4月に発表された関東経済産業局の「地方移転に関する動向調査」で、自治体が考える移住希望者が移住先の決定において重視すると考える要素としては、「仕事」が87.6%で最も多く、続いて「自然環境、生活・居住環境」が76.9%、「子育てなど移住後の生活に対する支援施策の充実」の65.1%でした。昨年4月から政令指定都市や中核都市について、「移住と暮らし」という視点からさまざまな都市の魅力と実態をお伝えしてきていますが、今回は滋賀県「大津市」です。地方都市への移住を考える上で参考にしていただければと思います。
オンリーワンのびわ湖活かし観光による地域活性化へ
今月、滋賀県大津市では同県や同市、商工会議所等の経済団体や観光事業者等による「びわ湖コンベンションストリート活性化協議会」が設立されました。琵琶湖南西岸には官民のコンベンション施設11ヵ所が集積した地区がありますが、それらの施設を核として2025年大阪・関西万博関連などの国際・国内会議を誘致し、観光振興を推進する構想によるものです。なお、同施設がある地域では「なぎさ公園周辺魅力向上プロジェクト」の事業も進められています。
さて、大津市は2020年に発表された48の中核都市を対象に、6つの基本指標と「健康」「文化」「仕事」「生活」「教育」の5分野33指標で算出された日本総合研究所の「都道府県別幸福度ランキング」では、総合10位、関西圏では1位と高い評価でした。一方、全国のビジネスパーソンを対象に「快適な暮らし」や「生活の利便性」など8分野で調査した日経BP総合研究所の「住みよい街2020」では都道府県庁所在地で36位でした。
日本最大の湖、琵琶湖を抱く滋賀県は美しい水辺の風景や豊かな自然環境が魅力です。大津市は人口約34万人の県庁所在地ですが、市域の大部分は森林で比良、比叡などの山々と琵琶湖に挟まれた湖岸地域の南北に細長い平地部に市街地が形成されています。湖畔と山並みが織りなす景観と世界文化遺産に登録されている比叡山延暦寺などの歴史遺産が美しく、そこに都市機能が集積した自然と都会がバランスよく共存する都市で、京都市に隣接しています。
大津市は温暖湿潤気候で、夏は短くて暑く、冬は風が強く寒いですが、琵琶湖のおかけで1日の気温の変化や年間の気温の変化も比較的小さいといわれています。なお、沿岸の盆地と高地では気温差が5度以上になることもあります。年間の日照時間の合計値は1870.2時間と日照量は多く、年間の降雨量は1566.6mmです。1991年から2020年までの平均気温は下表のように15.1度で、2020年は15.8度と上昇してきています。
京都市に隣接するためJR京都駅までは電車で10分余り。大阪へも新快速で約40分、名古屋まで新幹線で約30分の近距離にあり、京阪神への通勤や通学、休日の遠出にも便利。大津市内の公共交通機関にはJR(琵琶湖線・湖西線)、京阪(京津線・石山坂本線)、バスも京阪をはじめ近江鉄道など多数あり、公共交通を使った市内の主要な公共施設や観光地、病院への行き方が一目で分かるよう工夫された「大津市バス&電車乗り換えマップ」も配布されています。
「夢があふれるまち大津」の実現へリーディングプロジェクト事業推進
2021年3月に国土交通省から発表された滋賀県の公示地価は、商業地がマイナス0.7%で8年ぶりの下落になったほか、住宅地もマイナス1.3%と13年連続で下落。コロナ禍で2020年より上昇地点が大幅に減少し、下落幅も拡大しました。大津市の商業地では2020年夏の西武百貨店の閉店の影響もあり、平均変動率が前年の上昇から下落に転じたほか、住宅地は前年に引き続き下落となりました。現在、西武大津店の跡地には大規模マンションが建設中で、2024年完成予定です。
また、大津市の事業所数は約1万2千、従業員数は約12万人で、いずれも滋賀県ではトップ、関西圏では13位です。従業員数では第3次産業が約85%と多くを占めていますが、事業所数も従業員数も「卸売業・小売業」が最も多く、次いで事業所数では「宿泊業・飲食サービス業」、「医療・福祉」、「建設業」、従業員数は、「医療・福祉」、「製造業」、「宿泊業・飲食サービス業」の順となっています。
大津市は、「大津市総合計画第2期実行計画」(令和3~6年度)の初年度に当たる令和3年度予算では、市民のくらしと事業者の営みを守るための取組として、新型コロナウイルス感染症対策を行った上で、「夢があふれるまち大津」の実現に向け、下表のように計画を先導する5つの重点的分野である「子育て支援」、「学びの環境づくり」、「健康長寿」、「魅力発信とにぎわいづくり」、「暮らし安心」の横断的・相乗的な取組を推進するものとしています。
リーディングプロジェクト体系図
(出典:大津市)
