福山駅から徒歩2分。楽天、じゃらんなどの旅行サイトで高評価の「福山オリエンタルホテル」。今でこそ福山を代表するビジネスホテルとして知られていますが、このホテルを運営する株式会社サン・クレアは、負債50億円を抱えていた過去があるのです。いかにして、負債を整理完済しここまでの人気ホテルに再生できたのか、その長い道のりについて、代表取締役CEOを務める羽鳥雅之さんに、お話をうかがいました。
予想外の事実上の倒産
羽鳥さんが実家に戻り、ホテル事業を再生することになったのは25歳のときでした。
もともと実家はデニム製造販売の老舗で、全国に支社・営業所・小売店を展開。1989年にホテル事業に進出し、ピーク時は年商100億円、従業員数800名を超える企業だったといいます。しかし、1992年頃から経営が悪化。2度の不渡りを出してしまい、1998年に事実上の倒産となってしまったのです。
「当時、大学3年生でした。いずれ家業を継ぐつもりで、東京の大学に進学したのですが、突如、就職先を探さなくてはならなくなりまして。就職活動には遅すぎるタイミングでしたが、たまたま研究室の先輩の紹介で、卒業後、IBMのシステムエンジニアとして入社することになりました。しかし、就職して3年目の25歳。借入返済の猶予や示談を求めてあちこちに頭を下げて回っていた父親が、過労で倒れてしまいました。そこで、私が実家に戻ることを決意したのです。」
銀行に頼み込みホテル事業を継続
何とかなるだろうと、軽く考えて実家に戻った羽鳥さんを待っていたのは、厳しい現実でした。負債総額は約50億円。返済の目処が全く立っていない状況で、厳しい債務の取り立てや親族役員の自殺、家族の病気と厳しい日々が続き、将来が全く見えなかったと言います。それでも、残った社員の人生を背負っている今、立ち止まっている猶予は一切ありません。そこで羽鳥さんは、土地や工場も含め、デニム関連の事業を全て手放し、唯一赤字ではあったものの、3億円の売上があったホテル事業だけは残したいと、銀行に頼み込みました。負債を引き受ける条件でホテル事業を継続できることになったのです。
辛辣な口コミ。欠けていた“人”の育成
「当時、インターネットでホテルのホームページが出始めた頃。ホームページをつくり、インターネット予約を開始しました。するとそこから予約が見る見るうちに増えて行きました。従業員も前向きになり、立ち上がったばかりの予約サイト『旅の窓口(現:楽天トラベル)』などにも登録しました。それで、ホテル事業に未来を託そうと判断したわけですが、寄せられたお客様からの口コミは愕然とするものでした。
「壁紙はめくれ、天井はシミだらけ。いい気持ちではありませんでした」
「スタッフはクレームがあっても悪びれた様子もなくマイペース。不愉快でした」
「過去にも同じクレームが書き込まれているのに改善されないのは安い価格を理由にしたホテルの甘えでしかありません」。
「ホテルに対して愛を感じられない」という辛辣な口コミに、羽鳥さんはホテル再生事業のスタート地点に立ったのだと言います。
現実は稼働率50%以下、施設はボロボロ、社員の士気は皆無な状況。そこで、羽鳥さんが真っ先に取り組んだのが、「人の育成」でした。採用基準や人材育成について何もわかりませんでした。どうやったらみんなの心が一つになるのかと、手探りの日々の中、羽鳥さんは、V字回復を成し遂げてきた、松下幸之助、渋沢栄一、小林一三、井深大、盛田昭夫、本田宗一郎、土光敏夫、早川徳次、稲盛和夫、堀場雅夫…といった日本の名経営者たちの著書を読み漁りました。
「どの本にもあるのが、志、感謝、努力、利他の精神、思いやり、素直な心。それらはまさに当時の私たちに欠けているものでした。ホテル事業の再生には、まずは志を一つにできる仲間が必要でした。」
自分たちの手で改修・改善。どんどん湧いていったホテルへの愛
ホテル事業に欠けていたのは、「人」だと気づいた羽鳥さん。「これまで多くの従業員が離れていきました。現在の中心メンバーは、当時から私と一緒に歩んでくれた仲間たちです。彼らは、剥がれた壁紙や天井についたシミなど、一つ一つ、自分たちで改修していきました。すると不思議なことに、どんどんホテルに愛着が湧いて、絆も強固になりました。」
徐々に実績もついてきて、50%以下だった稼働率が、2014年には稼働率が90%を超え、様々な評価ランキングで1位を獲得するようになりました。そして、事実上の倒産から15年の月日を経て、過去の負債も整理・完済したのです。
「創造・和・誠実」の精神に立ち返る
羽鳥さんの父親が創業した会社の社是は、「創造・和・誠実」。「創造=常にクリエイティブに新たな発想を大切にする」、「和=仲間に思いやりを持ち、利他の精神を大切にする」、「誠実=常に正直、素直な心を大切にする」です。羽鳥さんは、この中の「創造」に光をあて、2015年に社名を「サン・クレア」として新たなスタートを切りました。
「経営理念は、『地域に愛されるホテル』。それは、お客様にだけでなく、従業員たちやその家族のみなさん、そして、地域の業者さんや近隣の住民の方々にも愛されるホテルです。
現在はホテル経営のほかにも、ホテルマネジメントやホテル事業再生、コンサルティング、M&Aも手がけるサン・クレア。
しかし、成長の中でも「人」を重んじる考え方は変わりません。
「倒産時に手っ取り早く法的整理を選んでいれば、もっと簡単にリスタートきれたかも知れません。けれども、たとえ時間がかかっても地道に改善を進めてきたのです。各地のホテルを年間100泊程度する方の『福山オリエンタルホテルは日本一!』というネットの書き込みを初めて見たときは、体が打ち震え、涙が溢れ出ました。」
負債50億円から再生を果たしたサン・クレアは、今、世界をも視野に入れ、「2025年までに年商100億円」を目指して、世の中に役立つホテル作りにチャレンジしたいといいます。それは、IOT導入により快適に過ごせるホテルや地域を巻き込んだホテルなど、様々。「世界に日本の底力を示すべきです。メンタリティやDNAの部分における日本の、日本人の良さ、それを一番わかりやすく示せるのはきっと宿泊や観光業なのではないでしょうか。」
羽鳥さんの活躍はこれからも続くことでしょう。