まもなく本格的な積雪期を迎える八ヶ岳。その麓にあるコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」(長野県富士見町)では、今年1月から始まった実験的なイベント「IGNITE!」(イグナイト)が終盤を迎えています。
IGNITE!は「アイデアをカタチにする」がテーマの全12回のワークショップ。フリーランスで働く移住者、地元の会社員、県外からの飛び入り参加など、多種多様な人たちが集まってチームを組み、自分たちのアイデアをカタチにする手法をその道のプロから学び、実際にプロトタイピングするところまでたどり着きました。
10回目となる今回、当初の予定ではaccelerationの回でした。ところが、参加者専用のfacebook groupにアップされるプロトタイピングのクォリティが主催者の予想を超えていたようです。各チームとも練りに練っている様子。そこでIGNITE!のゴールをプロトタイピングの成果発表に変更し、今回は中間報告となりました。
スケールしないことをする! ~AGRI Recorderチーム
トップバッターは、地元企業のエンジニアとセロリ農家の実業家がタッグを組んだAGRI Recorderチーム。植物の成長を定点観察して、自動で記録しておけるシステムのプロトタイピングに取り組んでいます。
中間報告では「いつまでに」「何をするか」を宣言することになっていました。チームリーダーの竹内さんは、「12月までに、身近な人たちにお試しで使ってもらえるレベルのプロトタイプを完成させて発表する」と宣言。最初のユーザーは、チームメンバーでもあるセロリ農家を想定しているようです。
AGRI Recorderチーム。リーダー竹内さん
2019年の農作業シーズンインに間に合うように2月からプロトタイプを現場(畑)に投入し、フィールドテストを実施。1年かけてフィールドテスト・モニターテストを行いながらプロトタイプの改良を重ね、製品化を目指すとのこと。
今回、IGNITE!に持参したプロトタイプは、9月に作成した試作1号機の改良版。いずれも市販部品を組み合わせた構造ですが、1号機では植木鉢を代用していた外装が2号機ではパイプになり、百均アイテムを多用してより畑に設置しやすい工夫が施されていました。
また、1号機にはなかった防水性も確保され、課題のひとつになっているバッテリーは、連続駆動時間が20hから72hへと飛躍的に改良されています。
チームのfacebookを立ち上げてプロトタイピングの進捗をアップしてきたところ、自然農法でぶどう作りから手掛けているワインの生産者が興味を持ってくれたり、JAから問い合わせが来たりしているようです。
「アイデアをカタチにすると反響がすごい」
自分たちのアイデアが世の中から求められている実感。この手応えこそプロトタイピングの目的です。スタートアップの基本でもある「スケールしないことをしよう!」の姿勢で着実に事が進んでいました。
模擬イベントで世の中にないサービスの実現性を測る ~思い出の木チーム
想い出の木チームでは、「想い出の詰まった木をこれからの生活に残しませんか?」をテーマに、想い出の木を使ったワークショップのプロトタイピングを進めています。
単なる木工ではなく、想い出の木を加工して新しい思い出を作りませんかという提案です。加工のアイデアとしてチームリーダーの眞野さんが考えたのは、想い出の木から器を作ること。調べてみたところ、まだ世の中にはないサービスだったので、手順、道具、作業時間、器作りの工程を検証するために、まずは自分で器を作ってみたそうです。
想い出の木を使った器の試作品
上出来の仕上がりとは言えないけれど、想い出の木を別のカタチで残すという趣旨からすると、かえって味わい深いのではないか。そんな手応えを感じたので、次のステップは想い出の木を使って器を作るワークショップを設計中です。
12月までに疑似イベントとしてワークショップを行い、想い出の木をこれからの生活に残すことがユーザーにとっての価値になるかを検証する。チームメンバーの児玉さんを仮想顧客に見立て、実際に想い出の木から器を作ってみるそうです。
「将来的にはクラフトイベントに出店したり、想い出の木で木工をする仲間で集まったりできたらいいですね」(眞野さん)
想い出の木ホームページ https://logsnagano.web.fc2.com/#body
想い出の木チームリーダー眞野さん(左)メンバーの児玉さん(右)
Open the page of your life, with the bookmark ~チームしおりやさん
「しおりをとおして、人と人をつなぐ価値を作りたい」をテーマにプロトタイピングを進めている、チームしおりやさん。企画を始めた当初はユーザーの設定や価値の最大化に悩んでいたようですが、チームメンバーとコツコツ話し合いを重ね、とにかくプロトタイプイベントをやって価値を検証してみようとなりました。
チームしおりやさんリーダー蜂谷さん
イベントのメインターゲットは親子連れ。参加者は用意された紙に絵を描いてしおりを作り、お互いのしおりを交換します。
11月のプロトタイプイベント①で検証したいのは参加者の反応です。しおり作りはコミュニケーション・ツールになるか。しおり作りが本に親しむきっかけになるか。しおり作りを本当に楽しんでもらえるかの検証は、価値の最大化に通じるこの企画の要です。
12月のゴールは、初回の検証結果をもとにプロトタイプイベント②を開催すること。2回目は告知のタイミングや方法を検証します。
「子どもたちがイベントに参加してくれて、しおり作りを楽しんでくれたら、来年の春休みに地元の図書館などで本番のイベントをやってみたい」という蜂谷さんの行動力は、プロトタイピングで苦戦している他のイベント系のチームの良い刺激になったようです。
蜂谷さん手作りの飛び出すしおり
富士見町役場の正式プロジェクト承認まであと一歩!? ~Alexa行政チーム
