人吉市は温泉や球磨川などの観光資源に恵まれ、2015年に文化庁から日本遺産に認定された地域です。人吉城跡をはじめ、国宝の青井阿蘇神社や相良三十三観音などが大切に受け継がれてきました。米と水に恵まれ、500年の歴史を誇る球磨焼酎も有名です。
ここは年間120万人以上の観光客が訪れる町。しかしながら、宿泊客は全体の1割にも満たないことが課題でした。株式会社NOTE人吉球磨の代表村口隆氏は、観光客が人吉に滞在して経済効果をもたらす仕組みや流れを生み出そうと考え、着目したのが、地域に点在する古民家だったといいます。
元気な地域にある「住民主導」と「唯一性」
株式会社NOTE人吉球磨は、熊本県人吉市に位置する、地元の住民が立ち上がって設立した企業です。代表の村口氏は、元人吉市の市議会議員でした。「全国で地域活性化の成功事例を30カ所以上視察し人吉市に生かそうと思ったのですが、利害関係を考えると率先して動けませんでした。体調を崩したこともあり、市民として市を盛り上げて行こうと考えたのです。」
村口氏は各地を視察するなかで、元気な地域には、「住民主導」と「唯一性」があることに気づきます。「地元民では気づきにくい地域の唯一性を“よそもの”を巻き込んで客観的に見ている地域は活性化に成功しているのです。」
さらに、村口氏は知人の紹介で兵庫県の丹波篠山を拠点に、古民家の再生活用事業を行う株式会社NOTEの取り組みを知ります。人吉は人口が多く温泉に文化財、球磨焼酎の蔵元と地域資源が豊富なところ。これはいける!と考え、賛同する仲間を集めて、2017年5月に株式会社NOTE人吉球磨を設立しました。
注目したのは鉄道遺産
人吉市には多くの古民家がありますが、村口氏が最初に注目したのは明治時代から現存しているJR肥薩線の無人駅や旧駅長宿舎でした。
「1909年に開業した大畑駅は高い山の中にある、ループ線のなかにスイッチバックを併せもつ日本で唯一の駅です。地元の人たちは、ボランティアで10年以上、大畑駅の草むしりや清掃を続けています。観光列車が停車する時はみんなで手を振って笑顔で出迎えます。観光列車『いさぶろう・しんぺい号』や豪華列車『ななつ星』が停車する鉄道ファンも多い立地。ここでしかできない体験を生み出したいと考えました。」
隣の矢岳駅から真幸駅に続く車窓からの眺めは、えびの高原と霧島連山を望める「日本三大車窓」のひとつです。村口氏は大畑駅に隣接する旧国鉄保線区詰所をレストランにし、矢岳駅にある旧矢岳駅駅長宿舎などの古民家をホテルに再生する計画を策定。2017年8月に人吉市とJR九州、肥後銀行、株式会社NOTEの4社で協定を締結し熊本未来創生ファンドからの投資によって、プロジェクトが一気に動きだしました。
「人吉駅から旅を始め大畑駅までは列車で約20分。肥薩線の歴史や旅のコンセプトについて案内人の話を聞きながら大畑駅に到着します。再生レストランでの一流シェフの料理を楽しんでいただき、タイミングが合えば観光列車も見られると思います。その後、矢岳駅に移動し古民家を再生したホテルに宿泊。宮地嶽神社からの眺めや眼下に広がる美しい雲海を見ることができますよ」
希望すれば、辛子レンコン作りや桃のシャーベット作りなど、この地域ならではの体験も楽しめるのだとか。NOTE人吉球磨は地元の住民が主体となって地域のなかに埋もれていた「唯一性」を見出しました。「何もない」から「ほかにない価値」を生み出した人吉球磨のこれからに目を離せません。