令和3年度においては、各プロジェクトの着実な推進に資する事業について、新規、拡充、また令和2年度から継続して予算化が図られています。少子高齢化の進展等に伴う社会保障関連経費への対応、市立大津市民病院運営経費の負担、ごみ処理施設改築更新などの現在進めている施設整備の着実な推進、学校施設の長寿命化・トイレ改修をはじめとする公共施設の適切な維持管理、国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会への対応など必要な施策に取り組むとしています。
子育て支援や女性活躍など推進の「住み続けたいまち」
大津市は、2015年に一旦、転出超過になったものの、20016年から転出超過の状態に持ち直し、現在まで社会増の傾向が続いており、2020年も1075人の転入超過です。転入者数の増加の要因としては、30~39歳の転入が超過しているほか、マンション建設や宅地開発の増加で、隣接する京都市からの転入超過が大きくなっていることが挙げられています。京阪神へ通勤できる街としての地理的優位性を活かした移住者の確保に向けた情報発信なども行われています。
滋賀県では、「気づくことで、ゆたかになる」をキャッチフレーズに移住希望者をサポートしていますが、大津市への移住相談は企画調整課のほか、2017年に開設された東京・有楽町の「しがIJU相談センター」でも首都圏からの移住を検討している人へ対応。現在はオンライン移住相談も開始しています。滋賀県の移住ポータルサイト「滋賀ぐらし」では、先輩移住者のインタビューも多く掲載されています。
県内への移住に関心がある人を対象に「しがIJU応援カード」が用意され、会員登録をすると移住に役立つ情報が受けられるほか、移住前や移住後に役立つさまざまな割引サービスを受けることもできます。なお、市外から大津市へ転入する人に向けてリフォーム工事を行う場合、或いは市外の子世帯が市内の親世帯と同居する際のリフォーム工事について、経費の一部を補助する「大津市定住促進リフォーム補助金」が交付されています。
滋賀県の出生率は8.3で全国5位にランクイン(2017年)していますが、大津市の待機児童数は2020年4月現在で4人です。「子育て総合支援センターゆめっこ」では、未就学児のために室内砂場や遊具を開放するなど、子どもが安心して遊べる場所を提供。同市の子育てアプリ「おおつ子育てサイト とも☆育」では子育て支援情報をはじめ、利用できる施設やイベント情報などを配信し、子育て家族をサポートしています。
近江八幡市と草津市にある無料相談窓口「滋賀マザーズジョブステーション」では、結婚や出産などで一度は離職したものの、子育てをしながら仕事に就きたいと望む女性の就職活動を支援しているほか、大津市には子育てをしながら就職を希望している女性に対し、キッズコーナーの設置など子ども連れで来所しやすい環境を整えた「ハローワーク大津マザーズコーナー」があります。
子どもが急な病気の時には小児救急電話相談があります。休日夜間等における救急医療を利用される際には、大津市民病院、大津赤十字病院、滋賀医科大学医学部付属病院など24時間受け入れ態勢が整った病院が対応しているほか、3医療機関と市消防局が連携し、「病院派遣型救急ワークステーション」の本格運用を開始しています。なお、県内にはがんセンター、リハビリテーションセンターもあり、医療環境は充実しているでしょう。
森記念財団都市戦略研究所が経済規模や文化度などを都市力として109都市を対象にした「日本の都市特性評価2020」によれば、大津市は44位なものの、経済ビジネス分野で31位、研究開発分野では38位でした。同市の第2期総合戦略では、地域産業の活性化や起業誘致によって魅力ある雇用を創出し、市内で就業することができる施策を展開するなど若者や女性等の多様な人材が活躍することで、都市の活力と魅力を創生するとしています。
大津市は世界文化遺産の比叡山延暦寺をはじめ、三井寺や石山寺などの歴史遺産も有しており、2003年に全国で10番目となる「古都保存法」に基づく政令指定を受けるなど歴史や文化的な魅力にもあふれている都市です。琵琶湖や美しい自然など多様な観光資源によって、国際的なイベントや観光客誘致など新型コロナウイルス感染症が収束に向かうなか、「選ばれる観光地」を目指して魅力発信とにぎわいづくりが期待されています。
一方、前述のように大津市の転入超過数は年々、増加しています。「結婚・出産・子育てするなら大津市」と評価されるように県内外から若い世代の転入と定住を促し、誰もが活躍できるまちづくりを進める同市の政策を裏付ける結果ともいえるでしょう。そして、安全・安心・快適に住み続けられる将来都市構造の基本的な考え方である「コンパクト+ネットワークによるまちづくり」は、来る人口減少に向け公共交通の利便性の向上にもつながるなど地域住民にも優しく、持続可能なまちづくりに寄与することでしょう。子育て支援や女性活躍など推進することにより、住民からも「住み続けたいまち」として評価される大津市は、地方都市への移住を考える上で有力な候補地の一つといえるのではないでしょうか。