時から進路についての話があり、17歳ですでに進路を決めている学生もいる。そこでターゲットを「17歳」から「15歳」に変え、企画名も「L15」に変更しました。
「L15」のターゲットは、社会がわからない、社会を知らない、社会を知りたい富士見町の15歳。そんな彼らに生き方の選択肢を提示して、彼らが自分で考えて判断できる状態になる。それを実現するためのワークショップが「L15」のプロトタイピングになりそうです。
ターゲットのヒヤリングでアイデアの価値が見えてくる
このチームのリーダーは、前回のIGNITE!で、「正直、この企画の価値はわからない。なぜなら自分は高校生じゃないから」と悩んでいました。ところが今回、幸運なことにターゲットである高校生がブレストに参加してくれたおかげで、ターゲットの生の声を聞くことができました。ヒヤリングの結果、生き方の選択肢がわかること自体が企画の魅力になり得るし、価値にもなると判断できたのです。
「まずはなんのためにやるのかという目的を明確にすること。言葉にできないときは何かがあいまいになっている。わからないときは逃げないでターゲットに聞くこと。そして“なぜ”(WHY)を重ねていく。最初の“なぜ”は表面的かもしれないから、“なぜ”を重ねていくと本質的になる」
これは秋吉さんからのアドバイスです。前回津田さんも、まったく同じアドバイスをされていたことを思い出しました。
また、まとめ方のコツとしては、「一言で言うと何なのか」が一番わかりやすいそうです。範囲を広げ過ぎると何でもありになってしまうので、「一言で●●のため」とシンプルにまとめること。これは企画に限らず、何かを伝えるときのコツとも言えそうです。
利用者の気分になって理想的な体験ストーリーを描く「UXフロー」
今回はプロトタイピングの2回目として②の「UXフロー」にチャレンジしました。
「UX」とはUser Experienceの略で、ユーザーが製品やサービスを通じて得られる体験のこと。実は、IGNITE!の主催者である津田賀央さんはUXデザイナーでもあります。「UX?」「フロー?」という参加者のために、まずは津田さんから「UXフロー」についてわかりやすいお話がありました。
(左)IGNITE!主催者の津田賀央さん/(右)IGNITE!ファシリテーターの松井彩香さん
プロトタイピングは「MVP」(Minimum Viable Product=最小単位の実行可能な機能が備わった製品)を作ることから始まります。この商品やサービスは本当に面白いのか? 見込み客にとって必要なのか? こうした価値を見極めるためにMVPを作って試してみるわけです。
サードステージのおさらいも兼ねてMVP作りの流れをもう一度復習しておくと、
MVP作り①:利用者価値が最も高い機能を考えて、選択する
MVP作り②:利用者が①の機能を体験する流れを描く(UXフロー)
MVP作り③:UXフローを実際に作ったり(ペーパープロト)、やってみたり(ミニイベント)する
MVP作り④:プロトタイプのブラッシュアップ
今回のテーマはMVP作り②「利用者の体験の流れを描く」。言葉で説明するよりも実際に見てもらおうということで、津田さんがUXフローをライブで描いてくれました。
(左)津田さんが描くUXフローをじっと見つめる参加者/(右)津田さんが即興で描いたUXフローの見本
UXフローは「User」と「Service」の二方向から描きます。Userの要素は「user mind(利用者の気持ち)」と「user action」(利用者の行動)。Serviceの要素は「front end action」(サービス・フロントの動作)と「back end action」(サービス・バックエンドの動作)。簡単に言うと、商品・サービスの表側の機能と裏側の機能です。
スマホのアプリで説明すると、アプリにはユーザーに見えている部分だけでなく裏側で機能している部分もあります。ユーザーがアプリに名前を入力する→登録する→アプリの裏では名前が登録される。こうしてデータとして溜まっていくわけです。
IGNITE!に参加しなければ一生やらなかった
ユーザーの気分になって、使い始めから使い終わりまでの大変をどんどん描いていく。商品やサービスを使うシーンだけでなく、できれば出会いからリピートまで、単なる使い方の説明にとどまらず、利用者の感情や反応まで、提供したい価値を得てもらうための理想的なストーリーが盛り込まれているとより良いUXフローになるそうです。
座学のあとはチームに分かれて実際にUXフローを作り、できたチームから津田さんと松井さんにチェックを受けたり、できたチーム同士でフローを説明し合ってお互いに検証し合う段取りでした。
しかし、参加者全員がUXフローは初体験。チームによっては「そもそも利用者価値が最も高い機能は何だろう?」という“そもそも論”に立ち返ってしまったりと、想像以上に時間がかかったようです。
それでも、「IGNITE!に参加しなければ、自分で企画するなんて一生やらなかったかもしれません」というある参加者の言葉に、周囲の人たちも「うんうん」とうなずいていました。
好奇心と創造力に火をつけるIGNITE!。みんなでどこにたどり着くのか、この先も目が離せません。
■次回IGNITE! Vol.9は9月21日(金)に開催!
サードステージのプロトタイピングも大詰めです。次回はUXフローをもとにした紙芝居の発表会。利用者が商品と機能を使う体験の流れを、実際に紙に描いていきます。オブザーバーとしての参加も大歓迎だそうです!