アマゾンのスマートスピーカーAlexaを行政の情報発信や窓口業務に利用して、地域問題の解決や地域の活性化に役立てたいという、Alexa行政チーム。12月には、告知放送などのスマートデバイス化を富士見町の正式プロジェクトとして承認してもらうことを目標に据えています。
ちょうどIGNITE!当日、チームリーダーの近藤さんは富士見町役場に提案書と見積書を提出しました。
スマートスピーカーを使った告知放送を、まずは役場内や役場の関係者に公開するスモールスタートから始めたいという提案書と共に、サービス実現に必要な初期コストやランニングコスト、及びリリース後の保守体制に関するコストを取りまとめた本格的な見積書を作成したそうです。
今現在は12月の予算判定の結果を待っているところ。予算が承認された場合は議会へと進むので、正式プロジェクトに承認されたときは本格的にメンバーを募集するそうです。
Alexa行政チームリーダー近藤さん
「思いっきり妄想です」と言いながら、早い段階から先々の展開を語っていたAlexa行政チーム。行政の感触が良ければ2019年1月から実証実験の準備を始め、4月には庁舎内と関係者を対象に実証実験を開始。7月には次期(再来年)の計画を検討し、10月に次期計画の準備。オリンピックイヤーの2020年4月に2年目のサービスを開始するという、仮のマイルストーンもしっかりイメージできているようです。
コミュニケーションプランニング ~価値をどう伝えるか
ところで、今まではプロトタイピングで“サービスの価値”を考えてきました。プロトタイピングが進み、製品化もしくは本番のイベントが視野に入ってくると、今度は“売るための価値”を考える必要がでてきます。実現したい価値を売りやすくするためにはどんな価値付けがあれば効果的かといった、広報的な要素です。
今の段階で広報のことまで考えておくとプロトタイピングに落とし込めるということで、津田さんと松井さんからコミュニケーションプランのお話がありました。
コミュニケーションプランで考える要素は、「誰に伝えるのか」「何を伝えるのか」「どうやって伝えるのか」。ポイントはPRの視点を加味することです。
IGNITE!主催者の津田賀央さん(左)ファシリテーターの松井彩香さん(右)
「誰に伝えるか」「何を伝えるか」を考える場合に押さえておきたいのは消費者行動原理。生活者の行動を理解する有名なフレームワークに「AIDMA」(アイドマ※)がありますが、インターネットの普及で「AIDMA」が「AISAS」(アイサス※)に変わって来たそうです。
AISASは10年前に登場したフレームワークですが、何かに注目・認知をして興味を持ったらググって調べて、すぐにアマゾンで購入して、「こんなの買ったよ」とシェアする今の私たちの消費行動に照らし合わせると、対象によってはまだ使える考え方といえます。
<注>
※AIDMA:「A」Attention(注意・認知)→「I」Interest(関心)→「D」Desire(欲求)→「M」
Memory(記憶)→「A」Action(行動)
※AISAS:「A」Attention(注意・認知)→「I」Interestで(関心)→「S」Search(検索)→「A」
Action(購買行動)→「S」Share(SNSなどのシェア)
最近は、ソーシャルメディアを積極的に活用することを前提とした者消費行動モデル「SIPS」(シップス※)も出てきました。
<注>
※SIPS:「S」Sympathize(共感)→「I」Identify(確認)→「P」Participate(参加)→「S」Share & Spread(共有と拡散)
アグリレコーダーチームを例にすると、商品の機能性に加え、「アグリレコーダー」という商品が成し遂げようとしている世界観に、農家の人が共感できるかどうかはとてもだいじなこと。共感できるなら、さらにその世界観に自分も参加してみたい、応援したいといった消費行動は、実際の生活者の行動をベースにしたブランディングやマーケティングにもなるのです。
どうやって伝えるか ~PR視点で見た価値の最大化
「どうやって伝えるか」のポイントは3つ。価値を最大化するためのポジショニング、ブランディング、コミュニケーション戦略です。
価値を最大化するポジショニングの秘訣は、価値の最大化が可能な相手と、その相手に対する最適な伝え方を考えること。商品が持つ価値を、最も強く印象付けられるターゲットは誰か? 見込み客(ターゲット)の頭の中にどんなスタンプを押すことができるか? ここをしっかりと押さえていきます。
ターゲットの頭の中にスタンプを押すとは、商品や企業の物語を語っていくことです。それを時系列にやっていくとひとつのストーリーになります。つまりブランディングとは、ストーリーテリングしていくこと。商品であれば、物語が伝わるような開発の背景やデザイン、付帯機能、パッケージングなどを考えてブランディングしていくわけです。
これはプロトタイピングでも同じこと。デザイン表現、付帯機能、パッケージング、すべてプロトタイピングに影響します。
最後に、コミュニケーション戦略の代表的なものは、広告、パブリシティ、販売促進活動です。それぞれに特徴があり、どの戦略をとるのかでプロトタイピングにも影響してきます。悩みどころではありますが、コミュニケーション戦略を具体的に考える段階まできたら、製品やサービスのリリースも近いということ。
恒例のワイガヤでは、PR視点で「誰に伝えるのか」「何を伝えるのか」「どうやって伝えるのか」を話し合い、さらに宿題として持ち帰りました。
日ごとに寒さが増している八ヶ岳エリアですが、IGNITE!は来月のゴールに向けて熱量が増しています!
次回IGNITE! Vol.11は11月30日(金)に開催!
次回は宿題(コミュニケーションプランニング)の発表と、12月のゴールに向けたプロトタイピングの最終調整。IGNITE!もいよいよ大詰めです!