2019年にオープンした「灯りの宿 燈月」が佇むのは、温泉湧出量日本一を誇る大分県、別府市西部に位置する鉄輪地区の温泉エリア。多くの効能で知られる鉄輪温泉の湯を100%源泉かけ流しにこだわるこのホテルの支配人を務めている伊藤伸さんがこの地に転職してきたのは57歳のとき。「まだまだ上をめざして働きたい。収入だって上げていきたい。」と、転職を決断したのだといいます。伊藤さんが考える地方のやりがいとは何なのでしょうか?
やりがいを感じられなくなり、行き詰まり感
「灯りの宿 燈月」はモダンでスタイリッシュな外観に、客室はすべて洋室。家族風呂は3つ、100%源泉かけ流しのほか、多言語対応のAiスピーカーが設置され、食事は地元のこだわり食材を使用したビュッフェスタイル。インバウンドにも対応できる最先端ホテルとして注目され続けています。
伊藤さんは熊本の出身。大学卒業後、鹿児島、福岡のホテルで営業部長や支配人として活躍しました。
これまで、宿泊部門のほかレストラン、宴会の各部門も経験してきた伊藤さん。営業部に配属されると、1人の年間売上が平均6000万円だった社内で、3億円を売り上げる敏腕営業マンになり、30代で本部長に昇進。約250人いた社員のナンバー4まで登り詰めました。
「しかし、そこから先がなかったんです。50歳を過ぎたら、役員になるぐらいで、先の楽しみが無くなっていきます。もっと、上を目指して、やりがいを感じたかったんです。」
日本人材機構の伴走型転職支援サービスに登録し、紹介されたのが、「灯りの宿 燈月」を経営している「秀エンタープライズ」(本社別府市)だったのだそうです。
「秀エンタープライズ」は、大分県内にホテルを15ヵ所経営する年商140億円の地場企業。ここなら大きな仕事ができそうだと思いました。もともとインバウンドに興味があり、同社がインバウンド誘致でホテルの計画を立てているタイミングだったことも、よかったのだと思います。」
灯りの宿 燈月 支配人 伊藤 伸さん
ホテルの「働き方改革」を推進
転職後、伊藤さんが任されたのが「灯りの宿 燈月」のソフト面の構築でした。ホテルが目指すサービスの在り方を考え、中国人、ネパール人、韓国人、ベトナム人など、国際色豊かなスタッフに教育すると同時に備品の検討・調達も担当し、客室へのAi設置も伊藤さんのアイデアで実現しました。
努力の甲斐あって、開業から間もなく迎えたゴールデンウィークは、海外から多くの観光客でにぎわったといいます。
「社員の研修は今も毎日やっています。すぐに100%の接客ができる訳ではありませんから、日々の訓練が大事なのです。」
今、伊藤さんが取り組んでいるのは、一人ひとりが全部の仕事をやっていくスタイル。温泉は、昼間はお客様がいないため、昼間抜けて、朝晩働きます。そこで、2部交代制にし、レストランから、清掃、ベットメイキング、チェックイン、チェックアウトまで、全員で、交代でやっていくシステムを作ろうと、伊藤さんたちは、役員たちも含めて清掃やベッドメイキングに取り組んでいるといいます。
客室の随所に、心のこもったおもてなしが感じられる
「このシステムは残業がない代わりに、多様な仕事をこなさないといけないのでハードです。ホテル業界はどうしても、勤務時間が長くて、仕事がきついことがネックでした。体育会系のホテルが多く、そういう課題を払拭していかないと、人も、経営も、続いていかない。であれば、上に立つ人間も一緒になって働く姿勢を見せないといけません。」
「普通は月に7日くらいの休みを、このホテルは月に9日間にしました。暇な日は早く帰らせます。有給休暇も積極的に取らせるようにしました。入ったばかりの子がもう有休を取っています。そういう職場のほうが、みんなで協力してやろうという気持ちも芽生えてくると思うんです。サービス業は、スタッフが笑顔で出社して、楽しく仕事ができるような体制を作っていくことが大事だと思います。」
地方ならではのやりがい
九州最大の都市である福岡と、大分県別府市。同じホテル業で働きながらも、双方のマーケットやスタイルには違いがあるのだといいます。福岡は、用途がビジネスと観光とに別れてしまうのに対し、別府は、ほとんどが1泊2食付きのお客様。
「都会の大型ホテルやビジネスホテルになりますと、どうしても機械的なサービスになってしまうんですが、地方では言葉の掛け方から違ってくる。誘致の切り口も、旅行会社、インターネット、インバウンドと、別府はいろいろあり、学べることもたくさんあります。」
「おおいた和牛」と地元の新鮮な食材を使ったプレミアムビュッフェ。
体験してわかる地方のリアル
今でこそ、別府を堪能している伊藤さんですが、移住に関して、最初は奥様と揉めたといいます。「家族にも納得してもらえる中身がないと、移住は難しいと思います。私の場合は、給料があまり変わらなかったのも大きかったですね。地方へ転職すると給料が下がる」と思われがちですが、ある程度キャリアがあれば、逆に、地方の方が高くなる可能性があります。キャリアのある人材を迎えたい地方企業は多いですし、経営幹部として入れば、むしろ高くなると思います。」
特に別府市や大分市は女性の給料が高く、女性の活躍の場も多いそう。「妻も大分市内のホテルで働いているのですが、世帯としての収入は、海外赴任時代などを除くと、ここ最近では一番多いんじゃないでしょうか。」
現在、伊藤さんは分市内で奥様と二人暮らし。「ご近所の方がフレンドリーで、向こうから話してくださる。そこが地方の良いところ。都会で暮らしていたときは隣に誰が住んでいるのかわかりませんでしたので、今のほうがうまくコミュニケーションがとれています。社内も同じで、地方の会社のほうが話しやすいですね。」
自宅からホテルまでは車で40分。都会のように、満員電車や渋滞で時間を浪費することもないという伊藤さん。社員はグループのホテルにある温泉はいつでも利用できるため、休日や勤務後には温泉巡りを楽しんでいるのだそう。
「総合病院だけでなく、内科、外科など、なんでも揃っているし、有名な眼科もあります。物価も安いし、おいしい食べ物もたくさんあって、治安がものすごく良いです。」
休日に訪れた「九重“夢”大吊橋」にて、奥様との一枚。
地方だからこそ、いくつになっても夢を持てる
職場では「働き方改革」を推進している伊藤さんは、ほぼ休みなく働き続けているといいます。「仕事が楽しくてたまらないんです。地方では、やれることの幅が広く、いろいろなことができます。地方の会社では、50代、60代が活躍しています。特にホテル業は定年が関係ないので、60代がたくさんいますし、グループ会社のトップにもなれる。」
「年齢もキャリアもある程度落ち着いたら、地方のほうが良いと思います。単に暮らしやすいというだけでなく、仕事の面で、高みを目指せます。給料や知名度だけで動くと長く続きません。大事なのは、やりがいのある仕事かどうか。自分の思いと合致する場所を見つけたら、躊躇せずに地方にポンと行ってみるのも面白いと思う。もし自分が、10年くらい前にここに来ていたら、もっと面白いことできたのにと思うんです。」
伊藤さんの活躍がこれからも期待されます。